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王子たちに愛されすぎる令嬢、実は呪われていました

作者: 白昼夢
掲載日:2026/04/08


 なぜか、誰もが私に恋をする。



昔から、少しだけおかしいとは思っていた。


 たとえば、道を歩いていると、見知らぬ人にやたらと親切にされる。重い荷物を持っていれば必ず誰かが声をかけてくるし、落とし物をすれば十人中十人が拾ってくれる。


 それだけなら、運がいいで済む話だ。


 問題は、その“親切”が、どう考えても行き過ぎていることだった。


「どうか、これを受け取ってください!」


 そう言って、ほとんど初対面の商人に宝石を渡されそうになったこともあるし、


「君のためなら命だって――」


 と、名前も知らない騎士見習いに真剣な顔で言われたこともある。


 もちろん全部、全力で断った。


 断ったのだけれど。


(……なんで泣くのよ)


 という反応をされるのが、常だった。




 そして、その“少しおかしい”は、年を重ねるごとに悪化していった。


 結果としてどうなったかというと。


「会いたかった、リリアーナ」


「今日も美しいね」


「昨日はなぜ早く帰ったんだい?」


「君の隣は僕のものだろう?」


(知らないわよ)


 ここは王立学園の中庭。


 私は現在、見事に囲まれている。


 しかも相手は、ただの学生ではない。


 この国の第一王子を筆頭に、公爵家、侯爵家の子息たち。いわゆる“将来の権力者候補”が勢揃いである。


 そして、その全員が、なぜか私に対して異様な好意を向けている。


(どうしてこうなった)


 心の底からそう思う。




 私は辺境伯家の娘だ。


 確かに家柄は悪くない。けれど、王都の社交界で主役になるような立場でもないし、特別に目立つ容姿をしているわけでもない。


 自分で言うのもなんだけれど、せいぜい「中の上」くらいだと思う。


 それなのに。


「リリアーナ、今日はどの授業に出るんだ?」


「よければ一緒に――」


「いや、彼女は私と――」


「貴様は黙っていろ」


(お願いだから争わないで)


 というか、授業に行かせてほしい。




 ちらりと周囲を見る。


 遠巻きにこちらを見ている令嬢たちと、ばっちり目が合った。


 すぐに逸らされる。


 いや、逸らされるだけならまだいい。


 中には、はっきりとした敵意を向けてくる人もいる。


(そりゃそうよね……)


 気持ちは分かる。


 王子や高位貴族の子息たちが、一人の女に群がっているのだ。面白いはずがない。


 でも、だからといって。


 私にどうしろというのか。




 実際、私は何度も断っている。


 距離も取ろうとした。


 けれど、そのたびに――


「そんなことを言わないでくれ」


「君が拒むほど、惹かれてしまう」


(意味が分からない)


 状況は悪化する一方だった。




 そしてついに、昨日。


 決定的な出来事が起きた。


 廊下で、ある侯爵令嬢に呼び止められたのだ。


「あなた、いい加減になさい」


 静かな声だった。


 けれど、その目は全く笑っていなかった。


「殿下に取り入るために、あんな手段を使うなんて」


「……手段?」


「とぼけないで。あなたのような家の娘が、何の後ろ盾もなくあの方に近づけるはずがないでしょう?」


(いや、本当に知らないんだけど)


 とは言えなかった。


 言ったところで、信じてもらえるとは思えない。




「忠告しておくわ」


 彼女は一歩近づいてきて、小さく囁いた。


「身の程を弁えなさい」


 その言葉は、ひどく冷たかった。




 そのあと何があったかは、あまり覚えていない。


 ただ。


(……もう、無理)


 と、思ったことだけははっきりしている。




 だから私は、逃げた。


 正確には、“逃げ込んだ”。


 学園の中でも、ほとんど人が寄り付かない場所。


 魔術研究棟の一番奥。


 そして、その部屋の扉を、遠慮なく叩いた。




「――先生、いらっしゃいますか」




 中から、少し間を置いて声が返ってくる。


「……珍しいですね。あなたがここに来るなんて」




 私は、深く息を吸った。


 そして。


「相談が、あります」




「相談が、あります」


 そう言うと、扉の向こうで小さく息を吐く音がした。


「……どうぞ」


 許可を得て中に入る。


 相変わらず、物が多い部屋だった。


 本棚にはぎっしりと魔術書が並び、机の上には見たこともない器具が雑然と置かれている。薬品の匂いと、少しだけ焦げたような香りが混ざっていた。


 そして、その中央。


「それで?」


 椅子に腰掛けたまま、こちらを見る魔術教師が一人。


 この学園でも変わり者で通っている人物だ。


 けれど――


(この人だけなのよね)


