第37話-F 高校1年生 ~図書館の午後~
食事から戻って、由奈は再び勉強を始めた。
健斗は“異世界編”の続きを読む。
自分たちの力で戦えるようになってきた勇者たちは、城から離れて、四人だけで世界を旅していることもあった。
武器、防具を集めたり、途中で村を救ったり。
(このあたり、ほんとにゲームっぽいな)
順調ではない旅路もあった。
魔物が強くて勝てずに撤退したり、情報が途絶えて立ち止まることもあったが、四人はどうにか進んでいく。
午前中より読みやすい内容が増え、ペースが上がる。
やはり、恋愛の描写も入ってくる。
初代のパーティには女子が二人いた。
誰にでも親切で、白魔術ができる女子は、王城に仕えている農園担当者の若い男性から好かれていたようだ。
農園によく出入りし、花や野菜の作り方の話で盛り上がっている。
そして、農園の端にある小屋の中で、二人きりで過ごしていたこともあったようだ。
(こんなんだと、魔王封印して元の世界に戻っても、めっちゃつらいじゃん。
いつでも自由に行き来できるならいいけど……)
昼食から戻って、一時間ほど経った。
飽きることなく読み進められている。
ふと由奈を見ると、目が合った。
すると、由奈が話しかけてきた。
「これ、今日、読み終わりそうだね」
「たぶん」
「今、“現実世界編”の説明していい?」
健斗は頷いて、“現実世界編”の外函を由奈に渡した。
由奈がそこから、冊子を一冊取り出した。
分厚いには違いないが、“異世界編”と比べたら薄い。
「“現実世界編”は、勇者たちが一時的に自分たちの世界に戻った時の記録なんだと思う」
健斗は頷く。
「だから、これだけ読むと、若者たちの日常生活が書かれてるみたいに見えるの。
カフェでも言ってたけど、私たちとは時代が違う人たちってことも、なんとなくわかると思う」
「なるほど」
健斗は、“現実世界編”のページをめくって、少し目を通してみた。
確かに由奈が言った通りだった。
“異世界編”に登場する四人の若者が、自分たちの世界に戻り、過ごしたときのことが書かれている。
こちらの世界の魔法陣の近くには、記録の書“現実世界編”が置いてあり、勇者たちが戻ってきたときに“栞”を外している。
彼らはこちらの世界での滞在中、持ち込みたい便利グッズや食べ物を準備したりしていた。
異世界転移のことは、基本的に家族や親しい人たちにも秘密にしていたようだ。
(まぁ、確かに、信じてもらえそうにないしな……)
健斗はもう少し、現実世界編に目を通す。
(……あれ?)
ある箇所に引っかかる。
健斗は、異世界編を引き寄せ、読みかけのページから前に戻った。
(あ、やっぱり、この子だ。
この子、こっちの世界に彼氏いるじゃん)
異世界では農園担当の青年と仲良くしてるけど、こちらの世界で彼氏らしき男と会ってる描写がある。
(なんだこれ……。
おいおい、農園の男、どうするんだ?)
そして、彼らは再び異世界に行くときには最後のページに栞を挟んでいた。
記録の書の内容は、登場人物の誰かが日記のように書いたんじゃなくて、勝手に書かれていく。
それは、自分たちがこの本を再び見つけた時にも起こったことだ。
もう、そういうものだと思うしかない。
健斗は現実世界編のキリのいいところまで目を通して、再び異世界編の続きに戻った。
(なんとか、初代の分を図書館にいる間に読み終わりたい)
そして、さらに一時間が経った。
未読部分もかなり少なくなってきた。
時計を見ると十五時過ぎ。
由奈がこちらを見て言った。
「ちょっと、休憩する?」
健斗は頷いて立ち上がった。
休憩スペースの自販機で、由奈がカップのカフェオレを買って渡してくれた。
「お疲れさま」
「お、ありがと。優しいじゃん」
由奈は笑顔で言った。
「高野くん、頑張ってるからね」
由奈から紙コップを受け取った瞬間、健斗の胸の奥がざわついた。
(あ……)
異世界編で、白魔術師の女子が農園の青年に水を差し出す場面があった。
「はい。お疲れさま」
彼女がそう言って笑うと、農園の青年は嬉しそうに受け取っていた。
(まさか、由奈も、あの白魔術師の子みたいに……)
「あそこに座ろう」
由奈が指さしたベンチに、二人は並んで座る。
由奈が笑顔で言った。
「かなり、読み進めたじゃん。すごいね」
「うん」
「初代はやること多いでしょ。きっと、大変だったよね」
「……うん。ほんとにな」
健斗はカフェオレを一口だけ飲んだ。
それから、由奈を見た。
気になりだしたら、話に集中できなくて、つい口数が少なくなる。
視線を落として考えこんでいると、由奈が顔を覗き込んできた。
「どうしたの?
疲れた?」
「いや、別に……」
(ダメだ……。気になり過ぎて、このままじゃ読書もできなくなる)
由奈は少し心配そうな顔をしている。
健斗は深呼吸した。
「あのさ……、話、変わるけど」
「……うん?」
「……由奈ってさ、彼氏とか好きな人、いるの?」
「え……」
由奈は固まった。
(急に変なこと言い出したと思われるかな……。でも……)
ここまでに、よくわからないことがいくつか重なっていた。
由奈は、この読書の場所を地元から離れたところにしたり、地元から一緒に向かうのを避けたり、昼にも目立たない店を見繕っていた。
それは、人目を避けたいからだということもわかった。
(それって、俺といるとこ、彼氏か好きな男子に見られたくないからじゃないのか?)
そう考えれば納得できる。
健斗は由奈の顔を見た。
表情からは何もわからない。
今の質問に困っているのか驚いているのか……
いつもと変わらない気もするし、考えている顔のような気もする。
健斗はそんな由奈を見ながら、さらにもやもやする。
(そりゃそうだよな。
彼氏がいても不思議じゃない)
今日も、由奈をちらちら見ている同世代の男子がいた。
(目立つ格好してないけど、目を引くんだよな)
(太田……って濃厚だよな。
中学の頃、いかにもそうなりそうだったし。
あー、絶対、そうな気がしてきた)
由奈は相変わらず表情を変えない。
健斗の胸に、祈るような気持ちが湧き出てくる。
由奈の口から聞きたくない言葉があるのだと、自分でわかる。
由奈は視線を落としてカフェオレを口に運んだ。
そして、ゆっくりと視線を動かして、穏やかな目で健斗を見た。
健斗は、はっと息を飲む。
由奈は笑顔を見せ、口を開いた。
「高野くんが私にそういうこと聞くの、意味わかんないよね。あはは」
――沈黙。
「……へっ?」
健斗は拍子抜けする。
(??? ……俺、そんなわかりにくいこと聞いたか?)
けれど、由奈は微笑んだまま、それ以上、何も言わない。
健斗は目を閉じてカフェオレを一口飲んだ。
(……今の質問、どう考えたら“意味わかんない”になるんだ?
それに、俺、そんなに面白いこと言ったか?)
由奈は掲示物をぼんやり眺めている。
(……もう一回、同じこと聞いたら変だよな)
だけど――
(少なくとも、由奈に彼氏はいないってことじゃないのか。
いるなら「いる」って言うだろうし)
なんとなくそう思って、健斗の心が軽くなった。
由奈はカフェオレのカップに目を落とした。
(こんなときに、わざわざ興味ないこと質問するとか、高野くん、ほんと意味わかんない)




