第37話-E 高校1年生 ~読書中の昼休み~
健斗は本を閉じ、立ち上がった。
由奈も立ち上がる。
「とりあえず、休憩スペース行こうか」
休憩スペースで、どこに行くか話し合う。
由奈は県立図書館から少し離れた通りにある店を提案した。
「そこの大通りは混んでそうだから。
こっちの通りにもお店がいくつかあるみたい」
由奈が地図で見せながら提案してきたのは、カフェ、ファーストフード、そしてラーメンだった。
「ラーメン……?」
絶句する健斗に、由奈はきょとんとした顔をする。
「え、男子はそっちの方がいいかと思って。ここ、美味しそうだよ」
「まぁ、そうかもしれないけどさ……」
由奈が見せてくれたラーメンの写真は、確かに美味しそうだ。
しかし、二人でラーメンをすすって、あっという間に店から出てくるイメージが浮かぶ。
(いや、ゆっくりできないし)
健斗は、迷わずカフェを選ぶと由奈は意外そうな顔をした。
図書館を出ると、真昼の光が外の景色を溶かしていた。
アスファルトが揺れ、白い雲が高い空に浮かんでいる。
「暑いね」
「ほんと……」
歩いて十分ほどのところにあるカフェに向かう。
とりあえず、これからしばらくは読書から解放される。
自由に話せる時間だ。
健斗の足取りは軽い。
由奈と二人だけで歩くのは、たぶん初めてだ。
歩きはじめは並んでいたのに、由奈が少しずつ後ろに下がっている。
振り向くと、由奈は思ったより後ろにいた。
いつもの調子で歩くと、由奈には少し速かったらしい。
健斗が立ち止まったのに気づいて、小走りで追いついてくる。
由奈は呼吸を整えた。
そして、笑顔で進行方向を指して言った。
「私、そんなに速く歩けないから先に行ってて。
暑いし、お店に入っててね」
そう言われて健斗は、モヤッとする。
(……んなことするわけないし)
そして同時に、少し申し訳ない気分にもなった。
(俺が、悪かったよな)
健斗は由奈の顔を見て言った。
「ううん、一緒に行こう」
由奈が健斗を見て頷き、歩き出す。
それを見て、健斗も歩き出した。
小六の途中までは由奈の方が背が高くて見下ろされていたことを思い出した。
でも今は、肩の高さに、由奈のおでこがある。
隣を歩く由奈が額の汗を拭うのを見ていたら、目が合った。
自分を見上げる由奈は、いっそう童顔に見える。
──かわいい。
思わず口にしそうになったけれど、飲み込んだ。
由奈は無駄のない髪型や服装なのに、センスよく見えて目を引く。
健斗はそんな由奈を見て、なぜか嬉しくなった。
そうこうしているうちに、店の前に着いた。
「やっと着いたねー。暑いと、この距離でも堪える」
由奈は息をつきながら言った。
由奈の予想通り、このカフェはそこまで混んでいなかった。
社会人が昼休みに利用しているようで、落ち着いた雰囲気だ。
二人で入り口の看板に載っているメニューを見る。
由奈はハムとチーズのサンドイッチとカフェオレ。
健斗はハンバーガーとアイスティーを注文した。
カウンターの端で品物を待ちながら、健斗は由奈に尋ねた。
「ここ、いい感じだけど、もっと近いとこもあったよな?」
健斗がそう言うと、由奈は少し目を伏せる。
「うん。でも、あんまり目立たないとこがいいと思って。知ってる人に会わないように」
健斗は首をかしげた。
「そうなの?」
「うん。同級生とかに会うとね。
……大変なのは、たぶん、高野くんの方だよ」
「そうなの?」
「うん」
その時、注文の品を揃えて店員がやってきた。
二人にトレイを手渡す。
由奈は人目につきにくい席を選んで座り、少しほっとした顔をした。
そして、健斗が着席すると、由奈は本の話を始めた。
「高野くん、結構読み進んだよね」
健斗はアイスティにストローをさしながら言った。
「うん。最初に軽く聞いてたおかげで思ってたより読みやすかった」
由奈は嬉しそうに頷いた。
それを見て、健斗は少し申し訳なさそうに言った。
「……でもさ、由奈に言われたみたいに、午前中にあの一冊、全然読み終われなかったし」
由奈はきょとんとした顔で言う。
「あー、あれ?