 私を見ても、何の反応も示さないのは。




「……その前に、一つ確認してもいいですか」


「内容によりますが」


「先生は、私のことをどう思っていますか」


 ほんの少しだけ、間があった。


「どう、とは?」


「その……好意、とか」


 言っていて虚しくなる質問だった。


 けれど。


「特にありませんね」


 あっさりと返ってきた。


 迷いも、照れも、一切ない。




(ですよね)


 思わず肩の力が抜けた。


 ここまで即答されると、逆に清々しい。




「助かります」


「それはどういう意味で?」


「いえ、普通の反応をする人に会うのが久しぶりで」


「……なるほど」


 教師はそこで、少しだけ目を細めた。


「それで、その“普通ではない反応”というのが、相談内容ですか」


「はい」


 私は頷く。


 そして、ここ最近の出来事をかいつまんで説明した。


 学園での状況。


 囲まれること。


 争われること。


 令嬢たちからの敵意。


 そして――昨日のこと。




「ふむ」


 一通り聞き終えた教師は、短くそう言っただけだった。


「……驚かないんですね」


「驚くほど珍しい話でもありません」


「そうなんですか!?」


「いえ、ここまで露骨なのはあまり聞きませんが」


(どっちなのよ)




 教師は椅子から立ち上がると、こちらに近づいてくる。


「少し、失礼します」


「え?」


 指先が、私の額に触れた。


 ひやりとした感触。


 同時に、微かな魔力の流れを感じる。




 数秒。


 本当に、それだけの時間だった。


 けれど。


「……なるほど」


 教師は小さく呟いた。


 その声音は、先ほどまでと少しだけ違っていた。




「何か、分かりましたか」


 思わず身を乗り出す。


 すると教師は、わずかに考えるような素振りを見せてから、口を開いた。




「結論から言いましょう」




 その一言で、心臓が強く跳ねた。




「あなたには、魔術がかけられています」




「……魔術?」


「ええ。分類としては――そうですね」


 少しだけ間を置いて。




「魅了に近いものです」




 言葉の意味を理解するまでに、数秒かかった。




「……魅了?」


「簡単に言えば、“好意を抱かせる”効果を持つ魔術です」




 頭が、真っ白になる。




(……は?)




「ただし、一般的なものとは少し違う」


 教師の声は冷静だった。


「特定の対象ではなく、不特定多数に作用している。しかも、かなり長期間にわたって」




 理解が、追いつかない。




「ちょ、ちょっと待ってください」


「はい」


「それってつまり――」




 自分の声が、わずかに震えているのが分かった。




「私が好かれていたのって」




 喉が、ひどく乾く。




「全部、その魔術のせい、ってことですか」




 教師は、ためらわなかった。




「その可能性が高いでしょうね」




 ――頭の中で、何かが音を立てて崩れた気がした。




(じゃあ、あれも、これも)


 幼い頃の記憶が、次々と浮かぶ。


 やけに優しかった人たち。


 過剰な好意。


 理解できなかった言動。




(全部、私じゃなかった?)




「……そんな」


 思わず、声が漏れる。




 教師は少しだけ視線を落とした。


「不快でしたか」


「不快というか……」


 言葉を探す。




「気持ち悪いです」




 正直な感想だった。




「でしょうね」


 あっさりと同意された。




「ですが、安心してください」


 教師は続ける。


「これは解除可能です」




「……本当ですか」




「ええ。ただし」


 そのまま、淡々と告げる。




「解除すれば、今まであなたに好意を示していた者たちは、正気に戻ります」




「正気に……」




「つまり」


 ほんの少しだけ、言葉を選ぶようにして。




「あなたに対する感情も、消えるでしょう」




 ――一瞬。


 ほんの一瞬だけ。


 胸の奥が、空っぽになるような感覚があった。




 けれど、それはすぐに消えた。




(……いや、別にいいわね)




 むしろ。




「ぜひ、お願いします」




 即答だった。



「では、始めます」


 教師はそう言うと、私から一歩距離を取った。


 部屋の空気が、わずかに変わる。


 先ほどとは比べものにならないほど、濃い魔力が満ちていくのが分かった。




「少し眩みますよ」


「はい」




 短い詠唱。


 聞き取れないほどの小さな声だったのに、それだけで空間が震えた気がした。




 次の瞬間。


 視界が、白く弾けた。




 ――一瞬だった。


 本当に、瞬きをするよりも短い時間。




 けれど。


「……終わりました」


 教師の声で、現実に引き戻される。




「……これで?」


「ええ。問題なく解除されています」




 拍子抜けするほど、何も変わらない。


 体に違和感もないし、特別な感覚もない。




「本当に、何も――」




 そのとき。




 ――バンッ!!




