第37話-G 高校1年生 ~図書館からの帰り道~
休憩の後、二人は17時半過ぎを目途に片付けることを決め、それぞれ読書と勉強に臨んでいた。
「終わった……」
健斗は、ギリギリのところで初代の冒険を読み終えた。
「お疲れさま、高野くん。すごいね」
由奈は嬉しそうに言う。
健斗も安心した顔をしていた。
「いやー、良かった。一番重いところ終わったんだよな?」
「うん。あとは登場人物が違うけど、流れは同じような感じだよ。どの冒険も面白いよ」
テーブルを片付け、帰る準備をする。
「行こうか。今出れば、18時10分発に乗れるね」
由奈がバッグを持って歩き出した。
「うん」
去り際、健斗は今日一日使っていたテーブルを振り返った。
図書館を出て、駅までの道を並んで歩く。
夕方の陽射しが、二人の影を細く長く伸ばしていた。
由奈は地元の駅に着いてからのことを考えながら歩いている。
(仕方ないけど、帰りは一緒になっちゃうよね。
あっちの駅に着いたら、すぐに解散しないと)
由奈がそんなことを考えている横で、健斗は満足そうな声で言った。
「由奈のおかげで、思ってたよりずっと読めた」
「……え?
えっと……。高野くん、頑張ってたじゃん。ずっと集中してたよね」
「うん。思ってたより面白かった」
「今の調子で、続きも読んでいけるよね?」
健斗は笑顔で言った。
「うん、大丈夫だと思う。帰ったら続きを読むよ。また報告する」
健斗は大きな澄んだ目を細め、楽しそうに笑う。
健斗がいると、その場が明るくなる。
きっと今でも、多くの女子が彼に惹かれる。
そんな光景が浮かぶ。
(……変わらないな。ちょっと大人びただけで)
「高野くん、この前、高校があんまり楽しくなさそうに言ってたけど。
すぐに彼女できたりしそうじゃん。そしたら、楽しくなるよね」
健斗の表情が、すっと切り替わった。
けれど由奈は気づかない。
由奈の頭には、晴基に言われたことがよぎった。
『気が向いたらさ、健斗に彼女いるか聞いといてよ』
(あっ。あれ、確認できるかも)
由奈は、軽い口調で言った。
「夏休み前、同じ高校の子から付き合おうって言われたりしなかったの?」
――けれど。
健斗は何も言わない。
(……あれ?)
健斗は、まっすぐ前を見て歩いている。
そして、二人は駅の敷地に入った。
駅の周りにも駅舎にも、客はほとんどいない。
あと十分で、乗りたい列車が来る。
由奈が声をかけた。
「もう、ホームに行こうか」
ホームは駅舎と同じ側にあるので、そんなに慌てなくてもいい。
ただ、ここに立っている理由もない。
健斗は、さっきからすっかり口数が少なくなっていた。
なんとなく、気まずい。
(まさか、このまま何も話さないつもり?
もう……。一体、何が高野くんの地雷なの?)
由奈がふと健斗を見上げると、健斗も由奈を見ていた。
目が合うと、健斗が静かに言った。
「由奈、もうちょっと話してかない?」
由奈は少し意表を突かれたが、顔には出さない。
「え……どこで?」
「うーん、ここ?
由奈、地元は嫌なんでしょ?」
「あ、うん……。
じゃあ、ここで」
「うん。ここに座る?」
健斗はすぐそばのベンチを指した。
「うん」
駅舎の時計を見る。
乗ろうと思っていた列車まで、あと五分。
由奈は小さく息を吐いた。
(一本後だと、18時半か)
ベンチに座り、由奈が言う。
「それで、どうしたの、高野くん?」
「え、本の話とかしようかと思っただけ」
「は?
あはは、なにそれ。電車の中でもできるのに。
それに、また四人で集まったときでもよかったじゃん」
「……別に、本の話じゃなくてもいいけど」
「そうなの?」
由奈は少し考えてから言った。
「高野くん、前にも特に用事ないのに私たちを呼び止めたよね。ほら、終業式の日。
後で、特に用事はなかったって聞いて、ちょっとびっくりした。
でも、高野くんて相変わらず面白いなって思った」
健斗は苦笑した。
「いや、面白いことしたつもりもないんだけど」
――そのとき、乗るはずだった列車が駅に入ってきた。
乗客が降りてきたが、日曜日だからかまばらだった。
由奈はぼんやりとそれを見ながら言った。
「あの日、久しぶりに会ったのに、いろいろあったよね」
「うん」
「でもまぁ、おかげでまたこの本を見つけられたしね。
光ってるし、ちょっと怖いなって思ったけど、四人ともあのときのこと覚えてたんだって思ったら、なんか嬉しかった」
由奈が微笑む。
「俺も、なんか嬉しかった。あのときのこと、みんな覚えてたってわかって」
「うん。当時、四人で本の話をすることもなかったのにね」
「俺、本当のことだったのか、わからなくなりそうだった」
「うん、わかる。私、あの後、この本読んでみたけど、光ることなかったし」
健斗は少し間を置いて言った。
「……あとさ、今日、由奈と昔のこと話せたのも嬉しかったよ。あの頃と変わらない感じで話せて」
「うん。忘れてないもんだね。もう四、五年前か」
「由奈と話したことは、よく覚えてるな」
「あはは。それってゲームの話だからでしょ。席が隣だったときは、毎日話してたもんね」
由奈はそう言って笑った。
(あの頃、家に帰ってからでも、高野くんと話したこと思い出してたな……)
そのとき、次の列車のアナウンスが流れた。
「行こうか」
由奈は立ち上がる。
健斗もゆっくり立ち上がった。
―――
電車に乗ってからは、本の話をした。
「あの初代の白魔術師の子、こっちの世界にも彼氏いるっぽいじゃん。あれ、やばくない?」
「あー、あれはね。最後、ちょっと意外な展開になるよ」
「へー、今夜そっち読もうかな」
(高野くん、ちゃんと読み終われそうでよかったな)
地元の駅までは、あっという間だった。
由奈はホームに降り立ち、そっと周りを見回す。
薄暗くなっているが、駅を出ると商店街や街灯は明るい。
(高野くんといるところ、見られないようにしないと)
由奈が振り返ると、健斗が言った。
「俺、けった取ってくるから」
そう言って健斗は、自転車置き場の方へ足早に向かっていった。
(えー、私、帰るけど?)
残された由奈は周りを見回す。
(今なら、誰にも会わずに帰れそうなのに。
高野くんにはLINE入れて帰っちゃおうかな)
健斗を待ちながら、由奈は自転車置き場の方を気にしてそわそわしていた。
そのせいで、すぐそばに人影が立ったことに、由奈は気づかなかった。




