第35話-B 高校1年生 ~並んで待つ間に ~
「私、何か食べたいな」
由奈が立ち上がって注文カウンターへ向かおうとすると、健斗が手を挙げた。
「俺も行く」
「え……。
高野くん、何が欲しいの?買ってくるから」
「行くって」
そう言って、健斗はさっさと通路に立った。
「……そう」
由奈は健斗の横に立ったとき、反射的に周りを見回した。
(やっぱり、こっち見るよね……)
さっきの女子グループも長居していて、立ち上がった健斗を見ている。
健斗は晴基や春日ほどではないが、背が伸び、顔も小さめでスタイルが良く見える。
由奈は小さくため息をついた。
列ができているカウンターの前で、健斗と一緒に並ぶ。
店員からメニューを渡されて開いて見ていると、健斗が覗き込んできた。
(近……)
「あ、見たいなら先にどうぞ」
由奈はメニューを健斗に差し出す。
「いいじゃん、一緒に見れば」
「……そうだね」
健斗は食べ物の写真をくまなく見ていて、なかなか決められないようだ。
(高野くんて、立つ位置、こんなに近かったっけ?)
中学校時代、たまに健斗と話していたときには、こんな違和感はなかった気がする。
「由奈は、決めたの?」
健斗がメニューから目を離し、由奈を見てくる。
(近い!)
由奈は周りを見る。
やはり、女子たちの視線が自分たちに向いている。
(もう、こういうの……勘弁して欲しいんだけど)
ふと、小学生の頃の記憶がよぎった。
『由奈なんて女じゃない』
笑いながら言われた、あの声。
周りの女子たちも笑っていた。
(……うん、そうだ。
……高野くんにとっては、私は女子じゃないからこんな距離で立てるんだ)
「ねぇ、由奈は何食べるの?」
健斗が由奈を覗き込む。
目が合いそうになり、由奈はメニューに視線を落とした。
逃げるように写真を指す。
「……あ、BLTE食べたいけど。……こんなに食べられないかな」
大きめの二切れが皿に載っている写真を指した。
「お、いいな、それ」
「えっ、高野くん、まだ決めてなかったの?」
「うん、お昼いっぱい食べてきたからそんなに食べられないんだよな」
「えっ、そうなの?」
(じゃあ、なんで、わざわざ来たの……高野くんいるから見られるじゃん)
由奈は喉まで、出かかった言葉を飲み込んだ。
「由奈、これ、分けて食べよ?」
「えっ」
――断れない流れ。
(それ、桂花たちに冷やかされそう……)
「でも、古山くんと桂花に悪いよね?二つしかないし」
「……じゃあ、二人にはテキトーに何か買ってけばいいじゃん。一番安いやつ」
「……なら、全員それにしようよ」
「えー……」
健斗の声が不満そうに聞こえて、由奈は可笑しそうに笑った。
「そんなにBLTE食べたかったの?」
健斗は曖昧に笑ったまま、何も言わなかった。
---
テーブルで待つ晴基と桂花。
なんとなく、例の本以外の話題にしたい雰囲気。
晴基はストローを指でいじりながら、カウンターの方をちらっと見る。
並んでいる二人は、思ったより距離が近い。
「……あのさ」
桂花は顔を上げず、メニューを閉じた。
「なに?」
「この前、図書館でなんか言ってたじゃん」
「え?」
「ほら、カウンター席で座ってたとき、後から話すって」
桂花がニヤリとする。
「ああ、あれね。高野から聞いてない?」
「いや、何も」
「高野さ、あの時、由奈に『かわいい』って言ったんだよ」
晴基は一瞬だけ、息を飲んだような顔をしたが、声は落ち着いていた。
「へぇー。健斗、そんなこと言ったんだ」
「あれ?意外と驚かないね」
「ああ。なんか、そういう感じ、あったんだよな、前から」
「あー、なんか、わかる」
晴基はしみじみした顔で言った。
「健斗、由奈が太田と帰ってるの見て面白くなさそうだったし。小学生の時にも、なんとなくさ」
桂花は、うんうんと頷く。
「わかる」
晴基と桂花は、カウンター前で並ぶ二人に視線を送った。
健斗が、由奈の顔を覗き込むようにして何か言っている。
晴基は、由奈と健斗の方を見たまま言った。
「健斗って、わかりやすいよな」
「うん。昔から、由奈と話してると楽しそうだよ」
---
カウンター前の列は思ったより進まない。
(あのテーブルで高野くんを見てる子たち、ちょっと莉乃ちゃんみたいな感じだな……)
『俺と莉乃を勝手にくっつけるなよ』
由奈は、そう言ったときの健斗の不満そうな顔を思い出した。
その直後、小六のとき、健斗と莉乃が楽しそうに話していた光景が脳裏に浮かんだ。
(なんだかんだ言っても、ああいう感じ、好みじゃないのかな?)
