第5話
夕方、ユーリィと共に屋敷を出た。
玄関先でローブ姿の男とすれ違ったが、スイスター家に似合わない暗い印象に、ヴォルフが首を傾げると、ルーカスは“使用人ですよ”と説明をしてくれた。世の中には色んな使用人がいるものだ。
宿に着いてユーリィと夕食を取ったが、相変わらずの無表情で何を考えているのかさっぱり判らない。しかし何となく穏やかな雰囲気を滲ませているのは、スイスター夫人の影響だろうか。
もしかしたらユーリィは、スイスター夫人に母親を見ているのではないかと、ヴォルフはふと思った。考えれば、母親という存在を知らないで育った彼が、夫人に対してそう感じてしまうのは、致し方ない事かもしれない。
夫人がユーリィに息子の幻影を見ているように、ユーリィもまた夫人に母親の幻影を見つけているのだ。
「明日は旅の話をするって約束したんだ」
「へぇ」
「もし嫌なら、ヴォルフはソフィニアに帰ってもいい」
「もちろん付き合うよ」
けれどヴォルフの心が全く痛まなくなったわけではない。ルーカスに邪心がないのは分かったが、ユーリィがどう思っているのかは知りたかった。
本当に彼は、スイスター夫人だけを思っているのだろうか?
それから毎日、ユーリィはスイスター家に出かけていった。さすがに毎回それに付き合うのは気が引けたので、ヴォルフは宿部屋で大人しく待つことにした。だが帰ってきたユーリィが話す内容から、彼は夫人だけではなくルーカスとも仲良くやっているようで、内心ヴォルフは苛ついた気持ちではあった。
「ルーカスがもし……」
そんな中、ある日ふとユーリィがそう言った。
「もし?」
「なんでもない」
「途中で止めるな、気になるだろう?」
「つまり、ルーカスはいい人だって言いたかっただけだ」
「へ、へぇ」
「ヴォルフはそう思わないのか?」
「いや、善良な男だとは思ったよ」
ルーカスがそんなつもりはないと知っているが、ユーリィを独占されることは酷く腹立たしい。こうして毎日我慢を強いられている自分を持て余して、ヴォルフは情けなくなった。
「あ、お前、また変な事考えてるだろ?」
「別に考えてなんていないさ。ただ君が誰かの事を誉めているのを初めて聞いたなと」
「今日もルーカスと一緒に馬に乗ったんだ」
そう言いながら、ユーリィは例の探るような目でヴォルフを眺める。きっとつまらない嫉妬をする自分を見て、軽蔑した言葉を発するつもりだろう。
そうは問屋が卸すものかと、ヴォルフは爽やかな笑顔を見せて「良かったな」とだけ返事をした。むろん作り笑顔ではあるのだが。
「怒ってないのか?」
「何で?」
問い返されると思っていなかったのか、ユーリィは目を丸くして言葉を失っていたが、やがて「いや、別に」と言葉を濁すと、そのまま黙り込んでしまった。
ユーリィが不機嫌な様子で帰ってきたのはその次の日の事で、ヴォルフの部屋を訪れた彼は、椅子にドカリと腰を下ろし、そのまま無言でしばらく口を開こうとはしなかった。ヴォルフが、「何かあったのか?」と尋ねると、如何にも不機嫌と言った声で、「別に」と返事をしたが、分かりやすい事この上ない。
「何かあったんだろ?」
「何もないってば」
「スイスター夫人の具合が良くないのか?」
「あの人は日に日に衰弱してる。今日は起き上がる事も出来なかったし、声を出すのも苦しそうだったから……」
「そうか」
それが不機嫌の原因かと思ったが、それだけではないような気がして、何気なく「ルーカスは?」と尋ねてみた。途端、ユーリィの顔が硬直し、視線を泳がせながら口早に「今日は会っていない」とだけ呟いた。
何かある。ヴォルフはそう直感した。嘘をつくのが苦手な子だから、それを口にする時はいつも、苦笑いを浮かべるか、こうして無表情になるのはとっくに気付いている。そして無表情になるのは必ず、心の痛みを隠そうとする時だった。
「君も疲れてるんじゃないのか?」
「そうかも……」
「夫人には申し訳ないが、明日はお休みにしなさい。病人の相手は、それでなくても疲れるんだから」
「そうだね」
素直に頷いた少年の様子に、ヴォルフの胸騒ぎはますます強くなった。