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好きな人から好きだと言われた件についての考察と結果

作者: chihiro

「好きだ」


 今まで心の中だけで何万回も好きだと言っていた相手に告白された。まさに晴天の霹靂。呆気にとられ、次いで周囲をそれとなく見渡す。

 誰の姿もなく、目の前の人と二人きり。ドッキリかと思ったが、どうも違うらしい。では、小説で有りがちな罰ゲームか。


 そうだ。それだ。それしかない。

 ならばどう答えるのが、彼にとって一番良いのか。答えは一つだ。


「だから?」


 その言葉を聞いた瞬間の彼の表情は見ものだった。間抜けにも口を半開きにし、自分の聞き間違いかと怪訝な表情になる。そこへ追い打ちをかけるようにもう一度先ほど放った言葉を投げつける。


「だから、何だというの?金谷君」


 それを聞いた彼は表情を凍りつかせ、すぐに顔は微かに朱色に染まった。怒りに染まる表情も様になっているとは、顔が良いと色々と得だな、としみじみ顔を観察する。彼は舌打ちを堪え、微かに悲しげな表情を作った。正直、この学校にいるのは間違っていると思う。将来の職業を間違っている気がしてならない。


「泉さんに俺と付き合ってほしい、て言う意味なんだけど」


「そうなの。どこまで付き合えば良いかしら」


「………泉さん。わざとだよね?」


「わざともなにも、私と金谷君の接点なんてないんだもの。恋愛感情とは思えないわ」


 その言葉に一瞬押し黙る金谷に、内心溜息を禁じ得ない。決まりだ。笑い話のネタに告白されたのだ。士官候補生の成績優秀者であると、自他共に認める金谷と、普通科の平凡な自分では釣り合うわけがないのだ。ここで何事無なかったかのように振る舞えば、金谷も安心だろう。間違っても、この場での返事は「はい」だの「私も好きでした」ではない。


「………わかった。俺が本気だって、証明すれば泉さんも真剣に答えてくれるよね」


「本気であるのなら、ね」


「その言葉、忘れるなよ」


 ぎらりと光ったその瞳に、一瞬気圧されながらも、そう答えた。そしてそう答えた自分を絞め殺してやりたいと思うのは、わずか一週間後のこと。






「泉さん、一緒に昼食べよう」


 七日連続で教室へと顔を出す金谷。それにげんなりしながらも、泉は聞こえなかったふりをする。しかし、敵は自分の数倍も社交的であった。


「能勢さん、この席借りても良いかな?」


「どうぞ使って!私は食堂で食べるから!」


 ――良くない、ちっとも良くないぞ。そこそこ仲の良いはずの友を貴様は売るというのか。


 睨み付ければ、肩をすくめながら、能勢は出て行ってしまった。そもそも能勢には毎日あるセリフを言われ続けていた。


『あんた。好きな人から告られてよくあんな冷たい顔して断れたよね』


 血が通ってないんじゃないの、とまで言われる始末。しかも、『あんた態度激悪。そろそろ刺されるよ。あの頭の軽そうな女たちから』とまで言われてしまえば、取るべき道は一つしか残されていない。


「泉さん、手、止まってるよ」


 食べないの、と聞いてくるこの男は相も変わらず、爽やかな笑みを向けてくる。邪険に扱っているのに嫌な顔一つしない。人として良くでき過ぎている。


「……食べる」


 もそもそと食べ始めた姿を見て、自分も食べ始める姿は裏などないように見えた。

 もう良いのではないか、十分金谷を試した。まさか一週間も通ってくるとは思わなかったのだ。


「泉さん、好きだよ」


 日課のその言葉に、小さくぽつりと返した。


「うん」


 その言葉を耳にした瞬間の金谷の顔は見ものだった。無反応にスルーされると思っていたそれに、返事があったのだ。驚きすぎて秀麗な御尊顔は崩れていた。ぽかんと口をあけたそこに、えい、と卵焼きを突っ込む。金谷は突然の暴挙にも何とか対応し、卵焼きを咀嚼、嚥下する。あげくに、お返しとばかりに小さいハンバーグを無理やり口を開けさせて投入する。

 まごつきながらも、何とか噛み砕いていると、金谷はふにゃりと笑った。

 その笑顔に、衝撃を受け、動悸は著しく早くなり、顔には制御しそこなった血流が留まる。つまり、誰の目からも明らかな程の赤面。耳はもちろん、首筋まで赤く染める姿は微笑ましい物があった。


「零、可愛い」


 ついうっかり、そう口走った金谷に、立ち上がり胸倉を掴んでしまったのは愛嬌だ。


「誰が名前で呼んで良いと言った!!」


 そう絶叫したのも、振り返れ良い思い出。



 振り返ってみたが、結果としては、自分の初見は大変当たっていた。ネタでも、罰ゲームでもなかったが、金谷は大変打算的な男であった。


「零のご両親にも挨拶しておきたい」


 学生の身分で、将来の約束を交わした仲でもないのに、『ご両親』に『挨拶』だと。この時点で、すぐ様、あることに気付く。


 金谷は、学生ではあるが『軍管轄に属する』、『士官候補生』である。しかも『とてつもなく優秀』で、『平民』の。


 そこで、手っ取り早く上を目指すなら、どうするか。答えは簡単である。軍関係者の娘の恋人になればいいのだ。正直、そう思い当れば、納得するのだ。金谷が近づいてきた理由に。

