第37話-B 高校1年生 ~読書の約束~
由奈が健斗に返信した後、ほとんど間を置かずにスマホが震えた。
(早……)
『うん、助かる。次の日曜、よろしく!』
由奈は画面を見つめた。
(高野くん、よっぽど困ってたんだな。
でも、場所はちょっと考えた方がいいな)
近場だと、莉乃や小学校・中学校時代の同級生に会う可能性がある。
そう思うだけで落ち着かない。
人気者だった健斗と二人でいるところを見られたら、何を言われるかわからない。
特に、莉乃は健斗への思いが再燃しているのに、健斗から連絡先の交換を拒否されている。
(高野くんのためにも、私といるところを見られない方がいい)
それに、カフェなどでは健斗が読書に集中できるかわからないし、話し始めたら時間が経ってしまう。長居もしづらい。
時間は午前中からの方がいい。
日曜日に、できるだけ読み進めてほしい。
(だったら、やっぱり朝から開いてて、落ち着いて読書できるところがいい。
場所はもうちょっと考えよう)
『場所と時間は、また連絡するね』
それだけ返して、由奈はスマホを手から離した。
そっと息をはく。
(あのボリューム、苦手な人には、ただ読んでねって言ってもやる気出ないはず)
でも、それ以上は考えないことにした。
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一方、健斗。
健斗は、勇気を出してメッセージを送った。
ドキドキして待つ。
返事は、すぐに来た。
――OK。
(やった……)
無意識に、表情が緩む。
思ったより、緊張していたのだと気づく。
***
今日の昼過ぎのことを思い返す。
晴基から本を受け取ったときには、まだ、なんとかなるかもと思っていた。
けれど、家に持ち帰って机に置いた瞬間、分厚さが現実になる。
(これ、しんどい……マジで何ヶ月かかるんだよ)
ページをぱらりとめくる。
文字がびっしり詰まっている。
(でも、読まないと異世界が滅ぶっていうし……。みんなの話にもついていけないし……)
もし、全然読み進まなかったら。
晴基の、気の毒そうな顔。
桂花の、呆れた顔。
そして――由奈。
由奈は、どんな顔をするんだろう。
怒るか?
呆れるか?
……いや、どっちも違う気がする。
怒りもしない。
バカにもしたりしない。
でも――
(諦めた顔、しそうだよな)
期待していない顔と、ため息。
それが一番こたえる気がした。
健斗は、小さく息を吐いた。
(……由奈、読書得意だし、手伝ってくれないかな)
ある日の放課後の光景が、ふっと蘇る。
中三のとき。
勉強している由奈の横に、健斗が知らない男子が座って、話しかけていた。
あの男子は、由奈とクラスが違ったのに、当たり前みたいに隣にいた。
あの時、胸の奥がざわついたことも思い出した。
最近、その理由がわかってきた気がする。
ふと、
「仕方ないなぁ。手伝ってあげるよ」
そう言う由奈が思い浮かんだ。
健斗は、おもむろにスマホを手に取って、由奈のトーク画面を開いた。
(由奈、読書好きだし。きっと助けてくれる。
けど、こんなこと、由奈にだけ頼むの、不自然か?)
変に思われないように――。
何度も文を打っては消す。
ほんの短いお願いの文章を送るだけなのに。
(何やってんだ……)
ちょっと疲れて手が止まる。
(四人での方が気楽かな)
でも――
どうしても、由奈と二人でいるイメージから離れられない。
(……いや)
(四人で集まると、どうせ話して時間経つし。
読まなきゃいけないの、俺だけだし。
……二人の方が、集中できるよな)
――由奈の横で、読書できれば。
それだけで、たぶん少し頑張れる気がした。
だから――
(俺が読んでる横で、勉強でもしててくれればいい)
その光景を思い浮かべる。
読書のコツとか、あるならば教えてほしい。
あと、読書に飽きたら、由奈と話したり。
なかなか読み進まなかったら、からかわれそうだけど――それも楽しそうだ。
気づいたら妄想に耽っている自分に、健斗は苦笑した。
(いや、読書だし)
やっと決心がついたメッセージ。
結局、夜までかかってしまった。
やめようかとも思ったけど、風呂に入りながら決意を固めた。
浴室から自室へ戻りながら、いつもより速い鼓動を感じる。
水を一口飲む。
胸の高鳴りが収まらない。
さっき書いたメッセージを読み返した。
(たぶん、不自然じゃないはず……)
親指が、送信ボタンの上で一瞬止まる。
(……まぁ、いいか)
――送信。
その瞬間、ある考えが頭をよぎった。
(もしかして、由奈に四人で集まろうって言われたら……。
……なんか、違う)
そんなことを思っていたら、スマホが震えた。
由奈だ。
すぐに見たいような、見るのが怖いような気持ちに一瞬駆られたが、指が勝手に動いていた。
『いいよ。いつにする?
次の日曜日は、どう?』
送られてきたのは、絵文字もスタンプもない。
由奈らしい、シンプルなメッセージだった。
少しそっけなくも見える。
でも、由奈はそうじゃないと――なんとなくわかる。
一瞬ほっとした後、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
スマホの画面を、もう一度見返す。
顔が緩みそうになるのを、こらえる。
由奈の感じに合わせながら、返事を書いて送った。
『うん、助かる。次の日曜、よろしく!』
(四人で、とか言われなかったし。断られなかった)
少しして、由奈から返信が来た。
『時間と場所は、また連絡するね』
「うん」
一言返して、健斗はベッドに仰向けになった。
日曜日。
ただの読書の約束なのに。
それだけで、少し楽しみになっている自分がいた。
健斗は、にわかに起き上がってクローゼットを覗いた。
前の日曜日に会ったとき、由奈の服装はシンプルだったけれど、色使いとシルエットの感じがいいと思った。
その雰囲気に合いそうな服を、なんとなく選んでみる。
鏡の前で、髪を少し触る。
(メイン、読書だろ……)
そう思いながらも、健斗はしばらくそんなことを続けていた。




