第26話 クラス委員
今日はクラスの委員を決める日。
誰も面倒な事から逃れたいと思っており、誰一人立候補をする人間は居ない。
特にクラス委員なんていう面倒さではトップクラスだ。
この委員に関しては手を上げるモノなんていないだろう。
その証拠に前では担任が困ったような顔をしながら、この静かな雰囲気に耐えている。
今の時代、先生の勝手な指名は色々と面倒なことが起きるのだろう。
「誰か立候補してくれないか」
どこから声を出しているんだ?そんな困ったような声…。
先生の困ったような声には一切の効果は無く、誰が手を上げるかという牽制すらある。
こういう時、1年生の時にクラス委員をやっていた人間が高確率で当てられるわけだが、残念ながらこの教室にそんな人物はいない。
こうなると、このクラスで影響力のある人間ってわけになるんだけど…。
そうなるとこの教室で最も影響力があるのは西条有希だ。
あいつの意見に反対できる人間はほとんどいない。
しかし、あいつを指名する人間はこの教室に居ないだろう。
それができればあいつは1年の時にクラス委員になっている。
「………」
沈黙が続く教室の中で、消耗戦のような雰囲気が漂う。
さて…、この状況をどうクリアしようか…。
俺としては別に有希に対して候補指名するぐらいはできる。
しかし、あいつが拒否の意思を少しでも出した場合、他の連中は「それじゃ川島がやればいいんじゃね?」と言い出すだろう。
クラスメイト達を信じていないわけではないが、この雰囲気なら俺でも友人を売る。
隣の教室から動きのある音がする。
どうやら委員決めは終わったらしい。なんというスムーズさ。
やはり、前クラス委員がいると言うのは最高の条件だ。
「はぁ…しょうがない。これはあまりやりたくないがこのままだといつまでたっても決まらないからな」
先生が大きなため息を吐きながら、A4の紙を小さく切っていく。
そして、近くにあったティッシュ箱のティッシュを抜き取り、箱を作る。
「この小さな紙に推薦する人の名前を書こうか。無記名投票だ」
むむむ、この教師はなかなかできる人間かもしれない。
動きの無かった教室の雰囲気が動きだす。
無記名投票なら誰が誰を推薦したか分からない。
小さな紙が全員に配られ、紙に推薦する人間の名前を書き終えるとティッシュ箱の中に入れていく。
そして、全員が入れ終わった後、先生が一枚ずつ開いていく。
「川島俊悟、川島、川島、川島、川島…川島、川島、川島」
「てめぇら!」
「川島、席を立つな、静かにしろ。川島、川島……川島」
先ほどまで友人だった人間たちを疑いたくなる……。
何が無記名投票だ……。
俺は抵抗する気力も無くなり、力なく椅子に座る。
あり得ない…。
結局、25人のクラスの中23人という圧倒的推薦率で黒板に正の文字が4つ並ぶ。
これが…これが民主主義の恐ろしさか…。
よく考えてみれば、俺はこのクラスで格好の餌だ。
西条有希を推薦するわけにいかないし、他の連中なら有希の存在を意識しすぎる。
その点、1年の夏からの実績がある俺は推薦しやすい的。
もう嫌だ…、俺の名前を書かなかった1人の人間と仲良くなりたい…。
というか、俺以外に西条有希に投票した勇気ある1人と仲良くなりたい…。
ある程度、予想は付いてるけど。
「川島、やってくれるか」
「拒否権は」
「クラスの総意だ」
「大人社会の片鱗を見させてくれてどうも…」
嫌みの一つや二つ、今なら余裕で言うことができる。
前の教壇に立ち、俺と目を合わせないようにしている人間達を見る。
「えー、推薦してくれてどうも。無事、A組のクラス委員長になった川島俊悟です。
クラス委員になったから今から進行もさせてもらう。で?お前らどうすんの?クラス委員は2人だぞ?お前らの中からもう1人犠牲者出すんだけど」
厭味ったらしく言うとクラスの雰囲気が再び凍る。
こいつらは間違ったのだ。
無記名投票は自分がだれに投票したか分からないようにするシステム。
つまり、無記名、票がバラバラになりやすい事がメリットだ。
