第37話-D 高校1年生 ~図書館の午前~
健斗は冊子の最初のページをめくった。
紙の質にも馴染みがない。少しざらついている。
(……文字、びっしりだな)
小さく息をはいて、少しずつ、文字を追った。
ちらりと隣を見ると、由奈はすでに参考書を開いていた。
背筋を伸ばして、ペンを走らせている。
完全に勉強モードだ。
(……マジで勉強してる)
健斗は仕方なく、もう一度ページに目を落とした。
由奈に言われたことを思い出しながら、文字を追う。
最初に書かれていたのは、選ばれた若者が転移して異世界に行くところからだった。
勇者は、異世界とこの世界を繋ぐ魔法陣によって移動している。
魔法陣は、王城の一室にある石の床に描かれていて、同じ形をこちらの世界側でも描くことで、行き来が可能になる。
本には、その魔法陣の図形まで描かれていた。
(……ほんとに、これ描くのかよ)
幾何学的な線がいくつも重なっている。
星のようにも、歯車のようにも見える複雑な模様だった。
転移すると、王城の人に迎え入れられる。あちらでは歓迎されるようだ。
それがわかって健斗は少し安心感を覚えた。
ふと気づくと、十ページくらい読み進めていた。
由奈の方を見ると、参考書を見ながら、ノートに何か書き込んでいる。
集中しているのが伝わってくる。
その姿を見て、健斗は少しやる気が出た。
(よし)
ページをめくる。
最初の勇者たちは、転移してすぐに旅に出たわけではなかった。
王城で生活を始め、しばらくは訓練が続く。
まずは体力作り。
走り込み、筋力トレーニング、剣の素振り……。
魔法の練習もあるが、それも基礎からだ。
(……地味)
健斗は小さく息をはいた。
ゲームなら、最初から武器を持って冒険が始まる。
けれど、この本に書かれているのは、
ひたすら基礎訓練を繰り返す日々だった。
朝から夕方まで体を動かし、
戦い方や魔物についての講義を受ける時間もある。
(部活よりハードそうだな。晴基なら、余裕でこなせるのか?)
そんな生活が、何週間も続くようだ。
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一方で、城の学者たちが別の作業をしていた。
古文書を調べ、過去の伝承や記録を読み、
魔王封印に関係のありそうな情報を集めていく。
封印に必要な道具や場所を探し出し、推測する。
過去の旅人が残した記録などからも地道に探していく。
すぐに旅に出られるわけではない。
準備と情報が整うまで、旅に出るのは危険と判断される。
(……やっぱりゲームと違うんだな)
健斗は少しだけ感心した。
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さらにページをめくる。
訓練の描写がしばらく続く。
走る。
素振り。
魔力の制御。
また走る。
(……まだ訓練かよ)
少し集中力が切れ、ふと顔を上げる。
図書館の中は、少し人が増えていた。
いつの間にか、向かいの席にも学生らしい二人組が座っている。
遠くで本を閉じる音がした。
健斗は腕時計を見た。
(……読み始めて30分くらいか)
思ったより集中して読んでいた。
肩を回して、小さく息を吐く。
ちらっと隣を見る。
由奈は問題を解いているようだった。
少し考える顔をしては、ノートに書き込んでいる。
少しだけ髪が頬に落ちてきたのを耳にかけた。
(……)
なんとなく、目を離しにくい。
健斗は再び、本に目を落とした。
今読んだので、5分の1くらい。
(あと、どれくらいかかるんだよ)
分厚い冊子の残りのページを見て、
小さく息を吐いた。
健斗はもう一度ページをめくった。
訓練の描写が続いたあと、ようやく物語が動き始める。
最初の遠出は、聖獣がいる洞窟に向かうことだった。
王城から離れたところにある、国の守護に纏わる存在。
そして、
武器や防具を探すための旅にも出ている。
武器防具そのものだけでなく、材料や加工できる職人を探すことも必要だったりする。
(やっとRPGっぽくなってきた)
健斗は少しだけ気持ちが軽くなる。
だが、それだけではない。
各地で魔物が現れれば、勇者たちは討伐に向かう。
(これは、やばいな。結構苦戦してるときもある)
辺境の村に人物に会いに行くこともある。
城の学者たちが調べた情報をもとに、
次の目的地が決まっていく。
(なるほどな……)
ただ闇雲に旅をしているわけではない。
王城の中で調べる人たちと、外で動く勇者たち。
その両方で、少しずつ魔王封印の準備が進んでいく。
各地で出会った人々のことも書かれていた。
村人や騎士、旅人。
勇者たちは各地で友人を作り、
時には協力者も得ていく。
中には――
男子の勇者と現地の女性が親しくなった話。
逆に、女子の勇者が誰かと恋愛のような関係になった話。
思わず眉を上げる。
(……いや、大丈夫なのか、それ)
普通の人間関係ができるのはリアルだが。
(これ、収集つくのか?)
こういう点も妙に現実味があった。
だんだん面白くなってきて、文字を追うスピードが少し早くなった。
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ふと、顔を上げる。
図書館の中は、さっきよりもさらに人が増えていた。
本をめくる音と、椅子を引く音が静かに混ざる。
健斗は腕時計を見た。
(……読み始めてから一時間か)
思ったより時間が経っていた。
ちらっと隣を見る。
由奈は、まだ参考書に向かっている。
その視線がふとこちらに向いた。
健斗と目が合う。
由奈は小さく微笑み、小声で言った。
「疲れた?」
健斗は首を横に振った。
まだ、読める。
由奈は、また微笑んだ。
――ちゃんと読んでるんだ。
そう言われたような気がした。
そして、すぐに視線を参考書に戻す。
何事もなかったように、またペンを走らせ始めた。
(……なんだよ、それ)
健斗は少しつまらない気分になって、小さく息を吐いた。
でも、悪い気はしない。勉強してる由奈の横で読書できてる。
そして、もう一度、本に目を落とす。
(……もうちょい読むか)
ページをめくる。
冊子の5分の2分くらいまで進んでいた。
その後も集中できた。
さらに一時間くらい読むと、だいたい半分くらいまできた。
座ったまま、伸びをする。
さすがに読み疲れた感じがするが、読んだ量に満足感もある。
ただ、由奈に言われた「午前中に最初の冒険を読み終わる」はできそうにない。
気がつくと、由奈がこちらを見ていた。
由奈が小声で尋ねた。
「疲れた?」
「うん、ちょっと」
「ちょうどお昼だね。休憩しようか」
健斗は、にわかに心が軽くなった。
由奈はスマホを触りながら言った。
「コンビニで何か買ってくる?お店で食べる?」
「コンビニだと、どこで食べるの?」
「うーん、ここの休憩スペース?
外じゃ暑いもんね。
私、何か買ってこようか?
高野くん、まだ読めそうなら」
健斗は、もやっとする。
(は? なに言ってるんだ)
「どっか店行こう」
(ここの休憩スペースとか、ありえないだろ)
健斗はそう言って立ち上がった。