あれは冗談」
「は?」
「私も一日かかったってば。さすがに無理でしょ」
「えー、なんだよ、真に受けたじゃんか」
「あはは。ごめんごめん。
高野くん、素直だね。どうしちゃったの?」
健斗は、少し由奈を睨むような顔をした。
「俺はいつも素直だし」
そして、アイスティを一口飲んだ。
「でも、なんか、安心した。やっぱ、俺、読むの遅いなぁ、と思ってたからさ」
「ううん。順調だと思うよ。
あれ、結構、読みやすいでしょ?」
「うん。確かにゲームを見てる感覚で読める」
「あの、初代に召喚された人たちさ、四百年くらい前の人たちってことになるんだよね」
「あー、そっか」
「今から四百年前だと、戦国時代くらいかな」
「へー、戦うのには向いてそうだな」
由奈が笑いながら言った。
「召喚されたのは一般市民だけど、私たちよりはキビキビしてそうだよね」
その後も由奈は本の話題を続けた。
由奈と同じことを話せるのは嬉しい。
けど――
(もっと、違う話もしたいんだけどな)
そう思っていたら、つい言ってしまった。
「由奈、本の話ばっかだよな」
「え……」
由奈は少し考えるように視線を泳がせた。
健斗はその様子をじっと見ていた。
やがて由奈が口を開く。
「そういえばさ、覚えてる? 小五のとき、席が隣になったときあったじゃん」
健斗は頷いた。
由奈は水を一口飲んで続けた。
「あのとき、高野くんとゲームの話、よくしてたよね」
「ああ。授業中、先生に注意されたなぁ」
「そうそう。あのとき、私も一緒に怒られて、すごく焦ったの覚えてる」
「由奈は滅多に叱られたりしなかったもんな」
「高野くん、それでも私のノートの端っこに文字書いて話しかけてきてたし」
「いやー、あの時、続きが気になってさ」
二人で同時に笑う。
「そういえば、テストの時、高野くん、答案用紙に名前書き忘れてたことあったよね」
「おー! あったね、そんなこと。あれはめっちゃ凹んだわ」
「先生が『これ誰の?』って言った瞬間、高野くん、焦ってたよね。クラス中が爆笑してた」
「サイテーだったよな。恥ずかしかった」
「でも、高野くん結構平気そうにしてて、さらにみんなの笑いを誘ってたよね」
「いやー、困ってたんだよ、ほんと」
「私、あの時、からかってたけど、ほんとはすごいなって思ったんだよ。あんな失敗したのに、みんな笑わせてて」
由奈は楽しそうだ。
「あれから、私、テストで名前書いたかの確認、ちゃんとするようになった」
「え、俺のおかげってこと?」
「まぁ、そうかもね」
話題は尽きず、かつてのクラスメイトの話にも及んだ。
(由奈と話してると、やっぱり時間があっという間だな)
健斗は薄くなったアイスティをストローで吸いながら思った。
由奈は、いつの間にかハーフアップをほどき、髪をひとつに結び直していた。
「髪、結び直したんだ?」
健斗が言うと、由奈は少し驚いたように髪を触った。
「えっ。
……うん。歩いたら暑かったから」
健斗はグラスの氷を見ながら言った。
「……なんか、今日、思ったんだけどさ」
「うん」
「やっぱ、由奈、かわいいなって思った。見た目だけじゃなくて」
由奈の指が、コップの縁でぴたりと止まる。
少しの沈黙。
「……ありがと。
高野くん、そういうの、さらっと言うようになったんだね」
由奈は少し驚いたような、照れたような表情でコップの縁を見つめている。
言ったあとで、健斗も照れくさくなる。
「ん? いや……本気で言ってるよ。
……全然さらっと言えてないし」
「そうなの?高校生になると、男子ってそういうこと言えるようになるのかなって」
拒絶でもなく、受け入れでもない。
健斗は少し困ったように笑う。
そして、ぼそりと言った。
「……絶妙にかわされた気がする」
――それに
(由奈、他からもこういうこと言われてるってこと?)
胸が少しざわついた。
由奈も気まずそうに笑って、残っていた水を飲み干した。
健斗は、続けて言いたかったことを言った。
「今日の服も似合ってる。……前も思ったけど、シンプルなのにセンスがよくて」
由奈はナプキンの端を指で折り、軽く笑った。
「ありがとう。
……でも、普通だよ。何も気を使ってなくて。
高野くんこそ、制服でも私服でも、みんなの目を引いてると思うよ」
「そうかな」
「うん。だから、私、一緒にいたら変じゃないかと思って」
健斗は顔を上げた。
「え?」
由奈はトートバッグを抱えて言った。
「そろそろ、行こうか」
そして、すっと立ち上がった。
健斗は由奈の言葉に引っかかったが、とりあえず立ち上がった。
店を出ると、昼過ぎの陽射しがまだ強く、空気がむっと肌にまとわりつく。
二人は図書館まで並んで歩く。
「やっぱり暑いねー。
もし、今の一冊、読み終わったら、次へ進んでもいいし、“現実世界編”を読んでもいいと思うよ」
由奈はそんなことを言いながら、前を見て歩いていた。
健斗は、さっきから釈然としない。
(一緒にいたら変、てどういうことだ?)
やっぱり、由奈が考えてることがよくわからない。
図書館に戻ると、外の熱気が嘘みたいにひんやりしていた。
本の匂いと静けさが戻ってくる。
さっきのテーブルが空いていた。
椅子は四つとも空いていたけど、健斗はまた由奈の隣に座り、“異世界編”を開いた。




