第22話 おんち
「ふぃー、歌った~。久しぶりかも」
満足そうな笑顔と共にマイクを次の人に渡し、乾いた喉を潤そうとする。
こんな満足そうな顔をしていてあれだけど、この部屋にいる連中の心の叫びを代弁してあげようと思う。
「おまえ、歌すげぇ下手だな」
たぶん、いや、よくぞ言った!と言葉は飛ばないが褒められている気がする。
そうだ、こいつは俺達の勝手な期待を裏切ったのだ。
それも斜め上どころか、頭部に剛速球を投げてくるような裏切り方だ。
「ええええ!?私上手いよ!ねぇ?!」
有希は横にいる女の子に話かける。
その子は突然、回答の面倒な質問を投げかけられ、戸惑い、辺りをキョロキョロと見回し、この場の雰囲気を読んでから頷く。苦笑いをしながら。
「ほら~、やっぱり私上手いんだよ。俊悟くんの音楽センスがないだけだよ」
「いや、お前すっげー下手だから。とんでもないぐらい」
「そんなことないよ!皆上手いって言ってくれるもん」
「それお世辞だから。いや、お世辞っていうか強制イベントだから」
「む、そんなことないよ!あ、わかった。こういうこと言うのって大抵音痴な人なんだよね~。俊悟君、音痴でしょ」
「か、川島の番だけど」
クラスメイトが俺にマイクを渡してくる。
そいつの顔は「空気を読め!」と言いたげな視線を送ってくるが、確かにここは空気を読もうではないか。
グッと親指を立てて、クラスメイトのアイコンタクトに応える。
そして、歌う。
自分で言うのもなんだけど、先ほどまで変な雰囲気が流れていた部屋の中に優しい風が流れているんじゃないだろうか。
よかった。有希が選択したのはJ-POPだったし、曲の流れ的にバラード系はミスったかと思ったけどこれは大正解だ。
先ほどまで「自分は上手い」と言っていた有希も口を開いたままポカーンとバカな顔をして俺とテレビの方を交互に見る。
「ふぅ、疲れた」
「いやぁ、やっぱり川島上手いわ。激しいのは下手なのにバラード系は上手い。本当に上手いわ」
俺がカラオケに呼ばれることは多々あるが、大抵バラードを聞きたくて呼ばれている。
だから、自分でもこの手の曲に関しては上手いと自負している。決して音痴ではない。
「お前、歌下手だろ」
ジュースで喉を潤した後、横でポカーンとしている有希に対してもう一度言う。
「…ぐっ……下手ですごめんなさい」
「よし、認めたな」
「でもズルイ!俊悟君があんな上手いとは」
「テンポの遅いのは歌いやすいからな」
「上手すぎる!こう…なんというか…この心の、胸の奥がキュンってなったよ」
「病気か?病院行ってこいよ」
「違うよ、胸がキュンだよ」
「胸がキュンって心臓じゃないのか?あぁもう手遅れだな。頭だけじゃなくて心臓も手遅れとは…救いようがないな」
「あ、照れてるの?照れてるの?」
「お前ほんっと歌下手なくせにウザいな。携帯鳴ってんぞ」
「あ、メールだ。…はぁぁ、しょうがない。あ、これ渡しておくよ」
「何だこれ」
「皆の楽しい所に勝手に入っちゃったからお詫び。それじゃ俊悟君、またね」
有希は俺に封筒を渡すと部屋から出ていく。
あのメールはおそらくお迎えのメールだろう。
それにしても…この封筒は何だろう?
「…マジかよ。5万は入ってんぞこれ…」
金持ちの金銭感覚はおかしいと思ってはいたが…これはおかしいのレベルを超えている。
逆に嫌みのレベルだ。
おそらくあいつにはそんな気持ちは一切無いだろうが、これはある意味ダメなパターンだ。
もしかして、あいつはクラスメイトと遊ぶ度にこんなことをしていたんだろうか…。
「そりゃ気も使うわな……」
小さくため息を吐きながら、封筒から1万円を取り出し、財布の中に入れる。
そして、財布からカラオケ代を差し引いた8500円を封筒の中に戻した。




