第37話-H 高校1年生 ~駅からの帰り道~
由奈は、健斗を待つ間、そわそわしながら自転車置き場の方を見ていた。
すると――
「あの」
突然、思わぬ方から声をかけられ、心臓が跳ねた。
「――佐山さん」
振り返って見上げると、見知った顔の男子が立っていた。
「あ……っ、えっ?」
「やっぱり、佐山さん」
「あ……」
由奈は、心臓が跳ねた余韻で言葉が出てこなかった。
「……春日くん!」
「うん。脅かしちゃった?」
「あ……ちょっと、びっくりしたけど」
「ごめんね」
「ううん。春日くん、私服だし、ここにいるなんて思ってなかったから、すぐにわからなかった。ごめんね」
「ははっ、そうだよね。
今日、ちょっと本を見たくて、こっちに来てたんだ」
「春日くん、私服だと、やっぱり雰囲気違うね」
「佐山さんもね」
「そうかな。
あ、春日くんは、もう帰るとこ?」
「うん、そろそろね。
でも、今日、まさか佐山さんに会えるなんて思ってなかった」
そこで、声がかかった。
「由奈」
(あ……)
由奈は声の方にゆっくりと顔を向けた。
春日も同じ方を見た。
健斗が自転車を引いて戻ってきていた。
健斗は少し目を見開いて二人を見ていた。
そして、ゆっくりと視線を動かす。
春日の顔を一度、じっと見てから、由奈を見る。
春日も健斗を見た。
空気が止まったようになる。
由奈が慌てて口を開いた。
「あ……、春日くん、今日ね、小学校の同級生の手伝いしてて。読書のね」
春日が少し目を見開く。
「へぇ。読書感想文とか?」
「あ……、うん、そんな感じ。私が前に読んだことある本だったから」
春日は穏やかな目で由奈を見つめる。
「そっか。佐山さん、国語得意だもんね。本もたくさん読んでそうだよね」
「そうだね、読書は好きだよ」
「やっぱり。今度、お勧めの本、教えてよ」
「うん」
由奈は、健斗をちらっと見た。
健斗は固まっている。
(高野くん……そりゃあ、そうなるよね。
春日くん、見た目すごいし、雰囲気いいし、声もきれいだし)
(それにしても……)
由奈があたりを見回すと、女子のグループがこちらを見て何かを話している。
それも、一グループだけじゃない。
(高野くんだけでも目立つのに。
春日くんまでいるから……)
由奈はため息をついて視線を落とした。
(これはまずいな……。知ってる子がいるかもしれないし。
……高野くんだけでも早く帰ってもらわないと)
「あ、高野くん、今日はお疲れさま。
家まで、ちょっとかかるんだよね?
気を付けて帰ってね」
そう言って由奈は健斗に向かって手を振った。
しかし――
健斗は一瞬、由奈を見ただけで、そこから動かない。
(ちょっと……高野くん、どういうこと?)
今度は春日を見上げた。
「あ、春日くんも電車は大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「そっか。
悪いけど、私は帰ろうかな」
さっきよりも辺りが暗くなっている。
すると、春日が言った。
「それなら、送るよ?」
「あ、いや、春日くん、いいよ。
電車に乗れなくなっちゃうし。
往復すると結構かかっちゃうもん」
「そんなの、大丈夫だよ」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
「いや、でも……」
そこに、健斗の声が割り込む。
「由奈、俺が送るから。最初からそのつもり」
「え……?」
今度は由奈が固まった。
少しして、はっと我に返る。
「あ、いや……そんなの、いいって。
……ていうか、高野くんが私にそんなこと言うの、変じゃない?」
健斗は眉を寄せた。
「……は?」
「じゃ、私、帰るね」
由奈は笑顔で二人に手を振り、歩き始めた。
そのとき、健斗がすっと由奈の前に立つ。
「あ……」
健斗がいつもより低い声を出した。
「送るって」
由奈は少し目を伏せてから健斗を見上げ、小声で言った。
「……高野くん、莉乃ちゃんとはあんまり会いたくないよね?」
健斗は頷いた。
「それは、まぁ……」
「私の家、莉乃ちゃん家と結構近いよ?」
「え……」
由奈が少しいたずらっぽく微笑む。
「だから、うちの近くに来ない方が身のためだよ」
「は……?