 勢いよく、扉が開いた。




「リリアーナ!!」




 飛び込んできたのは、第一王子だった。


 その後ろから、見覚えのある顔が次々と現れる。


 公爵家の嫡男、侯爵家の次男、その他大勢。


 いつもの面々だ。




(もう来たの!?)




「探したんだ、急にいなくなるから――」


 そこまで言って。


 王子は、ぴたりと動きを止めた。




「……あれ?」




 間の抜けた声だった。




「どうかしましたか、殿下」


 教師が淡々と問う。




「いや、その……」


 王子は私を見る。


 じっと、まじまじと。




 今までとは違う視線だった。




「……なぜ、私はここに?」




(え)




「殿下?」


 後ろから別の生徒が声をかける。


「リリアーナ嬢を追って――」


「……リリアーナ?」




 王子はもう一度、私を見る。




「……誰だ?」




 沈黙。




(ちょっと待って)




 今度は後ろの生徒たちがざわつき始めた。




「え……?」


「殿下、何を……」


「リリアーナ嬢ですよ、ほら――」




 次の瞬間。


 一人の公爵令息が、はっとしたように顔を引きつらせた。




「……いや、待て」




 彼は、自分の手を見た。


 そして、ゆっくりと周囲を見回す。




「……俺は、何をしていた?」




 空気が変わった。




「なぜ、こんな場所にいる」


「それは、お前が――」


「いや、それより」




 彼の視線が、私に向く。




「……誰だ、この令嬢は」




(さっきからそればっかりね!?)




 しかし、ツッコミを入れる余裕はなかった。




 次々と、同じことが起き始めたからだ。




「……は?」


「え、ちょっと待って」


「なんで俺……」


「うわ、頭痛い……」




 混乱が、一気に広がる。




 そして。




「――っ!?」




 ある一人が、顔を真っ赤にして固まった。




「どうした?」




「い、いや……」


 彼は震える声で言う。




「俺、今まで……」




 ちらり、と私を見る。


 そして、勢いよく視線を逸らした。




「……何を言っていた?」




(ああ、これ)




 理解した。




(全部、思い出してるんだ)




 自分がしていた言動を。


 口にしていた台詞を。


 浮かべていた表情を。




 “正気の状態で”。




「……帰る」


 誰かが、ぼそりと呟いた。




「は?」


「いや、無理だろ、これ……」


「ちょっと待て、整理させろ」




「殿下、先ほどの件ですが――」


「後にしろ!!」




 王子が、珍しく声を荒げた。


 そして。




「……失礼する」




 それだけ言って、足早に部屋を出ていく。


 顔は、見事に赤くなっていた。




 残された面々も、似たようなものだった。




「……忘れてくれ」


「無理に決まってるだろ」


「頼むから言うな……」




 誰にともなくそんなことを言いながら、次々と退室していく。




 最後に残った一人が、扉の前で立ち止まった。




「……あー」




 困ったように頭をかきながら、こちらを見る。




「その、なんだ」




 そして。




「……本当に、すまなかった」




 深く、頭を下げた。




 それだけ言って、彼も去っていく。




 扉が閉まる。




 静寂が戻った。




 数秒後。




「……すごいですね」


 教師がぽつりと言った。




「見事なまでの反応でした」




「……そうですね」




 私は、深く息を吐く。




(なんというか)




「一気に静かになりましたね」




「ええ。平和です」




 心の底から、そう思った。




静かになった部屋の中で、私はしばらく何も言えずにいた。


 あまりにも、あっさりと終わってしまったからだ。




「……終わりましたね」


「ええ」


 教師は特に感慨もなさそうに頷いた。




「これで、元の状態です」


「元の……」




 そう言われて、少しだけ考える。




 誰にも囲まれない。


 過剰な好意を向けられない。


 普通に話しかけられることも、特にない。




(……それでいいのよね)




