第18話 女の涙
この学校は私立で、文化祭の大きさで言えば公立校よりも大きい。
それに今回は西条家というビッグなバックアップもあり、例年以上に軍資金が多い。
そのため、各クラスは高校の文化祭レベルを超えるクオリティを作り出すことができるのだ。
それこそ、アニメの文化祭のようなレベルまで。
しかし、そこまでする気力がこのクラスにあるのか?というとそうでもない。
いや、三分の一はやる気満々なのだが、三分の一の人間がやる気がない。
もう三分の一の人間は「どうでもいいから早く決めようぜ」的なオーラを醸し出す。
何が言いたいかというと…クラスの出し物を決めるこのHRは雰囲気が悪すぎるのだ。
「え~…その今は展示とやきそば屋が候補ですけど…」
文化祭委員の人はすでに「どうでもいいから」の人だ。
そのため、この会議が長引いているのもある。
決断をしなければならない人間が面倒くさがっているんだから。
ちなみに俺も3つ目の人間。
「だからぁ!せっかくの文化祭なのに展示とかあり得ないって言ってんのよ!」
「それじゃもうやきそばでいいじゃん」
「何よ!それじゃってなに!?皆で決めなきゃ意味ないでしょ!あとから文句タラタラ言われたら鬱陶しいのよ!」
「言わないって言ってんだろ!」
「言うでしょ!あんた」
さっきからこんな感じに言い合いが行われている。
まぁ教室の雰囲気は最悪だが、活気がある教室ではある。
それにしても…校門の方を見るとすでに帰っている生徒がいる。あれはもう決まったんだろう。羨ましい…。
あ、いかんいかん。よそ見をしていたら標的が俺になってしまうかもしれない。
「せっかくこうして皆で協力し合えるイベントがあるのに…どうしてそんな非協力的なのよ…わけわかんない…」
あ…やる気満々勢を引っ張っていた女の子が泣き始めた……。
やる気ない勢は大半が男で構成されているからこれはかなりのダメージを与える事ができるだろう。
その証拠に「どうでもいい派」がやる気勢に傾き始めている。
「泣くとか無しだろ!」
「ちょっと!男子!なんでそんなキツく言うのよ!可哀そうでしょ!」
「キツく言ってないだろ!泣けばいいのかよ!」
「しーちゃんは一生懸命良い文化祭作ろうとしてんのにそんな酷い事言うとか最低!」
「さいてーー!!」
あぁ…もうこれはやる気ない勢の男たちが一方的に悪者扱いされ始めているな……。
言葉は悪いが学校というコミュニティは、女子は泣けば勝ちな世界だ。
男は力では勝っているが、世間は暴力を許されないし、男が女に向かって拳を上げようものなら批判は凄まじい。当然だ。
しかし、それは何故か。女は男よりも力が弱いという常識があるからだ。
確かに腕力では男が勝る。しかし、力というのは腕力だけじゃない。
真剣さというモノが非常に大きな割合を占める。特にこういう学生コミュニティでは。
そして、このコミュニティにおいて真剣さと同等の攻撃力を誇るのが女の涙だ。
しばらくやる気ない勢VSやる気勢から男VS女という戦いに変わった状況を見ていると空気の読めない人間が教室のドアを開く。
いつもなら「うぜぇ…」と思っている状況だが、今の状況でこの教室のドアを開けられたあのバカの勇気とタイミングは全力で褒めてやりたい。
「かっえろー、俊悟く…………お、お邪魔しましたぁ…」
あ、勇気ねぇ!
バンっと勢いよくドアを開けたが、今後はゆっくりとなるべく音を出さずに閉まっていく。
しかし、一度変わってしまった雰囲気はもう戻すことはできないのだ。いや、戻してはいけないけど。
一瞬、雰囲気に淀みができた瞬間、俺は立ち上がり、女子達の勢いに押されていたやる気ない勢の男子集団の所へ歩み寄り、この無駄に長い会議を終わらせるために考えていたセリフを言う。
「頑張ってみようぜ。俺もやる気はあまりないけど、女子の言うこともわかる。
確かに面倒だけどさ、普段勉強とバカな話しかしないこの学校で大騒ぎできるんだ。
ちょっとぐらい頑張ったって罰は当たらないだろ。俺達は女子達のサポートに回ればいいし、作業しているうちにやりたくなるだろ。その時は悪いが俺達も少しは手を加えさせてもらってもいいか?」
自分でも良いとこ取りをしているなぁってつくづく思う。
しかし、こうしていいとこ取りをしていないとこの会議はいつまでも続きそうだ。
俺は早く帰りたいし、この教室にいるすべての生徒は同じことを思っているに違いない。
しかし、こういうことを言いだせない雰囲気だったのだ。
教室のドアが少しだけ開いていて、その隙間から顔半分が見えているバカに少しだけ感謝だな…。
俺の一言でお互い納得はいかないような顔を見せてはいるが、帰られるという欲求が勝り、全員一致で文化祭の出し物はやきそば店と決まった。