由奈は健斗を見上げ、少し声をひそめた。
「ねぇ、高野くん」
健斗が少し目を大きくして口角を上げ、由奈を見た。
「なに?」
そして、少し身をかがめて寄せた。
「あのさ……、私たちのテーブル近くにい子たち、なんとなく莉乃ちゃんみたいだよね。
あと、あそこに座ってる子、中学で一緒だった田下さんみたいな感じじゃない?」
由奈は、莉乃のほか、健斗が付き合っていたと聞いた女子の名前も出した。
言われた健斗が不機嫌そうな声を出した。
「は?」
「あの子たち、みんな、高野くんのこと見てると思うよ」
健斗は少し目を見開いた。
それから、顔を逸らして短く言った。
「……だから、なに?」
(やっぱり、莉乃ちゃんの話はダメか)
「あ、莉乃ちゃんの話は嫌だって言ってたもんね。ごめんね」
健斗は俯き、ほんの少しだけ立つ位置をずらした。
さっきまで肩が触れそうにも感じられた距離が、わずかに空く。
(……あれ?)
由奈は一瞬だけ健斗の方を見た。
由奈はフランクな感じで続けた。
「でも、なんで?
まぁ、当時いろいろあっただろうけど……。
この前、莉乃ちゃん、高野くんと仲良くしたそうだったよ?
それに、綺麗になってたじゃん。
……高野くんと似合ってるよ」
健斗の返事はすぐには返ってこなかった。
「……もう、いいって、そういうの」
(ほんとに嫌なんだ……。冷やかされて照れてるって感じじゃない……)
由奈は話題を切り替えた。
「……噂で聞いてたけど、高野くん、中三の時、田下さんと付き合ってたんだよね?」
「いや、付き合ってたってほどじゃないよ」
健斗の声が急に小さくなる。
「そうなの?私は全然知らなかったから」
「うん……。あれは、違ったと思う」
「ふーん……、そうなんだ」
「そんなこと、どうでもいい」
「そっか……。
やっぱり高野くん、かわいい子と似合ってるって言いたかっただけなの。
それに、あの子たち、高野くんのこと見てたから、教えてあげようかなと思って」
健斗は黙ったままだった。
「えー、ごめん、そんなに怒るとは思ってなくて……」
「……じゃ、もう、莉乃とか言うなよ?」
「……」
「莉乃の話はもういい。田下の話もいい」
(あ……)
由奈は、思い至って視線を落とした。
(……こんなこと、私なんかが触れていい話題じゃなかったかな)
「……わかった。ほんとごめんね」
由奈が謝ると、健斗は表情を緩めた。
「……じゃあさ」
健斗は柔らかい表情で由奈を見た。
「悪かったと思ってるなら、一緒にBLTE食べてよ」
「……えっ」
(さっき、怒ってたのに、もう普通だ。
高野くんらしい、かなぁ……)
そうこうするうちに、二人の順番が来た。