 それを父親と祖父に言えば、にやりと嗤われた。


『聡いお前が下手を打ったな』


 反論の余地は無かった。そして金谷へ会わせる交換条件も、予想が付いていた。そしてその予想通りの答えを突きつけられる。


『お前がディラン士官学校へ転校するなら会ってやろう』


 散々拒否してきた自分の将来がすぐ目の前まで迫ってしまった瞬間でもあった。それへ是と答えるしか出来ない自分が悔しく、苦りきった顔で金谷を父親と祖父に会わせた。終始和やかに会話は弾み、金谷は眼をきらきらと輝かせていた。

 アホくさ、と白けながら、明日から生活する北領地の中のさらに北に位置するディラン士官学校に思いを馳せた。


 一年のほとんどを雪に閉ざされたディランは士官学校の中でも一番の過酷さだ。そのため、ディラン卒業生は他の士官学校とは比べ物にならない程、優秀なのだ。実践経験の意味が、であるが。幾度となく越境してくる者たちを食い止め、追い返す。たまに他国の兵がうろつき、喧嘩を売ってくる。それが常習化された唯一の実践経験を積むための学校である。そのため、教師陣も若い上に能力も群を抜いて高い。

 その中へ何の予備知識も詰め込んでいない子供を放り込もうとしているのである。実の父親と祖父でありながら、『鬼畜』の一言に尽きる。そしてその言葉に逆らえない自分に嫌気がした。


 そして約束通り、ディラン士官学校へ編入を果たした、零は私物を処分するために、通っていた学校に行った。


 そこには複雑な顔を隠さない金谷の姿。それを横目に能勢へと話しかけた。


「能勢、私の荷物は?」


「あ、やっと来た。忙しいの?」


「……能勢、荷物」


「ていうか、急に士官学校へ編入なんてあんたの親、鬼?」


 鬼畜だ、とうっかり返事しそうになったのを、ぐっと堪え能勢に向かって手を出した。


「荷物」


「あんた、より一層必要最低限しか話さなくなったね」


 呆れた能勢に構わず、能勢の周囲に視線を巡らせる。すぐ傍にあった自分の荷物をさっさと取り上げ、踵を返す。士官学校の制服のまま来ていたため、教室の外は野次馬に溢れていた。その中には金谷の姿も。


「能勢、ありがとう」


 静かにそう言えば、能勢は盛大に顔を顰めた。


「ちょっと、何最後のお別れみたいに挨拶してんのよ」


「軍属になれば能勢とも頻繁には会えなくなる」


「あんたねぇ、私の目標忘れたわけ?」


 そう言われて、脳内で能勢の言葉を浚っていく。その中で一つ、引っかかった言葉。


「本気で軍医になるの?」


「そうよ!」


 ふんぞり返って言う言葉に、ついうっかり笑みが零れた。期待しないで待ってる、と能勢に告げ、教室を後にする。颯爽と去っていくその姿に、平凡な少女の姿は見られなかった。




 その彼女の視界に、金谷は映り込むことが出来なかった。金谷は、能勢の方を緩慢な動作で向き、近寄る。それを予想していた能勢は金谷をいつもの笑顔で出迎えた。 


「能勢さん、あれって、どういうこと?」


 呆然とした様子の金谷に能勢は苦笑して、答えた。


「金谷君が下心なしに泉に告白してればこんなことにはならなかったんだけどね」


 意味が分からない、そう言葉にしようとした金谷は言葉に詰まる。驚愕に見開く眼をみて能勢は盛大にため息を付いてやった。


「君の『泉の家族に顔を売っておきたい』っていう下心のせいで、泉は親の敷いたレールに乗せられたんだよ」


「……じゃあ、彼女は」


「見抜いて、君を家族に会わせたんでしょ『約束』だから」


 絶句する金谷に追い打ちをかけるように能勢は畳み掛ける。


「泉は、本当に君のことが好きだったんだよ」


「え?」


「君の告白が冗談とか、からかってるとか、疑心暗鬼になるぐらいに」


 嘘だったら立ち直れない、とぼやいていたのもつい最近の事。そんな彼女の気持ちを利用した金谷に、彼女は振り向くことはないだろう。切り捨てるのが早すぎる人間だから。


「……俺は………」


「君が、『今』泉の事を好きになってきているとか、関係ないよ。泉は、君を見限ったんだから」


 その言葉は、金谷に思いのほか、重く、深く心に突き刺さった。そんな状態になって、やっと気づいた小さな心の変化。能勢に笑いかけたあの顔を、他の誰でもなく、自分に向けてほしかった。


――あぁ、そうか。俺は、あの子に、恋したのか。


 それに気づくのに遅すぎたせいで、大事なものを失ってしまった。ちっぽけな己の掌を見つめ、決意とともに握りしめた。


 追いかけて、謝って、一からやり直して、彼女の隣に立ちたい。


 金谷の今までとは違う目標に顔を上げる。


 まずは同じ舞台に這い上がる事。ディラン士官学校へ入ることはすこぶる難しい。それにあっさりと入ってしまった彼女を追いかけるには、今までの自分ではいけない。もっとがむしゃらにならなくてはいけない。




 そう決意した彼と彼女が再び出会うまで後数年―――。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです~♪ 細かい設定云々はパラレルな世界観ってことでスルーして読みました。 続編希望です。 泉ちゃんのことをきっかけにいい男に成長した金谷クンとの再会がみたいですww
[気になる点] よくわからないのだが、金谷は「士官候補生」で主人公は同じ学校の普通科の生徒という事で 「二人が付き合うなら娘が士官学校に通うこと」が条件と父と祖父に命じられたことでOK? 初回だとして…
[良い点] わぁー! 続きが読みたいです!連載されないのでしょうか? クールな主人公とバカなヒーローが好きです!
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