第3話 意味不明な行動
新学期。つまり2学期。
夏の暑さが残っているがこれから秋になる。
秋は読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋。いろんな秋があるけど、俺にとってはまた学校が始まる季節としか思えないのだ。
タラタラと自転車を走らせながらバス停へ向かい、いつものようにバスに乗る。
そして、流れる風景に似合う音楽をウォークマンで選択し、自分の世界へ入る。
俺はこの風景が好きだ。
このゆっくりとした空気がたまらない。
だから、学校の周りはあまり好きではない。確かに娯楽施設はたくさんある。
夜も明るいし、飲食店も多い。
だけど、それは人に作られたものだし、それだけだ。
一方、この辺りは人間では作ることができないような自然の恵みってのがたくさんある。
田んぼも人と自然がうまく組み合わさって初めて完成するもの。
これははっきり言って奇跡としか思えないのだ。まぁそんなことはどうでもいいけど。
バスに揺られながら学校近くのバス停で降りる。
辺りは駅から降りてくる学生がたくさんいて、友達を見つけては夏休みの話で盛り上がる。
「よ、元気にしてたか?川島」
「まぁね、そっちは?」
「部活しかしてない夏休みだったわ」
クラスメイトと話しながら学校へ向かう。
これも夏休み前ではいつもの光景。
相手の歩くスピードに合わせながら、学校へ向かっていると校門の前に豪華な車が止まっている。
「お、西条ご令嬢のご登場だ」
横で嬉しそうな顔をしながら豪華な車のところへ走っていく。
西条と言えば、誕生日の日に350円をおごってやったやつだっけか…。
そんなことを思い出しながら校門を抜ける。
後ろでは「西条さん、おはようございます!!」といろんな人から挨拶をされるお嬢様。
もし、自分があの立場だったら「おはよう、庶民」とでも言ってみたいものだ。まぁそんなことは絶対に言わないけど。あの西条さんも言わないだろう。
「おはよう、みんな」
まぶしい笑顔が見えてくるような声が聞こえてくる。
あんな大きな声であいさつをするなんて、お金持ちのくせになんという優等生。
少しだけ関心をしながら、すぐに興味を無くし、靴箱で靴を履き替える。
これもいつもの光景だ。
あとはこのまま教室へ行くだけ。
「おはよう、川島俊吾くん」
靴を履き替え、教室へ向かおうとすると横から俺の名前を呼ぶ声がする。
声のほうを振り向くと先ほど高級車から降りてきて、みんなにあいさつをしていたお嬢様がいる。
いつもの光景ではない。
というか、なんでこいつは俺の名前を知っているんだろう?…って、同じ1年生なのだから当然か…、と結果を付ける。
「おはよう」
とりあえず、あいさつの返事は済ませる。この学校で川島俊吾って名前はおそらく俺一人だ。
いたとしてもこんな近くで俺以外の川島俊吾は呼ばないだろう。
俺が返事をすると西条さんはひまわりのように夏の太陽の光を浴びまくったまぶしい笑顔を見せる。
その笑顔は人の心の扉を開かせるようなものだが、警戒心をMAXにしている俺の心の扉は開かない。開かせない。
あいさつの返事を済ませたからここはもう撤退してもいい。
俺は西条さんに背を向けて教室へ向かおうとすると後ろで「ちょ、ちょっと待ってよ。一緒に教室行こうよ」と慌てて靴を履き替えている西条さん。
なんなんだ?俺、こいつとこんな仲じゃないし、この前のことで感謝なんて求めていない。
「俊吾くんは意外とせっかちさんなんだね。見た感じはのほほーんってしてそうな感じだけど。
あ、ごめん、失礼なこと言っちゃったかも。おこった?ごめんね」
横で、こいつの口はいつ塞がるんだ?と言いたくなるほど次々と言葉を放つ。
さっきから俺は何の一つも反応を見せていないのに大した根性だ。
それにしても、これ以上こいつといても俺の平穏な高校生生活に支障が出るかもしれない。
「なぁ、俺になんか用でもあんの?この前のバスのことは別に気にしなくてもいいんだけど」
「あ、やっと話してくれた。へぇ、俊吾君の声ってそんな声なんだ」
「………」
「あ、かっこいい声なのに。まぁそうやって静かな俊吾くんもかっこいいけど」
「さっきからなんだよ…気持ち悪いな」
「あ、女の子に気持ち悪いはひどいよ。大宇宙クラスの心の広さを持ってる私でも傷つく」
「大宇宙ってなんだよ…つか、用があるならさっさと済ませろ。お前、西条有希だろ?」
「私の名前知っててくれたんだ!うれしい!」
「有名人だからな。金持ちで性格がいいって」
「まぁお金は親が稼いでるけどね。それよりもさ、私ね、俊吾くんのこと気になるんだ」
「悪かったな、お前の癪に障るようなことをしたつもりはないが」
「違う違う。良い意味で気になってたの」
「わかった。お前の視線に入らないように努力はする」
「あははは、面白いね。俊吾くん」
「はぁぁ…さっさと用を済ませろ」
教室の前で立ち止まり、後ろを歩く西条さんのほうを見る。
さすがに170cmもあるから見下げることができないな…。
西条さんはにこーっと笑顔でこちらを見てくる。
「わたしね、バスのことのお礼を言おうと思って」
「だから、それはいらないって言っただろ」
「うん、聞いた。だから他のことを言うつもりだったの」
「なら、早く言え」
「…でも、これはこんな公衆の面前でいうようなことじゃないし」
「なんだ、好きなやつの相談でもするのか?俺はお前とまだそんな話をする仲でもないぞ。そういうのは友達とやってくれないか?」
「ん~まぁ良いっか。うん、あのね、私、俊吾くんのことが好きになりました。付き合ってください!」
時間が止まる。
時間が止まったのは俺だけじゃないはずだ。この廊下にいるすべての生徒の時間が止まったといっても過言ではない。
先ほどまでザワザワと騒がしかった廊下が今ではシーンっとハエの羽ばたく音まで聞こえそうなほど静かになっている。
そんな中で顔を赤らめ、それでも嬉しそうな笑顔を見せながら俺の方を見る西条有希だけは時間が進んでいた。