第2話 少し前のお話
「や、やべぇ…これはやべぇ…」
夏休みも終わりそうな8月29日。
自分の誕生日ってこともあり、なんとなく自分にご褒美をあげたくなった。
そのご褒美が中古のゲームというのはなんとも悲しい現実だったが、今はそんなことはどうでも良い。
なぜなら、昔欲しくてたまらず、何店も店を回った結果、どこにも置いてなかったマイナーすぎる神ゲーが目の前の棚に置かれているのだから。
嬉しさのあまりに手が震えるという状況は今、まさに俺が体験している状態の事だろう。
涙さえ出始めそうだ。それもさすがマイナー。値段が650円と安すぎる値段だ。
まぁこのゲームはあまりにも難易度が高いがためにゲーマーの中でも賛否両論されたモノ。
それも発売日に会社が夜逃げするという曰くつきのゲーム。
生産数が極端に少ないため、知る人ぞ知るゲームなのだ。
そんなゲームが650円で手に入る。これほど心を踊ることはない。
もう神様に感謝すべきだろう。この感謝の気持ちを神様に返したいところだが、生憎神様とは知り合いでも無い。
「ありがとうございました~」
店員さんはこのゲームのことを何も知らないらしい。
まるでクソゲーを見るかのような目でパッケージに目を通し、会計を済ませる。
まぁ普通の人からすればクソゲーのようなパッケージだから仕方がない。
しかし、この神様に感謝したい気持ちはどうしようか…。
安っぽいビニール袋に入ったゲームを大切にクルクルと指で回りながらバスが来るのを待つ。
やはり、ここは身近な誰かに感謝の気持ちを伝えるべきだろうか…。つまり、親か?
いや、毎日感謝の気持ちで接しているし、「母さん、父さん、ゲームを買わせてくれてありがとう」なんて言った日には病院送りされてしまいそうだ。
ん~、どうしようか…。
そんな風に悩みながらバスを待ち、ようやく来たバスに乗る。
バスの中には乗客が予想通りおらず、俺一人。
それも顔見知りの運転手さんだった。
「おや、何かいい事あったのかい?」
「いやぁ、欲しかったゲームが買えたんですよ」
バスの運転手さんと話しやすい一番前に座り、流れる景色に目を向ける。
ここは田舎だ。電車もあるけど、バスの方が便利という田舎っぷり。
それも俺の家からはバスを降りてから自転車で30分走らなければならない田舎クオリティ。
こちら側に向かうバスに人なんて滅多に乗らない。
バスに揺られながら10分ぐらい乗っていると珍しくバスが停車する。
こんな所で乗客がいるなんて珍しい。ここは都会(東京とかに比べれば田舎だが)と田舎の境目。
降りる人間が多い所に乗客なんて珍しい。それも昼間に。
俺は乗ってくる人に目を向けると、そこには目を魅かれる女性が居た。
濡烏色の髪、整った顔立ち、スタイルはほぼ完璧に近く、身長も165cmはある。
誰もが目を向けてしまいそうな女性がバスの中に入ってくる。
「……あ、は、発車します」
バスの運転手さんも思わず目を奪われていたらしく、慌ててバスは進ませる。
俺は彼女を知っている。同じ学校に通っている西条有希だ。
学校では誰もが知っている。容姿端麗、才色兼備、文武両道、パーフェクトな人間だと。
生憎、向こうは俺の事は知らないのか。後ろの方に座り辺りをキョロキョロをする。
バスが珍しいのだろうか…彼女の家は大金持ちだからこんなのに乗らないのだろう。
自分には関係のないことだ。と彼女を追う目を風景に変える。
そして、降りる場所に近づいて来たため、ボタンを押そうとするとポーンとボタンが点灯する。
「あ、降ります!!!」
綺麗な元気一杯の声で運転手に告げる。
このバスってそんなシステムではないはずなんだけど…。
少しだけ苦笑いをしながら彼女が先に降りるのを待つ。
どうせ、運転手さんは俺がここで降りる事を知っている。
バスが止まり、後ろに乗っていた西条さんは慌てて前へと来る。
「あの、いくらですか?」
「350円だよ」
「350円、カードでいいですか?」
「すみません、カードはちょっと…」
初めて見た…ブラックカード。
彼女の手には限度額無限と噂されるブラックカード。
実際には限度額はあるらしいが、彼女の場合、本当に無限っぽいから恐ろしい。
そして、この最新技術なんて入っているわけがないバスで使えると思っている所が市民離れしている。
「あ、あの私これしか持ってなくて…」
「ん~…困ったな…」
クレジットカードしか持っていないという事実に俺は素直に驚きながらも運転手さんと西条さんが困っている姿にあることを思い出す。
神様に感謝する気持ちだ。
神様に恩返しはできないが、ここで人助けをすればOKな気がする。
幸い、俺の財布の中には先ほどのゲームのお釣りである350円が入っている。
「運転手さん、俺が払っとくよ」
「え?」
財布から350円と自分の乗車賃を取り出し、小銭入れに入れる。
呆気に取られている西条さんを置いて、バスから降り、すぐそこにある駐輪所へ向かう。
感謝とかそういうのじゃない。こういうのは何も言わずに消えるのがカッコいいのだ。
それに仮に感謝してくれるとして、そこで時間を使われるのは今の俺にとって苦痛だ。
なぜなら、早くこのゲームをしたいのだから。
自転車に跨り、後ろから俺を呼んでいる声が聞こえながらも家へと自転車を走らせた。