いやいや、そんなのいいから」
健斗は迷わずそう言った。
由奈は意外そうな顔をして健斗を見た。
そして、小さくため息をついて頷いた。
「……わかったよ」
(春日くんの前で揉めてるのもね……)
「じゃ、春日くん、高野くんに送ってもらうね。高野くんは地元の子だし、電車の時間とかないから。
春日くんも、気を使ってくれてありがとう。またね」
由奈は春日に向かって手を振った。
「……うん、気をつけてね。また、夏期講習で」
春日も笑顔で手を振った。
そして、その視線が、ふっと健斗の方へ向いた。
―――
由奈と並んで歩きながら、健斗がぼそりと言った。
「……お前さ、俺が、お前のこと送るって思ってないの?」
「……うん」
健斗は由奈を見て、少しだけ視線を外した。
「そっか……」
「うん……」
少しの沈黙。
健斗は、小さくため息をついた。
(なんか、こんなんばっかだ……)
そして、気を取り直したように言った。
「……それにしても、さっきのすげーな。モデルみたいだった」
「ああ、春日くん?
うん、あの子、すごいよね」
「前にさ、カフェで晴基たちとあいつのこと話してたよな?」
由奈は健斗の顔を見た。
「うん……」
(やっぱり、あれ聞かれてたんだ。
てことは、莉乃ちゃんも聞いてたよね……)
「やっぱりな……」
(あいつが“王子”で、由奈と帰ってたってことか……)
健斗は改めて春日を思い出す。
(あいつの由奈を見る目がな……。
でも、付き合ってるとか、そんな感じじゃなかった……)
――けど。
健斗は立ち止まった。
「……由奈」
由奈は歩みを止めて振り返った。
「ん?」
由奈が見上げると、健斗は手を差し出した。
「荷物」
「え、荷物?」
「持つから」
「そんな、いいって。急にどうしたの?」
健斗は腕を引っ込めない。
由奈は戸惑いながら渡した。
「……じゃあ」
健斗はそれを自分の肩に掛けた。
由奈は明るい声で言った。
「ありがとう。身軽になったよ」
少し、涼しい風が吹いた。
二人は再び歩き始める。
「今日、高野くんがちゃんと本読んでくれて嬉しかった。
おかげで、一緒に本のこと話せたし」
由奈は微笑んだ。
健斗は一瞬、言葉を失ったようになったが、慌てて答えた。
「……うん、また続き読むよ」
「うん、また本の話もしたいね。
あの白魔術師の子のこと、私には意外な展開だったから。
高野くんの感想も聴かせて」
「うん。また話すよ」
健斗の胸の奥が温かくなる。
(これ、本のおかげか)
――選ばれた自分たちにしかできないやりとり。
百年に一度のことなら、今は自分たち四人にしかわからないこと。
「あとさ、さっき高野くんも言ってたけど。
今日はいろんなこと話せて良かったな。懐かしかったし、楽しかった」
そう言って由奈は健斗に笑いかけた。
「うん」
(なんか、由奈のことでわかんないこと、いくつもあったけど)
健斗は、隣を歩く由奈を見つめた。
民家が途切れて、少し暗くなったところで、由奈が前方を指して言った。
「あ、ここから、ちょっと暗くなるから怖いんだよね」
「は?やっぱり、そういうところあるじゃんか」
「うん、でも走ればいいかなって思ってた」
「バカ。お前、そういうの、ちゃんと言えよ」
「だって……」
「だって、なに?」
「言っても仕方ないし……。
あっ、もうここまでで大丈夫だよ。家、そこだから」
由奈が立ち止まり、健斗の方に手を差し出した。
健斗は肩に掛けていたバッグを、由奈の腕に掛けて渡した。
「ありがとう。高野くんも気を付けて帰ってね」
「うん、こちらこそ、今日はありがとう。
またな」
健斗はその場に立ったまま、由奈を見ていた。
由奈は、庭に入る前に一度振り返って手を振った。
健斗も手を振り返す。
玄関の灯りがつく。
それを確認してから、健斗は小さく息をついた。
そして、来た道を自転車に乗って戻っていった。




