第42話-A 高校1年生 ~もう決まっていたこと~
健斗が楽しげに言った。
「そういやさ、明日、駅のへんで夏祭りあるじゃん」
由奈と桂花が頷いた。
晴基は目を泳がせた。
(あ……やべ)
桂花がさらりと言った。
「あ、高野、誰かと行くの? 彼女とか?」
健斗が少しぶっきらぼうに言った。
「いや、いねーし」
由奈が口元だけで笑いながら晴基の方を見た。
(答え、わかったね)
そう言わんばかりの顔。
晴基はそわそわしている。
(そんなん、もともとわかってんだよ。
今はそれより、この流れ――)
晴基は、早口に言った。
「じゃ、健斗、俺と……」
しかし、少し遅かった。
健斗が先に質問を投げた。
「祭り、四人で行く?」
「あ、いいね。由奈、行く?」
桂花は由奈を見て言った。
「あ、ごめん。私、学校の子と約束してるんだ」
「え、そうなの?」
由奈が三人を見回して言った。
「うん。そっちも来るなら、どっかで会うかもね」
健斗は目を見張った。
「由奈、もしかして、この前、駅にいた……」
「あ、春日くん?
うん。地元じゃないけど来てくれるんだって」
桂花が目を丸くして言った。
「え、由奈、お祭りでデート?」
由奈は笑いながら言った。
「違う違う。クラスの子たちと行くんだよ。
あ、私、ちょっとトイレ行くね」
由奈が席を立った。
桂花が健斗と晴基を見て言った。
「これ、この三人で行くって話?」
晴基が頷いた。
「そうなるな。な、健斗?」
「え……」
少し間が空く。
「……うん。だよな」
桂花が驚いた顔で言った。
「ちょっと、高野、なんか明らかに興味なくなってない?」
健斗は視線を外した。
晴基が少し呆れた声で言った。
「お前が言い出したんだぞ」
健斗は呟くように言った。
「うん。でも、家で本読んでるのも、ありかな……」
「は?」
「えー、私、ちょっと春日見たい」
「これで行かないってなったら、由奈、変に思うぞ」
健斗はストローの袋をいじりながら言った。
「……由奈はクラスのやつらと楽しむんだろ」
「えー、行こうよ。遠目から見るだけでいいから」
晴基が軽く息を吐いた。
「とりあえず、行くだけ行こうぜ」
そこに由奈が戻った。
桂花が尋ねた。
「由奈、明日、何人で行くの?」
「えっと、六人」
「へー、男女半々?」
「うん」
「なんか、いいねぇ」
由奈がちらっと晴基を見た。
「この前の夏期講習のとき、決まったんだ」
晴基は曖昧に笑って頷いた。
「ああ、そっか。なんか盛り上がってたの、それだったんだな」
(……浴衣着るって言ってたな)
桂花がニヤリとして言った。
「人、多そうだから会えるかわかんないけど。
私、春日見てみたい。高野も見たんでしょ?」
健斗は黙って頷いた。
由奈が面白そうに言った。
「ふふ。もしかしたら、春日くんに会えるかもね」
晴基は隣に座る健斗を見た。
(健斗、さっきから静かだな。わかりやすい)
健斗はストローの袋をいじりながら、
コップに残ったコーラを眺めていた。
翌日、8月5日(土)。
夕方。まだ日が落ちきらない時間。
由奈は、少し緊張した面持ちで佳菜子の家のインターホンを押した。
「はーい!」
中から元気な声がして、すぐにドアが開く。
「由奈ちゃん、いらっしゃい!
