第37話-A 高校1年生 ~あの日限りと思ってたのに~
7月28日(金)
晴基が本を持ち帰った二日後。
由奈は午後から、家で桂花と会っていた。
話題は自然と例の本のことになる。
桂花は家で嫌なことがあったらしく、今日は愚痴っぽい感じになっている。
「もう、こんなことなら、家にいたくないから異世界に行こって思っちゃったよ」
桂花の口調が怒っているので本気か冗談かわからない。
由奈はひとしきり話を聴いて、桂花を宥める。
「まぁまぁ。でも、それもいいかもね」
「そりゃ、訓練とかダンジョンとか魔物とか怖いけど、あの家にいて我慢してるよりはマシだと思う」
桂花は出された麦茶を飲み干した。
由奈は思わず笑ってしまった。
「すごいね、桂花。もう、異世界に行く覚悟が決まってるじゃん」
桂花の声が少しクールダウンした。
「いやいや、まだ決められないよ。
あの本、手放したら気にならなくなるかもって期待してたけど、ずっと気になってる……」
由奈は頷いた。
「わかる。私も毎日考えてるよ」
「私たちが行かないと、本の中の世界が滅ぶなんてね。プレッシャーがすごいんよね」
「やっぱり簡単には決められないよね。
知らない世界で、武器や魔法で戦うなんて。想像が追いつかない……」
そこまで言って由奈が視線を落とすと、桂花も小さく息をはいた。
桂花がしみじみと言った。
「でもさ、古山や高野と再会して二週間くらいだけど、いろいろあったよねぇ。私、中学卒業から、あの二人のことは思い出しもしなかったのに」
由奈も苦笑した。
「ほんとにね。私もだよ」
(ほんと、いろいろあり過ぎ……。
あの本のこともあるし。
再会の日には、この日限りと思ってたのに)
その時、二人のスマホが同時に震えた。
「あ、グループかな」
二人がLINEを開くと、晴基からだった。
「本、読み終わって健斗に本を渡した」
桂花が感心する。
「さすが古山、早いわ」
由奈も頷いた。
「うん。この前、夏期講習で会ったとき、わりと進んでるって言ってたし。
古山くん、読み終わってどう思ったかな……」
「高野も読むことにしたんだね」
「まぁ、自分たちのことかもって思ったらね」
「でも、読書、苦手って言ってたし。私たちもそうだろうと思ってるし」
由奈が苦笑しながら言った。
「確かにあんな厚さの本、高野くんが読み終わるイメージ、持てないね」
桂花は肩をすくめた。
「高野が読み終わるかどうかなんて、ほんとはどっちでもいいけどさ。
でも、もたもたしてられないと思う」
「うん。私たちも行くなら、早めに行かないと、十分強くなってないうちに魔王が復活しちゃうよね……」
「そんなんで立ち向かっても絶対負けるじゃん……」
二人の間に沈黙が落ちる。
「あ、ごめん、桂花、お茶がなくなってるね」
由奈が立ち上がって台所に行って、新しいグラスに麦茶を注いで戻ってきた。
「ありがとう」
桂花は受け取りながら言った。
「高野は、由奈が異世界に行くなら、最終的に行くって言いそう」
「は?」
桂花はニヤニヤしている。
「なんか、そんな感じする」
「いや、高野くんは、そもそも、異世界に行きたくないと思うよ。
だから、本、あまり進まないかもね」
「え、なんでわかるの?」
「だって、高野くん、彼女か、好きな子がいるだろうから」
「えっ、そうなの?由奈、この前はそんなこと言ってなかったじゃん」
由奈は首を縦に振り、はっきりした口調で言った。
「うん。高野くんが莉乃ちゃんや他の子に興味がないのは、そういう相手がいるからじゃないかって思ったの」
桂花は小さく笑った。
「あー、なんだ、由奈の想像か」
「火曜日に、古山くんが教えてくれたの。莉乃ちゃんが高野くんの連絡先教えてって言ってきたって」
桂花が身を乗り出す。
「えっ」
「でもね、高野くん、断ったんだって」
桂花は一瞬驚いたように見えたが、すぐに表情を戻した。
「……ふーん。そっか。
まぁ、渡瀬さんには、かなりそっけなかったしね」
由奈は少し自信ありげに言った。
「それって、彼女がいるからだと思わない?」
「は?」
「莉乃ちゃんのことや他の女子の話したとき、
あんなに不機嫌にならなくてもいいのにって思ったの。
でも、ちゃんと彼女がいるからって考えると納得いくっていうか……」
桂花は一瞬だけ考えてから、きっぱりと言った。
「思わない」
「えっ、なんで?」
「だって、古山はそうだとは言わなかったんでしょ」
「うん、言わなかった。何も聞いてないって」
「でしょ。高野、古山にはそういうの言いそうだし」
由奈は少し言葉に詰まる。
桂花は一瞬だけ考えてから、にやりと笑った。
「それにさ」
「?」
「彼女いるなら、由奈に『かわいい』なんて言わないと思うよ」
「はぁ?!」
「サンドイッチ分けて食べたりさ」
「ちょ、ちょっと桂花、何言ってんの!」
桂花はニヤニヤしている。
「由奈、顔赤いよ?」
「もう、桂花が変なこと言うからでしょ。高野くんが言ってることなんて、たいした意味あるわけないじゃん。普段から何も考えてないんだって」
桂花はにやりとして言った。
「そうかなぁ」
「きっとそうだよ!」
(なんか、話が変な方に行っちゃった。
でも、桂花の言う通りかも……)
由奈は小さく息をはいて、気を取り直すように言った。
「とりあえず、高野くんにメッセージ送る?がんばってって」
「由奈、なんだかんだ言っても優しいなぁ」
「もー、がんばってもらうしかないからでしょ!」
「まぁね」
由奈はLINEを開いてメッセージを打った。
“古山くん、お疲れさま
高野くん、がんばってね”
これだけ書いてさっさと送る。
「はは、由奈、あっさりだねぇ」
すぐに健斗から「りょうかい!」のスタンプ付き返信が来た。
「高野、反応早!」
だが、却って、由奈と桂花はわずかな不安を覚えた。
「なんか……大丈夫かなぁ」
「まぁ……ね。
きっと、古山くんが手伝うんじゃない?
ほら、桂花も早く送りなよ」
「はいはい」
桂花は、がんばれのスタンプを送った。
その夜――
机の上に置いたスマホが小さく震えた。
スマホの通知を見て、由奈は思わず目を丸くする。
送信者――健斗。
(え……?)
個人メッセージは初めてだった。
グループではなく、直接。
戸惑いながら開く。
『本、進めたいんだけど。
由奈、手伝ってくれない?』
一瞬、目を疑った。
(え、私に? 古山くんじゃなくて?
……なんで?)
胸の奥が、わずかにざわつく。
(最近、桂花に冷やかされるし……)
由奈は小さく息をついた。
(でも、まぁ、私たちの問題だし。
私、本読むの好きって思われてるから、頼みやすかったのかも)
少し考える。
(どうせやるなら、早い方がいいよね。時間かかりそうだし)
『いいよ。いつにする?
次の日曜日とか、どう?』
送信。
すぐに既読がついた。