しかし、1人に集中してすぎた結果、すんなりと決まるはずだった無記名投票は無意味に近い。
まぁ俺がクラス委員になったから1歩は進んでいるんだが。
それにしても…、黒板に俺と有希の名前しか無いのは予想外というか…クラスメイト達のバカさ加減に呆れてしまう。
2人しか推薦されていないならその2人をクラス委員にしてしまえばいい。って話ではない。
なぜならもう1人は推薦できない人間なのだから。
再び、教室の中に沈黙の空気が流れる。
あぁ…さっきの先生の居心地の悪さを味わう羽目になるとは…。まぁそんなことでへこたれるメンタルではないけど。
「ほら、もう一人決めようぜ。言っておくが、無記名投票はしないからな。俺みたいな被害者を見るのはこりごりだ。
なんなら、俺の名前以外に書かれてる西条有希さんにでも頼むか?」
あぁ~…なんかこの居心地の悪さヤバい。ちょっと快感かも。
クラスメイト達の目に動揺と期待が見える。
「クラス委員長が決めればいいんじゃないの?パートナーは気の合う人間の方がいいでしょ」
この発言しにくい雰囲気の中、後ろの席に座っているショートカットの活発そうな女の子が発言する。
教壇に貼られている座席表を見て名前を確認する。
美濃 千代子。1年の時は別のクラスだった奴か。
「それじゃお前するか?」
「勘弁してよ。私は部活ある」
「それじゃお前、誰か推薦しろよ」
「はぁ?なんでそんなことしないといけないのよ」
「だって、このままじゃ決まらないだろ。俺が決めていいならお前を推薦するぞ?」
「待ってよ。あんたも同じクラスだった奴とやった方が楽しいでしょ」
「残念ながら俺は誰でも良いかなぁと思ってる」
「最悪…早くしないと部活に遅れるんだけど」
「知るか。ならお前がなれよ」
「だーかーらー!部活あるって言ってんでしょ!」
「関係ねぇよ。それに無記名でここまで票を一か所に集めたのはお前らだろ」
「関係ないし!!それに、無記名投票で推薦されてる中に私の名前無いでしょ!」
バンっと机を叩き、怒りの表情で俺を睨む。
へぇ…この場面で無記名投票の結果を口に出来る奴がこのクラスにいるとは…。
少しだけ感心しながらも、単なるバカなのか?と疑いたくもなる。
しかしまぁ…こいつの言っている事は真っ当だな。
クラスの他の連中がおかしいのだ。
美濃は自分の言っている事に気が付いたのか、気が付いていないのか分からないが俺を睨み続ける。
「確かにな。ってことで、西条有希、お前やれ」
「………」
「そうだよ、有希ちゃんやりなよ」
あ、こいつバカじゃない。
さっきの自分の発言も意図して出している。
クラスメイト達の視線は有希の方へ集まり、すぐに散らばる。
有希は特に表情も変えず、その視線を受ける。
「私がクラス委員になってもいいんですか?」
こいつ…わざわざ面倒な展開に持ち込もうとしているな…。
有希は俺にではなく、クラスメイト達に問いかける。
その問いかけに答えられる人間などこの教室には居ない。
「さ、西条さんがなりたいなら…」
そんな答えしか返ってこない。
そもそもあの発言に返せるなら、すでにクラス委員は決まっている。
でもまぁ…こういう雰囲気は嫌いじゃない。
俺はすでにクラス委員になっているし、有希が問いかけたのは俺以外のクラスメイト達だ。
こいつらが答えない限り、この展開は進まない。
ちなみに、美濃に関しては先ほど意思表示をしているため、俺と同じように高みの見物状態。
俺しか見えていないが、ニヤニヤしているのが分かる。
「私は皆さんの声が聞きたいです。私がクラス委員になってもいいのか、悪いのか」
うわぁ~…美濃のニマニマ顔が更に酷くなる。
たぶん、俺もこれ以上は隠しきれないかもしれない。
有希も大した根性だ。ここであの発言を言うとは…さすが西条家御令嬢。肝が据わってる。
結局、有希の質問に対してちゃんと答えを返せたクラスメイト達、先生はこの教室にはおらず、俺が有希を指名してこのクラス委員決めの惨状に終わりが訪れた。