 むしろ、その方がずっと自然だ。




「……ありがとうございます」


 素直に頭を下げる。


「本当に、助かりました」




「いえ、私は事実を取り除いただけですから」




「事実?」




 思わず顔を上げる。




「ええ」


 教師は、いつもの調子で言った。




「“不自然なもの”を取り除いただけです」




 その言葉に、わずかな引っかかりを覚えた。




「……あの」


「はい」




「その魔術って、誰がかけたんですか」




 当然の疑問だった。




 ここまでのものを、誰かが意図的に施した。


 しかも、長期間。




(そんなことができる人間なんて、限られている)




 教師は、少しだけ考えるように視線を逸らした。




「断定はできませんが」




 前置きをしてから、続ける。




「相当高位の術者でしょうね」




「高位……」




「ええ。少なくとも、学園の生徒や一般の魔術師では不可能です」




 つまり。




「貴族……それも、かなり上位の?」




「その認識で問題ありません」




 背筋が、わずかに冷える。




(そんな人が、どうして私に)




 理由が分からない。


 動機が見えない。




 だからこそ、気味が悪かった。




「一つ、気になる点があります」




 教師がそう言った。




「気になる点?」




「ええ。この魔術は、非常に精巧ですが――」


 そこで、わずかに言葉を区切る。




「同時に、妙に“粗い”」




「……粗い?」




「目的が曖昧なんです」




 私は眉をひそめた。




「普通、この手の魔術には明確な意図があります」


「例えば?」




「特定の人物を操る、婚姻を誘導する、権力を得る――」




 どれも、それらしい理由だ。




「ですが、あなたにかけられていたものは違う」




「違う?」




「対象が広すぎる。効果も強すぎる。そして――」




 一瞬だけ、教師の声が低くなった。




「無駄が多い」




「無駄……」




「言い換えれば、“効率が悪い”」




 つまり。




「計算されていない?」




「ええ」


 教師は頷く。




「まるで――」




 そして。




「思いつきで作られたような魔術です」




 その一言で、空気が止まった。




(思いつき?)




 そんなもので。


 こんなものが?




「……そんなこと、あり得るんですか」




「本来なら、あり得ません」




 きっぱりと言い切る。




「ですが、もしそれが可能な人物がいるとすれば」




 教師は、ゆっくりと視線を上げた。




「この国で、数名に限られるでしょうね」




 喉が、ひどく乾く。




「……例えば」




 聞きたくない、と思いながらも。




「例えば、誰ですか」




 教師は、ほんの一瞬だけ沈黙した。




 それから。




「王宮付きの宮廷魔術師」




 ひとつ。




「あるいは、それ以上の立場にある者」




 もうひとつ。




 そして、最後に。




「――王族」




 その言葉は、静かだった。


 けれど、はっきりと重かった。




(王族……?)




 頭の中で、その言葉が反響する。




 王子。


 公爵家。


 侯爵家。




 先ほどまでここにいた面々の顔が浮かぶ。




(でも、あの人たちが……?)




 違う。


 何かが、違う。




 もっとこう――




(もっと、上から見てる感じ)




 そのとき。




 ふと、思い出した。




 幼い頃の、記憶。




 王都に来たばかりの頃。


 初めて王宮に招かれた日のこと。




 豪奢な広間。


 きらびやかな装飾。


 そして。




『まあ、可愛らしい子ね』




 優しく微笑む、一人の女性。




『ねえ、あなた――』




 すらりと伸びた指先が、私の頬に触れた。




『物語は好き?』




 あのときは、意味も分からず頷いた。




 すると彼女は、嬉しそうに笑って――




『なら、きっと素敵な恋ができるわ』




 そう言ったのだ。




 ――なぜか。




 今になって、その言葉がやけに鮮明に蘇った。




(……まさか)




「思い当たることが?」




 教師の声で、現実に引き戻される。




「……いえ」


 すぐには、言えなかった。




 けれど。




(偶然、よね)




 そう思おうとして。




 どうしても、引っかかる。




 あのときの視線。


 あの言い方。




 まるで。




(“物語の登場人物”を見るみたいな)




 ぞくり、とした。



翌日、私は王宮に呼ばれた。


 理由は一つしか考えられない。


(……王妃ね)


