第38話-B 高校1年生 ~波紋~
由奈は、夏期講習が終わると、さっさと家に帰って健斗と莉乃に明日の時間と場所を伝えた。
昼食を摂り、自分の部屋に落ち着いてから桂花にLINEを送る。
(LINE)
由奈
「莉乃ちゃんに、高野くんと三人で会いたいって頼まれた」
桂花
「えーっ。なにそれ!それで?」
由奈
「明日、三人で会うことになった」
桂花
「え、明日?
全然意味わかんないけど。
由奈、だいじょうぶなの?」
由奈
「私はただ、二人を引き合わせるだけだから。
大変なのは、高野くんだと思う」
桂花
「引き合わせる?なにそれ。
由奈がいないとダメなの?
ていうか、高野も会いたくないんじゃないの?」
由奈
「うん。嫌がってるけど。
莉乃ちゃん、古山くんにも何回も言ってくるんだって。
高野くんの連絡先教えてって。
今日、私にも、高野くんと会えるようにしてほしいって言いに来た」
桂花
「やばいね。渡瀬さん、怖いなぁ。
そこに由奈が行くのがよくわかんないけど……。
あっ、もしかして読書デートで高野と付き合うことになったとか?」
由奈
「違うって。そんなわけないじゃん。
私、いろいろ事情もわかってるし、頼みやすいだけじゃないの?
当日、私は空気だよ(笑)」
桂花
「なんか、めんどくさい話だなぁ」
由奈
「もしかして、今度こそ、伝説のお似合いカップルが復活するかもしれないよ(笑)」
桂花
「それ、絶対ないから。賭けてもいい」
由奈
「えー、そこまで?」
そこで、桂花からの連絡が途切れた。
由奈はため息をついてスマホを伏せた。
(読書デートって……なにそれ)
少し笑ってしまう。
(高野くんと私が一緒にいても、そういう雰囲気はないはずなのに)
(明日、嫌だけど。
どっちにしても30分くらいだろうな)
健斗が断り切るか、二人が和解するか。
(二人がいい感じになったら、席を外そう。
桂花は賭けてもいい、なんて言ったけど、そんなの、わからないし)
―――
由奈と連絡している途中、桂花に晴基からも連絡が入った。
(LINE)
晴基
「莉乃のこと、聞いた?」
桂花
「今、由奈から聞いた。なんか、おかしくない?」
晴基
「だな。
明日、見に行く?
時間と店聞いた」
桂花
「行く!」
―――
翌日――8月2日(水)
健斗と莉乃との待ち合わせに由奈が選んだのは、大通りから離れた細い路地にある小さなカフェだった。
ドアを開けると、コーヒーの匂いが漂っていた。
おかげで少し落ち着く。
間接照明で、木目調のテーブルごとに小さなランプが灯され、
小さな観葉植物も置かれている。
お洒落な陶器の器に砂糖が盛り付けられているのがかわいくて、
思わず写真に撮りたくなるような雰囲気。
大通りから外れているので、ここなら知り合いに見られる心配も少なく、
きっと健斗も莉乃も気を張らずにいられるんじゃないか。
そんなつもりで選んだ場所だった。
由奈はカフェラテのカップを四人がけの席に置き、二人を待っていると、健斗が入ってきた。
健斗は由奈を見つけると、笑顔で手を振った。
由奈は静かに手を挙げて応えた。
健斗はアイスティーのグラスを手に、
「今日は、助かったよ」
そう言いながら由奈の向かいに座り、隣の椅子に荷物を置いた。
すると由奈は席をずれて、健斗の向かいの席を空け、自分は荷物の向かい側へ移った。
「え、なんで……?」
「だって、今日、高野くんが話す相手は莉乃ちゃんだよ」
今日はあくまで自分は空気、第三者。
由奈はそう思っていた。
健斗は少し困った顔をしたが、納得したように小さく何度も頷いた。
その表情は少し緊張しているようにも見えた。
「そういや、本、また進んだよ」
「あ、うん。よかった」
話していると、健斗の緊張が伝わってくる。
「由奈って、いつもホットで飲んでるよね」
「うん、冷たいの、体が冷えちゃうし、早く飲めないから薄まっちゃうんだよね」
「なるほどね」
健斗が小さく笑った。
そして、莉乃がやって来た。
「お待たせ」
健斗はちらっとだけ莉乃の方を見たが、すぐに表情が曇ったのが由奈にはわかった。
莉乃の姿からは気合いが滲んでいた。
髪を少し巻いていて、いつもより大人っぽい。
自信のある人しか身につけなさそうな、明るい黄色の膝丈スカートが目立つ。
ノースリーブのインナーと、ラメの入ったクリーム色のシアーニット。
足元は白いサンダル。ヒールが高めで、さらにスタイルを良く見せている。
耳元では小さなゴールドのピアスが揺れていた。
そして莉乃の周りには、甘い香りがふわっと漂っていた。
その香りが漂ったとき、健斗がほんの少しだけ顔をしかめたのを由奈は見てしまい、思わず目を逸らした。
莉乃は、このカフェの雰囲気からは少し浮いていたが、確実に人目を引いた。
一方で、健斗は今日もシンプルな服装だ。
それが逆に健斗の華やかさを引き立てているように見えた。
(やっぱり、二人、釣り合って見えるだろうな)
自然にそう思い、自分は白黒だけの服装でちょうどいいと思った。
莉乃がアイスキャラメルラテを持って、テーブルに戻ってきた。
莉乃は一瞬、健斗の隣の席に目をやった。
だが、そこは荷物で埋まっていた。
莉乃は由奈が空けた、健斗の向かいに座った。
莉乃は、外が暑いことや夏休み中の過ごし方などを話していたが、健斗の反応はほとんどなかった。
由奈はヒヤヒヤしながら、莉乃にあいづちを打ったり質問をしたりして場をもたせた。
(高野くんて、ほんとに言いたいことしか言わないつもり?
