蕎麦屋にて 1
物語は、まだ始まったばかり。
ならば、交差するまでの過程を見るのも。また、一興。
いらっしゃいませ、と明るい声が響く。その直後、声の主は嫌悪か緊張か、その身を強張らせる。いや、これは明らかな嫌悪だろう。
しかし、直ぐ微笑んで見せた。それも、商売癖、なのだろうか。
「いらっしゃい、お兄ちゃん!仕事終わったの?」
「おー、日陽。…いや、休憩中。これ喰ったらまた戻る」
「そっかぁ、頑張ってね!ところで、何食べてくの?」
「…何でも良いなぁ、日陽の好きなモノで」
「ええっ!?…うぅん、そうだなぁ。ちょっと待っててね?」
「おー」
にっこり笑う、小柄で童顔な少女。日陽、と呼ばれた彼女は、修哉の実妹であった。銀の髪は両側で可愛らしく、リボンで結ばれている。このリボンは、修哉が日陽に、誕生日祝いとしてあげた物である。日陽は、それをとても大切にしていた。同じ様なリボンを幾つか持っているが、このリボンだけは兄の名前を小さく書いて、区別するようにしているほどだった。
だが、彼女は「お兄ちゃん大好き!」ではない。
逆に、兄が「妹が大好きすぎてお兄ちゃん心配です」レベルのシスコンであった。
彼は、小走りして毎度の如く転ぶ妹を見送り、彼女が持って来てくれたお茶でゆっくりと喉を潤すのであった。…それにしても、毎度の如く苦いお茶である。
其れをいつ来ても一気飲みしてしまう修哉も、修哉なのであるが。
奥へと消えた妹と入れ替わりの様に、日陽と同年齢の少女が入って来た。艶めく銀髪を結いあげ、無気力に見える瞳で周囲を見回している。そして、彼を見つけると。静かに近付く。手には。…一般人なら目を疑うほどに盛られたざるそばと、少し多めの漬物。置かれたのは、勿論修哉の机。
何食わぬ顔で持ってくる店員に驚いて、見ると。少し大人っぽい笑顔で、こちらを見つめていた。
「こんにちは、苺さん。今日も仕事なのですね」
「止めて苺って言わないで頼むから」
思わず、彼が土下座した。
お蕎麦屋さん。
まだ続きますよー。