放蕩息子の戯れに
付き合わされる事なんて、解っていた事だけれど。
蕎麦屋でひとしきり騒いだ、その数日後。
軍の本部に、髪を結った男が乱入してきた。
軍議中の会議室に人影が現れた時、華倉は最初、気だるげに視線を投げた。そして、面白そうにゆっくりと顔を上げた。表情が少し引きつり気味だが。
「…やぁ、海ちゃん」
「よぉ、頭の固い坊主ども!ちょっと華倉借りるー」
ふざけるな、と。
30代前半の、若い男が叫んだ。
彼は、以前の「影倉戦争」で、影に味方していた人物である。大して戦績は無かったそうだが、それなりの知勇を誇っていた。
会議室に、沈黙の幕が下りる。海ちゃん、と華倉に呼ばれていた男は、その男を一瞥した。そして黙って、華倉の手を引っ張って会議室を出た。
「て事で、遊びに行くぞ!」
「あのね海ちゃん知ってる?貴方何時も唐突でショ…?」
「オミーが冷たい…もう軍部に資金流してあげなーい」
「だから、聞いてる?ねぇ」
この国が、古きを護る国として有名である事は、御存知の通りであろう。徳川の時代に大名の行列があった、その時世。大名が旅の疲れを癒す為の、専用の宿があった。当時は本陣と呼ばれていた。今もそう呼ばれ続けているが、形まで残っている物は少ない。
有名な本陣の中で、最も古い宿「梅籠屋」。そこの息子は、放蕩息子としてかなり有名であった。毎夜毎夜吉原を遊び歩く最重要なお得意様、遊び歩いてる阿呆な若旦那。湯水のごとく金銭を使って、家名を真正面から汚している、最低な男である。だが憎めない。
「海ちゃん、弟さん元気?」
「ん、良い方だと思う、けど。…長くて今年いっぱいかも…医者がそう言ってた」
「…難儀な事だね、まったく」
「弟は、生まれつき病弱だし。…仕方無い」
彼――三枝 海には、弟が一人いる。家督相続を任された弟だったが、病弱なためにずっと一人でいた。華倉が海の弟を知ったのは、2年前ほど。優しい子で、いつも兄と華倉を微笑を浮かべて出迎えてくれた。いつも、華倉や兄の話を楽しみにしていた。
だが、兄は知っていた。弟も、それは身を以て理解している。生き永らえる、その期間の短さを。
「(長くて、生まれて五年…良く今まで生きているなぁ)」
海の弟は、今年で十を数える。華倉もその誕生を祝って、何か実用的なものを渡そうと考えていた。明後日に控えた誕生日に、彼の弟が生きているだろうか。弟は、いつ死んでもおかしくないのだから。だからこそ、不安が胸をよぎる。
だが。
「…明日、会いに行っても?弟君に」
「ん、ええよー」
弟を心配してくれる一人の軍人に、杞憂が消えた。
優しい、お兄ちゃん。
そうやって、微笑む弟は。海という男の生き方に、深くかかわっているのだろう。この軍人は、少なくともそう考えた。
「…で、オミー。遊びにいつ行く?」
「せめて一週間後が良いな!うん!!」
その強引さは、誰に似たのやら?
三枝 海。
兎に角面白い子。常に台風の目。だがそんな所が、憎めないのです。
さてさて、引き合わせる為に海にいろいろ動いて貰いますよ♪