私は空気なんだから、ほんとは話さないはずなのに……)
途中、健斗がふと由奈に視線を向けたのに莉乃が気づき、健斗に言った。
「健斗、由奈と話したいの?」
少し語調が強かった。
由奈は目を見張った。
健斗が少し苛立ちのこもった目で莉乃を見た。
すると、莉乃は少し眉を下げて健斗を見て言った。
「わたし……、健斗はわたしと二人だけだと気まずいから会いたくないのかなって思ってて。
他に誰かいれば話してくれるのかと思ったけど、そうじゃないみたいだね」
健斗が鋭い声で言った。
「気まずいって、違うし。ずれてる」
(高野くん、言い方……)
健斗の口調がいつもよりきつくて由奈はヒヤヒヤする。
(きっと、高野くんもこれまでに結構イライラしてたんだろうな。
莉乃ちゃん、ちょっとしつこかったのかも)
莉乃が健斗を見ながら言った。
「……やっぱり、二人だけの方がよかったのかな」
(え……。莉乃ちゃんの言ってる意味、わかんない)
由奈は言葉を失った。
健斗も眉をひそめて、不安げに由奈を見た。
「ねえ、健斗、ちょっとだけ……二人で話せないかな?」
健斗の尖った口調に対して、莉乃の言い方は柔らかく、笑顔すら浮かべていた。
そして、莉乃は由奈を見て言った。
「由奈、悪いんだけど」
最後まで言わなかったが、その場にいた者にはわかった。
空気が凍ったようになった。
そして、莉乃の目には、由奈に有無を言わせない圧があった。
由奈は小さく息を吐きながら目を伏せた。
「うん」
由奈が小さく微笑んで顔を上げたとき、健斗の目が大きく見開かれ、口が薄く開かれた。
由奈は一瞬だけ健斗に視線を送った。
そして、笑顔を浮かべながら立ち上がる。
「じゃあ、私ちょっと、外にいるね」
「え、ちょっと、由奈……」
健斗は立ち上がりかけて、言葉を飲み込んだ。
「由奈、ありがとう」
そう言って莉乃は微笑んだ。
由奈は席を立ってカフェの外に出た。
むせ返るような暑さも手伝って、喉の奥が苦しくなる。
由奈は深く息を吐く。
(まぁ、席、外すことになるかな、とは思ってたけど。
二人の仲が戻ったときだと思ってた)
意外な幕切れに遭ったような、なんとも言えない気分になる。
(高野くん、相当、機嫌悪そうだったけど。大丈夫かな……)
今頃、店内では、莉乃が勇気を出して、健斗に気持ちを話しているのかもしれない。
そして、健斗は――どう答えるんだろう。
(気にしても仕方ないけど)
「由奈」
突然、声がかかった。
振り向くと、晴基と桂花がそこに立っていた。
「あれ、どうしたの?
場所、高野くんから聞いてた?
まさか、わざわざ様子見に来てくれたの?」
晴基が神妙な顔で頷いた。
「そっか。ありがとう」
桂花が驚いた顔で尋ねた。
「なんで?
由奈、どうして出てきたの?」
「あ、莉乃ちゃんが高野くんと二人で話したいって言ったから」
「は?」
晴基と桂花が顔をしかめた。
由奈は、少し離れたところにある公園を指した。
木が生い茂っていて木陰がある。
三人はそこを目指して歩き出した。
由奈が顔の前に手をかざして陽射しを遮りながら歩く。
「莉乃ちゃん、がんばって近づこうとしてるのかな。
高野くん、機嫌悪そうだったから莉乃ちゃんにきつく言ってないか心配だけど」
桂花が由奈の腕に手を添えて言った。
「ねぇ、由奈、腹立たないの?」
「え、席から離れるよう言われたこと?……まぁ、こんなもんじゃない?
私がいると、莉乃ちゃん、思うように話せなかっただろうし」
晴基が呆れと怒りが混ざった声で言った。
「お前、使われただけじゃん。そんなふうに外されてさ」
「うん。そうかも。
でも、あの二人、やっぱり、つり合ってるなって思ったし。
……うまく話せれば和解できないかなぁ?」
由奈がそう言うと、二人は同時に眉を寄せた。
由奈はおどけるように言った。
「伝説のお似合いカップルの復活かも」
桂花が呆れた声で言った。
「由奈、それ本気で言ってる?」
「うーん……」
由奈は少し首を傾げた。
「さっきの高野くんの感じだと、ちょっと厳しいかもとも思うけど」
そう言って肩をすくめる。
「でも、二人がちゃんと話せば、変わるかもしれないし」
晴基と桂花は顔を見合わせた。
そして同時に、ため息をついた。




