第37話-C 高校1年生 ~図書館の席~
翌日の土曜日。
(やっぱり、県立図書館だな)
地元のカフェや図書館は落ち着かない。
県立図書館は、電車で少し離れた場所にある。そこで現地集合にすれば安心だ。
朝から開いているし、人目もまず気にならない。
小さく深呼吸して、由奈はおもむろにLINEを開いた。
(LINE)
由奈
「高野くんが本読むの大変そうだったから、
明日ちょっと手伝うことになった」
桂花
「は?」
由奈
「読書」
桂花
「二人で?」
由奈
「うん。頼まれたの」
その後、桂花からは「がんばれ」のスタンプが返ってきただけだった。
(絶対、また、なんか言われる……)
由奈はいったんスマホを伏せた。
改めて少し考えてみたが、県立図書館以外にいい場所は思いつかなかった。
スマホを手に取り、健斗にメッセージを送る。
「明日、県立図書館に9時半集合でいい?」
既読がつくのは早かったが、返信は昨日ほど早くなかった。
健斗から返ってきたのは、「了解」の一言。
スタンプとか、軽い調子で返事してくると思っていたのに。
(高野くんは図書館が合わないのかもしれないけど、仕方ないよね。
9時半から始めて、どれくらい進むかな)
ついでに、県立図書館の近くで静かそうな飲食店もいくつか見つかったので、保存しておく。
(とりあえず、これで大丈夫かな)
※※※
一方で、健斗。
(県立図書館か……まぁ、読書だしな。
そりゃそうか……)
小さくため息をついてから、改めて場所を確認する。
(……ここ、結構、移動に時間かかるのにな。
だったら地元の駅から一緒に向かえばいいのに。
それに、駅近くの図書館じゃダメなのか?)
いろいろ納得がいかない。
でも、つべこべ言える立場でもない。
とりあえず「了解」と返信した。
そして、7月30日(日)。
今日は図書館の滞在時間が長くなる。
由奈は冷房の冷えと日焼け防止のために、グレーのTシャツの上に濃紺ストライプの長袖の綿シャツを羽織る。
(私がスカート履いてたら、からかわれるかもしれない)
黒の細身のパンツを選び、白いトートバッグに勉強道具を一式入れる。
(髪型も適当でいいや)
あと少しで肩に届くくらいの長さの髪を、気分や気温によってシンプルに結ぶ。
高校でもそうしている。
今日も、ただ髪を束ねるだけの簡単なハーフアップにした。
グレーのスニーカーを履いて、外に出る。
玄関を出た瞬間、むっとするような夏の空気が肌にまとわりついた。
まだ朝なのに、もう陽射しは強い。
県立図書館に向かう。
日曜の朝の住宅街はまだ静かで、遠くで蝉の声だけが響いていた。
由奈の家から駅までは、由奈の足で二十分くらい。
そして、県立図書館に近い駅までは電車でおよそ三十分。
健斗と地元の駅で待ち合わせて行くわけにはいかない。
知り合いに会わないよう祈りながら、電車に乗った。
電車を降り、そこから十五分ほど歩いて県立図書館に到着した。
(高野くん、きっと、まだ着いてないだろうな)
腕時計をちらっと見る。
約束の時間までは、まだ少しある。
ロビーに目を向けた瞬間、椅子に座っている健斗の姿が目に入った。
(え?)
入ると、すぐ目が合った。
健斗が立ち上がり、由奈の方へ歩いてくる。
「おはよ」
「おはよう。……早かったね」
「うん」
健斗にしては表情が乏しく、口数が少ない。
(なんか、あんまり機嫌よくないのかな)
由奈はちらっと健斗を見た。
健斗はシンプルな服装なのに、やはり目立つ。
自然と、隣に並ぶ女子のイメージが湧く。
今の季節なら、肌の露出が多く、デザインや色使いも華やかな服装で、ヘアスタイルもきちんと整えた子が思い浮かぶ。
(あのカフェにいた子たち……みたいな。
これ言うと、また不機嫌になるのかな)
そう思うと、少し可笑しい。
「行こうか」
由奈は健斗に声をかけ、さっさと中に入っていった。
開館から三十分ほど経っていて、少し席が埋まっている。
「あそこでいい?」
四人がけのテーブル席が空いていたので、振り返って小声で健斗に声をかけると、健斗が頷いた。
奥の方なので、人もあまり来なさそうだ。
由奈が荷物を下ろして椅子を引くと、健斗が荷物を置いた。
――隣の椅子に。
(え、隣?)
