第42話-B 高校1年生 ~見えてしまった距離
人で溢れる駅前の通り。
提灯の灯りが連なり、屋台の明かりと混ざり合って、
あたりはやわらかな橙色に包まれていた。
フランクフルトの香ばしい匂い、甘い綿あめの香り、鉄板の音。
笑い声と呼び込みが重なり、空気そのものがざわめいている。
「うわ、人すご……」
佳菜子が声を上げた。
「混んでるなぁ」
裕香も周囲を見回しながら言った。
由奈は人の流れに気をつけながら歩きつつ、
ふと視線を上げた。
少し先にいた男子たちも、こちらに気づいた。
「お、いた」
待ち合わせしていた男子の一人、田中が軽く手を上げた。
「待った?」
「いや、さっき来たとこ」
それだけのやり取りで、
六人は自然に笑い合い、歩き出した。
けれど――
クラスで顔を合わせているはずなのに、
どこか違った。
女子三人の浴衣が、
はっきりとその空気を変えていた。
すれ違う人の視線が、わずかにこちらに流れていた。
「見て、あの子かわいい」
佳菜子が小さく言った。
通りすがりの浴衣姿の女子を指さす。
「ほんとだ、ああいうのいいね」
「色合いきれいだよね」
自然と目がいった。
浴衣の柄、帯の結び方、髪飾り。
普段なら気にもしないのに、
今日は全部が気になった。
男子たちはどこか浮き足立っていた。
人の多さもあるが、それだけじゃない。
浴衣の女子と並んで歩くこと自体に、
少しだけ特別な空気があった。
由奈の隣で佳菜子が耳打ちした。
「やっぱり、春日くんと裕香ちゃん、目立つよね」
「うん。私、二人が並んでたらすごいと思うんだけど……二人とも興味ないよね」
「うん。だって、春日くんは由奈ちゃんに興味あるもん」
「な……っ、佳菜ちゃん、何言ってるの?!」
思わず声が大きくなった。
裕香が怪訝そうに振り返った。
「なに?」
「え、浴衣の由奈ちゃん、かわいいなって」
佳菜子が軽く笑いながら誤魔化した。
(やっぱり、裕香ちゃんみたいな子を連れてたら、男子は自慢したくなるよね)
「ねぇ、山下くんはやっぱり裕香ちゃんのこと気にしてるよね」
佳菜子が耳打ちしてきたので、由奈は笑って言った。
「私も同じこと思ってた。田中くんも……だよね」
その中で、春日はやはり少し違っていた。
浴衣の女子と歩いていても気負う様子もなく、人混みの中を悠然と歩いていた。
背が高く、整った顔立ちも目立っていた。
田中や山下も普通よりは目立つのに、周囲の視線は自然と春日に集まっていた。
「……やっぱ、裕香ちゃん、綺麗」
佳菜子がぽつりと呟いた。
「うん」
由奈も笑顔で頷いた。
「佳菜ちゃんも、かわいいよ」
(やっぱり、みんな、いい感じだな)
そう思いながら、
すれ違う浴衣姿にも目を向けた。
(帯の結び方、いいな)
(ああいう色も、夏っぽい)
そんなことを考えていると、
「人、多いからはぐれないようにしないとね」
春日が自然に、由奈の隣に来た。
気づけば、
佳菜子は裕香の隣で楽しそうに話していた。
由奈は小さく笑った。
「うん、そうだね。私、ぼーっとしてると迷子になりそうだな」
春日は穏やかに微笑んだ。
由奈も微笑み返しながら、ふと思う。
(春日くん、こういうとこ、彼女と来るイメージなのに。……いないのかな?)
