馴染んだ場所、淡い花色 (前)
運命が引き合わせてしまった、ある男女のお話。
カラン、と。
朱塗りの下駄が、軽快な音楽を奏でている。淡い黄色の着物に、藤色の袴。兄から貰った桃色のリボンを揺らして、日陽は振り返って微笑んだ。兄と義父は、その笑顔に和んだ。しかしすぐに互いに視線を合わせて若干睨み合う。何故かはわからない、だがはたから見ると完全に修羅場である。
「お義父さん、お兄ちゃん!はやくっ」
「おい日陽、転ぶぞ?」
「今行きますよ」
「…何だよ、親父」
「…何か用か、修哉」
月織 修哉は、義理の父である葯野陽久と、妹の日陽と共に大通りを歩いていた。雨の多い時期では珍しい晴天の中、川に面した大通りを闊歩する。娘一人を挟まないと、絶対に修羅場な空気が醸し出されるって、どんな家族なのだろうか。
兎に角。
休日が珍しく3人とも一緒だったので、折角だから買い物に行きましょう!と言う日陽の提案に乗って、家族全員で外出する事になった。いそいそと準備をする日陽に、陽久と修哉は着替えつつ会話をする。
『…親父、どうする?俺、夕飯の買い物位しか思い浮かばないんだが』
『…俺もだ。取り敢えず、日陽の好きな所に連れて行った方が良いんじゃないか…?』
『だよなぁ。…女の子が好きな場所って何処…?小物屋とか、服屋とか?』
『…服屋か…。日陽の、新しい着物でも買ってやるとするか?』
『まぁ、日陽も女子だし…興味を示す事柄だろうし…』
『決定、だな』
「お義父さん、お兄ちゃん?」
「「何でも無い」」
「?」
と、言う事で。
前日が陽久の給料日だった事もあり、家族は服屋に向かった。大通りに掛かる一本の橋を渡ると、美しい茜色で染められた暖簾が見える。知り合いが経営している、古くからの呉服屋である。日陽がその暖簾を見つけると、嬉しそうに二人の腕を引いた。
そして、暖簾をくぐって。明るく通る声で、挨拶をする。修哉が「ああ妹可愛いなぁ」と思っている事は、まぁ知っての如くだろうか。
声に反応して、はいはいー?と返事が帰って来た。ぱたぱた、と奥から出て来た影は、3人を見て笑顔を見せた。知り合いたちが店に来たと知った店主は、いそいそと店員たちに指示を出し始めた。
「一昨日店に来た菜の花色と、瓶覗持って来たって!あと猩々緋、新橋な!」
「わぁ、賑やかですね~!お久し振りです!」
「やー日陽ちゃん、久し振りv」
店主は小埜悠真と言った。彼はこの呉服屋の店主で、実家が近いために幼い頃はよく遊んでいたとか。店主としては3代目で、つい2か月前に就任したばかりだった。だが彼のおかげで店が保たれている、と言っても過言では無い。集客技術は、どの店主よりも秀逸だった。その御陰で店が繁盛しているのである。
そしてこの家族は知り合いの為、良い着物を半額ほどで提供してくれる。
「日陽ちゃん、この菜の花色の着物とかどうー?似合うと思うんやけど」
「わぁ、この模様も可愛いです!退紅ですか?」
「やねーvこれ着るなら、ちょっと濃い目の色がええかなぁ。猩々緋はちょっと濃すぎやし…これは男物の帯やなぁ」
「これなら、小物にしても可愛いですよねっ☆」
「あ、せやね!可愛いと思うでー?」
店主と日陽の会話に。
「…何話してんだろう…」
「…着物の色の話だと思うが…分からん…」
若干追い付けない、二人が居た。
暖簾…茜色:茜草の根を染料とする強い赤色
着物…菜の花色:アブラナの花の様な明るくクールな黄色
瓶覗:被染物を、藍瓶の薄くなった液体に一寸浸した藍の極淡い色
猩々緋:猩々は猿に似た伝説の動物。鮮明な冴えた赤色
新橋:東京の新橋芸者の間から流行した、鮮やかな緑味青
退紅:淡い紅花染で褪めた紅色
続きます。出てくるのは、全てこの国の伝統色です。
よろしかったら調べて下さい。
この国は、美しいですね。大事にしたいです。