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幻夢の桜に恋をした。  作者: 壊拿
第一項 : 雨の中
2/17

男の名前は、

雨の中。

男は、あらゆる資料を引っ張り出した。どんな話だろう。いや、彼等はどんな人なのだろう。今の男には、すべての物事が楽しく思えて仕方無かった。




上を見れば、溜息が出る程に晴れやかな空。横を見れば、実がつき始めた梅の老木。下を見れば、…砂利が転がる、砂の路。踏みしめて歩けば、何かが心に刺さる感触がする。だが彼は気にせずに、洋式の柵を開いて外に出た。


帽子を取る。上着を脱ぐ。袖口の釦を、ゆっくりと外した。溜息は賑わいの中に消えたが、視線は相変わらず。…道往く女を追っていた。何と言う男だろう。


「あー…。今日も暑い…くそっ」


そうは言いながらも、脚は勝手にある場所へと確実に歩を進めていた。

ふらふら、ふらふら。

その視線の先に、見えてきた。煉瓦造りの、頑丈そうな洋館である。建物の前で足を止めた、その表情。微笑んでいる。気怠げな空気は消えた、男は音も無く建物の古い扉を開いた。さぁ、彼に気付く者は何処?



軍官学校。

箱庭のように狭い建物は、赤煉瓦の壁に薄い青緑色の屋根をした、洋式の校舎の姿をしていた。遠く、海の向こうの国を真似た建物だという。男はこの学校の中で、特に中庭が好きだった。授業を抜け出しては、良くこの時期になったら長い廊下の一角の大窓から美しい花々を見て癒されたものだった。それが今では、陸軍の一角を纏める者となった。人生とは、何が起こるか全くわからない。


ふらり、長い廊下の途中に現れる影。少し武骨な手が、窓枠に触れる。外はいつの間にか雨が降っていて、彼は静かにその光景に見入るしかなかった。

窓の外に咲く、色鮮やかな花々。彼は花の事を知る乙女ではないし、花を愛でる事も無いが。いつもいつも、この時期にしか咲かない中庭の花には暇さえあればずっと見つめていたのではないか。少し考えて、酷く自分が滑稽に思えて。…一人、笑っていた。

「…ふ、」

口元が緩んだ事に気付いて、慌てて隠す。それでも、にやけた顔が直ぐに治る筈も無く。…まぁそれは、彼もきちんと考えていた事だ。









中庭の光景を、廊下の窓越しに見つめる。窓は曇っていた。そっと手袋をはずして、拭き取る。手が濡れてしまったが、向こう側が見える。雨はやむ気配がないが、その中で花達は気持ち良さそうに水を浴びていた。ああ、それが何故か…雨の中で、誰かが水浴びをしていた。



彼は、幻影である事を分かっていた。だが、あまりにその背中が美しく、しなやかで、淡く桃の色をした肌だったものだから。…見惚れていた。身に付ける物など何もない細い身体は、中庭の花々に守られるようにして佇んでいた。何を考えているのか、ずっと空を見上げている。片側の髪を長めに伸ばしているのか、顔は口元しか見えない。その髪は長く、長く。胸は…少し、ある。貧乳、と言うタイプだろうか。気付くと、食い入るように「まやかし」を見つめていた。淡い期待だった。こちらを向いてくれないだろうか。叶いもしない思いは、やがて「まやかし」の視線を空から離す事に成功した。その顔が見たい、と望んだ、その時だった。


気配が、する。ふと、窓から視線を逸らせば、そこに見えたのは、久しく顔を見なかった後輩の姿だった。声を掛けようとして、また窓に視線を移す。「まやかし」は、消えていた。彼は、窓から離れた。

「修哉、久し振りだな。元気だったか?」



(続く)

最初は、幻影との出会いでした。

華倉は、その人影に何を思ったのでしょう?

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