もう裕香ちゃん来てるよ」
佳菜子はもう着替えていた。
淡いピンク地に白と薄紫の小花が散り、帯は少し濃い赤。
やわらかくて、いかにも女の子らしい雰囲気だった。
「おじゃまします」
靴を脱いで上がると、奥の部屋から声が飛んできた。
「あっ、由奈! こっちこっち!」
覗くと、すでに浴衣姿の裕香が立っていた。
ショートボブの髪をゆるく巻いて、片側だけ小さな飾りをつけている。
シンプルなのに、どこか洗練された雰囲気だった。
「……え、もう着てるの?」
「うん。佳菜子のお母さんにちょっと手伝ってもらって」
「えー、すごい」
「でしょー?」
くるっと一回転して見せる。
藍色の生地に白い朝顔の模様。
帯は落ち着いた銀色で、すっきりとまとまっている。
それが、裕香の大人っぽさをさらに引き立てていた。
「やっぱり、裕香ちゃん、綺麗」
「由奈ちゃんも、ほら、これ着てみて」
「……うん。ありがとう」
「そうそう。たぶん似合うと思う」
差し出された浴衣は、淡い紫色に小さな花柄が散っていた。
白に近い薄紫で、涼しげでやわらかい印象。
(……かわいい)
「早く着よ! 時間なくなるよ」
佳菜子に急かされて、由奈は着替えを始める。
――が。
「ちょっと待って、これどうやって合わせるの?」
「えっ、それだと死んだ人の向きだよ」
「え、どっちがどっち?」
三人でわちゃわちゃしながら、なんとか形にしていく。
途中で、佳菜子の母が様子を見に来た。
「あらあら、苦戦してるね」
「あ、おばさん、助けてください……」
「いいよ、ちょっとこっち来て」
手際よく襟を整え、帯を締めていく。
「はい、ここ押さえて。そうそう、いい感じ」
あっという間に、形が整った。
「わあ……」
思わず声が漏れる。
さっきまでのぐちゃぐちゃとは別物だった。
「ほら、由奈ちゃん、鏡見て」
言われて姿見の前に立つ。
(……え)
「……なんか、変じゃない?」
ぽつりと呟く。
「え?」
佳菜子が即座に反応する。
「めっちゃいいじゃん!」
「うん、似合ってる」
「ほんとね。着てもらえて嬉しいわ」
「……ほんと?」
「ほんとほんと。由奈、こういうの似合うタイプじゃん」
(……似合う、のかな)
少しだけ胸がざわつく。
嬉しいような、落ち着かないような。
「じゃ、次、髪!」
「え、髪もやるの?」
「当たり前でしょ」
佳菜子も髪をアップにして花の飾りをつけている。
いつも以上に華やかで、可愛らしい。
(私には無理……)
椅子に座らされる。
「ちょっと触るよー」
「うん……」
アイロンで巻いた髪をまとめられていく感触。
長さが足りない分、低めの位置で小さくひとつにまとめて、
少しだけ毛束を引き出していく。
「おくれ毛、少し残した方がいいかな」
「いいね、それ」
耳の横に細く残された髪が、ふわっと揺れる。
「はい、できた!」
鏡を見る。
(……すごい)
さっきよりも、ずっと“それっぽい”。
「メイクも軽くやる?」
「え、いいよ、そんな……」
「いいからいいから。ちょっとだけ」
頬にほんのり色が乗る。
唇にも薄く色が整えられる。
それだけなのに、顔の印象が少し変わる。
「はい、完成!」
「……」
言葉が出ない。
「ね、かわいいでしょ?」
「うん、これは……やばいね」
裕香が頷く。
「……なんか、私じゃないみたい」
思わずそう言うと、
「いいじゃん、今日くらい」
佳菜子が笑う。
少しだけ肩の力が抜ける。
裕香がスマホを取り出して、三人で写真を撮る。
「ちょっと、もう一枚!」
「えー、何枚撮るの? 写真苦手なの」
「いいじゃん!」
笑い声が重なる。
そのまま、玄関へ向かう。
外は、少しだけ涼しくなり始めていた。
「じゃ、行こっか」
「うん」
「楽しみー!」
三人で並んで歩き出す。
足元の下駄が、少しだけぎこちない。
それでも、どこか浮き足立つような気持ち。
(……大丈夫かな。男子に会うの、ちょっと緊張する)
ふと、そんなことを思う。
(でも、三人いるし。
裕香ちゃん綺麗だし、佳菜子ちゃん可愛いし)
(みんな、そっち見るよね)
――でも、
頭の片隅に、かすかに残る言葉。
『着てみないと分かんないじゃん。由奈も似合いそうだけどなぁ』
(高野くんに言われて、ちょっとびっくりしたけど……)
「あっ、みんな、待ってる!」
佳菜子の声に顔を上げる。
「うん」
夜へと向かう道を、歩いていった。