由奈は口に出しそうになったが、飲み込んだ。
座って、テーブルの上に参考書とノートを並べる。
健斗も持ってきた本をテーブルに並べた。
「ちょっとは、読んだ?」
由奈が本を指して小声で尋ねると、健斗は首を横に振った。
「じゃあ、読みやすくするために、先に少し説明しておくね」
由奈はそう言って、最初に読むべき一冊を健斗の目の前に置いた。
記録の書は、“異世界編”と“現実世界編”に分かれた外函の中に、冊子が数冊入っている。
由奈は椅子を少し健斗の方に寄せ、声を落として話し始めた。
健斗も自然に身を寄せる。
「この本には、“勇者”と呼ばれている若者たちが登場するんだけど。彼らは異世界に転移して、魔王封印をするための訓練や旅をするの。
それが何回も繰り返されているの。つまり、封印は解けてしまって、魔王は何回も復活しているの」
「うん」
「封印は八十年から百二十年くらいしかもたなくて、そのたびにまた誰かが行く。
それが繰り返されるの。
“勇者”は毎回、私たちの住む世界から選ばれる。
魔王が復活する数年前にね」
「数年前?」
「うん。訓練や旅をしないといけないの。
ゲームでも、魔王だけじゃなくてその子分にあたるモンスターがいるじゃん。ああいうのとも戦う必要が出てくるし、封印のためのアイテムなんかも手に入れるための旅をしないといけないから。
この本には、“勇者”の訓練や旅のことが記録されてるみたい」
由奈は、目の前に置いた分厚い冊子を指した。
「最初に転移した人たちの物語は長いの。
武器や防具を集めたり、封印に必要なものを取りに行かなきゃいけなくて。でも、どこに取りに行けばいいのかわからなかったりして。
だから、書かれている内容が多いの。
これ、一冊分。」
それを見て、健斗が嫌そうな顔をした。
「勇者たちは、グランデリゼっていう国のお城を拠点にして活動しているんだけど、そのお城で、初代の人たちが集めてくれた武器や防具を保管してくれているし、前の人たちの記録もあるからね。次の人たちからは、やらなきゃいけないことが減るの。
だから、この本に書かれている分量も減るんだよね」
由奈は“異世界編”の外函から別の冊子を取り出した。
分厚さは初代と同じくらいだが、由奈はその半分くらいのところに指を挟んで“次の人たち”の記録の分量を示した。
「だからね、最初の勇者の記録を読んでしまえば、あとは同じような流れに見えてくるよ」
健斗は由奈の顔を見た。
「RPGのストーリー読んでるみたいで、高野くんにも読みやすいと思うよ」
健斗がぼそりと言った。
「魔王退治じゃなくて、“封印”なんだな」
「うん」
由奈は続けた。
「とりあえず、“異世界編”の最初の冒険を午前中に読めると、後が楽だと思うよ」
「えー、それ、結構大変だよな」
「大丈夫だよ。小学生の頃、高野くんと一緒にゲームの話したじゃん。ちょっと読み始めると、あの頃やってたゲームみたいに見えてくるよ」
由奈はそう言って微笑み、椅子の位置を戻して自分の参考書に目を移した。
その後、由奈は健斗の方を見なかった。
真剣に勉強するつもりらしい。
健斗は、これは自分も本に向き合うしかないと、諦めたように冊子に目を落とした。