 胸の奥で、ずっと引っかかっていた違和感が確信に変わる。



数日後。

私は、公爵家出身の大叔母のつてを使ってやっと王妃への謁見がかなった。




 王妃の間に足を踏み入れる。


 豪奢すぎるシャンデリア、光を反射する金縁の調度品、壁いっぱいに飾られた絵画。


 その中央で、王妃はにこやかに微笑んでいた。




「リリアーナ、まあいらっしゃい」


 軽い調子で、柔らかく手を振る。




「……失礼いたします」


 私は静かに頭を下げる。




「まあ、あの子が困っているって聞いたのよ」


 王妃は肩の力を抜いた笑顔で言う。




「困って……?」


「そう、愛されすぎちゃって大変だって」


 軽く肩をすくめる。


 その笑顔は、どこか楽しげで――恐ろしいほど無邪気だった。




「……その魔術を、かけたのは……」


 私の声は落ち着いていた。




「ええ、そうよ」


 王妃は涼しい顔で頷く。




「ちょっとした気まぐれだったの」


「気まぐれ……」




 ため息をひとつ。


 私は静かに、視線を王妃に据えた。




「私の人生は、物語ではありません」




 王妃は一瞬、目を丸くした。




「……?」


「私は、他人の娯楽のために“運命を操作されるキャラクター”ではないのです」




 部屋の空気が、ほんのわずかだけ張り詰める。




「ふふ、まあね。そう言われても、ちょっと楽しそうじゃない?」




 王妃は、依然として軽いノリで笑う。




「でも、それは違います」


 私は一歩前に出た。




「好意を向けられるのも、私を嫌う人がいるのも、全て本物ではなかった。 それを笑い話にするのも、やめてください」




 王妃の眉がわずかに動く。


 しかし、笑顔は消えない。




「……なるほど。真面目に言うのね」


「はい」


 静かに、しかし揺るがぬ声で。




「私は、私の人生を生きます。物語の登場人物として生きるつもりはありません」




 王妃は少しだけ、手を止めた。


 そして、微笑んだまま、頷いた。




「……分かったわ」


 軽く肩をすくめる。


「でも、ちょっと面白くなかった?」




「……面白くありません」


 私ははっきり答える。




 王妃は再び微笑む。


 その笑顔は軽く、しかしどこか満足げだった。




「まあ、仕方ないわね」


 立ち上がり、ゆったりと歩きながら私を見下ろす。




「あなたは、自分で選んだ道を生きるのね。立派なものよ」




(……それでいい)


 私は深く息を吐いた。


 静かに、しかし確かに、勝利感があった。




 過去の魔術も、過剰な好意も、全て片付いた。


 残ったのは、私自身の意思だけ。




 王妃は最後に言った。




「じゃあ、楽しんでね。あなたの物語を」




 その言葉は、かつての“支配”ではなく、ただの祝福に聞こえた。


 私は小さく微笑む。




「登場人物にされた覚えはありません」


(はい、私の物語を、自分で生きます)



 王妃の笑みが、ほんの一瞬だけ止まった。



 王妃の間を後にして、私は深く胸を張った。


 誰の視線も、誰の好意も、もう必要はない。


 全ては私自身の人生だ。



それから一週間が経った。



学園に戻ると、いつもの日常が戻っていた――でも、どこかが違う。


 王子たちは正気に戻り、あの過剰なアプローチは跡形もなく消えている。


 必死に言葉を選ぶ王子の顔を見て、私は心の中で笑う。


(ふふ、ざまぁね)




 一方、高位令嬢たちは、私を見ると微妙に視線を逸らす。


 かつての敵意は消えかけ、焦りすら見える。


(あら、思ったより可愛くないんじゃない?)


 軽く皮肉を思い浮かべつつ、私は机に向かう。




 そんなとき、ふと王宮のニュースが耳に入った。


「王妃さま……あの魔術をかけたまま、宮廷舞踏会でうっかり自分も魅了されちゃったとか?」


 耳を疑う軽い噂。


 王妃本人が主催した舞踏会で、周囲の王族や貴族に一瞬自分が“愛されすぎる呪い”の影響を受け、その場にいた貴族たちが、一斉に王妃に求婚し始めたらしい。


そして、その後すぐに正気に戻って、全員が沈黙したとか。




(……王妃、ざまぁ……!)


 私は思わず小さく吹き出す。


 あの“物語作り”に夢中だった王妃も、皮肉な形で自分の魔術に少しだけ振り回されるなんて。




 もちろん、誰も王妃を責めたりはしない。


 その軽いハプニングは、宮廷の小さな笑い話としてだけ伝わっているらしい。


 でも私にとっては、最高の締めだった。




(ふふ、やっぱり、私の物語は私のもの。誰にも触れさせない)


 深く胸を張り、ノートにペンを走らせる。


 静かな平和の中で、私はほほえむ――自分だけの物語のために。


最後までお読みくださり、ありがとうございます。


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