裕香のようなタイプの女子と並ぶ姿が、自然に浮かんだ。
すると、突然、声がかかる。
「由奈!」
聞き覚えのある声。
振り返ると、晴基がこちらを見ながら手を振っていた。
「あ……っ。ほんとに会えたね」
桂花が近寄ってきた。
晴基の後ろに健斗も続いた。
「由奈、浴衣なの?」
「うん。
でも、私は持ってないから友達のお姉さんのを借りてるんだ」
由奈のクラスメイトたちが不思議そうな顔で由奈を見ていた。
佳菜子がそっと寄ってきた。
「由奈ちゃん、友達?」
「うん、小・中が同じだった子たち」
すると、佳菜子は三人を見て言った。
「あっ、古山くんは知ってる。最近、夏期講習にいるときあるし。
球技大会のとき、バスケ盛り上がったから。
すっごい上手でかっこよかったー」
「あ、そうだね。古山くん、運動神経いいから何でもできちゃうんだよね」
「あー、あのとき、うちと当たって盛り上がったクラスのね」
一緒にいた男子たちも思い出した。
晴基が軽く手を挙げて笑いかけた。
「あれ、すごかったよなー。春日もすごかったけど」
しばらく、同じ高校の生徒同士で盛り上がった。
その間、桂花は春日を観察していた。
健斗は高校の話には入らず、スマホを触りながら手持ち無沙汰そうにしていた。
徐々に、晴基と春日を中心に、男子だけで話す雰囲気になっていった。
「ねぇ、由奈ちゃん、あの子、結構かっこいいよね」
佳菜子が小声で言った。視線の先は健斗。
相変わらずシンプルな装いだが、それでも人目を引いていた。
「ああ、あの子ね」
由奈は佳菜子の興味を察して言った。
「高野くん、中学のときから……ううん、小学校のときから女子に人気あるよ」
「だよね。かっこいいもん」
「今、彼女いないみたいだよ」
「えー、なに言ってるの?私は先輩一筋だってば」
由奈と佳菜子は笑い合った。
桂花が由奈に歩み寄った。
「由奈、浴衣、めっちゃかわいいじゃん。髪型も。あと、ちょっとメイクしてる?」
おくれ毛を軽く触る。
由奈は少しぎこちなく笑った。
「え。あ……、浴衣はかわいいよね」
桂花は呆れたように言った。
「は? なに言ってんの?」
「いや、ちょっと照れくさいっていうか……」
その時、
視線を感じた気がして、由奈は思わずそちらを見た。
健斗と目が合う。
由奈ははっとした後、呟くように言った。
「あ……、なんか、ごめん……。こんな格好で。……変だよね」
由奈は目を伏せて、裕香と佳菜子の間に隠れるように身を寄せた。
「え……」
健斗は少し驚いた顔で由奈を見つめた。
裕香と佳菜子が口々に言った。
「えー、由奈、かわいいって」
「そうだよ、由奈ちゃん、うちのお姉ちゃんよりいい感じ」
由奈は力なく笑った。
「ううん、私、やっぱりこういうの似合わないからさ」
そのとき、
「佐山さん、やっぱり浴衣、似合ってるって思った。かわいいよ」
はっきりした声。
春日だった。
全員、春日に注目する。
(……春日って、すごい)
桂花は由奈と春日を交互に見た。
由奈は裕香の腕に捕まりながら、少し驚いた顔で春日を見た。
春日は穏やかに微笑んでいた。
クラスメイトがどよめいた。
「春日くん、はっきり言うねぇ」
「さすが、春日だなぁ」
「そういうセリフ、似合ってるしね」
裕香と佳菜子は嬉しそうにクラスメイトを見つめていた。
晴基は健斗と春日を見比べた。
春日は田中や山下と楽しそうに笑い合っていた。
健斗は動かなかった。
なんとなく、場の空気が分かれかけていた。
そのとき、
「ねぇ、みんなで写真撮らない?」
佳菜子がクラスメイトに向かって言った。
「いいね」
「じゃ、みんなの分、撮るよ」
晴基と桂花がスマホを預かった。
女子三人が前に立ち、男子はその隣や間から顔を出す。
春日が自然に由奈の隣に立った。
由奈が春日を見上げた。
目が合い、自然に微笑み合う。
健斗は息を飲んで目を逸らした。
晴基の隣でスマホを構えながら、桂花が呟いた。
「やば……結構お似合いじゃん」
「だな」
六人分のスマホで写真を撮り終えると、佳菜子が言った。
「由奈ちゃんのお友達とは撮らないの?」
少しの間。
由奈はさらりと言った。
「あ……まぁ、こっちはいいんじゃないかな」
「そっか」
由奈はクラスメイトたちの中に戻った。
春日が自然にその隣に立った。
そして、歩き出した。
「じゃ、またね」
「うん」
由奈は三人に手を振り、そのまま離れていった。
三人は見送った。
人混みに消える背中。
沈黙が落ちた。
「健斗、行くぞ?」
晴基が立ち尽くす健斗に声をかけた。
「ああ」
三人で歩き出す。
「由奈、かわいかったよね。
春日も、聞いてた以上にすごかったー」
桂花がなにげなく言った。
晴基が頷いた。
「だな」
「……でもさ」
少し間を置いて、桂花がぽつりと呟いた。
「由奈、ちょっと変じゃなかった?」
晴基は少しだけ間を置いてから頷いた。
「……ああ」
「いつもなら、ああいうとき、由奈、もうちょい場を回したりするでしょ」
「……だな」
少し離れた通りまで来ると、立ち止まって健斗が言った。
「じゃ、俺こっち」
晴基がちょっと意外そうに言った。
「もう帰んの?」
「うん」
「おつかれ」
「おう」
健斗が背を向けた。
振り返らない。
「……なんかさ、高野もらしくなかったよね」
「ああ」
晴基と桂花は健斗の後ろ姿を見送った。




