第32話 高校1年生 ~変わってなかった~
「ただいま!」
健斗は図書館から帰って、台所を覗いた。
「雨に降られちゃって制服濡れちゃったんだけど。
あっ、今日はハンバーグ?」
母さんと亜美(妹)が、少し驚いた顔をしている。
「なに?」
玉ねぎを手にした母さんがこちらを見た。
「今日、声が元気だなと思って」
――そういえば、高校に入ってから、帰ってきてもあまり家で話してなかったかも。
気の合う友達もいなくて、バカみたいに笑ったり話したりすることもない。
帰ってきても、疲れてるだけだった。
(これ、まだ三年近く続くのか……)
毎朝、通学列車の中でそう思っていた。
けど、今日はよかった。
自室にいると、夕食に呼ばれた。
「いただきます!」
「お兄ちゃん、今日、元気だよね。なんか機嫌いいし」
亜美が探るような目を向けてくる。
「明日から夏休みだから?」
「……まぁね」
適当に誤魔化す。
ハンバーグがうまい。
――二週間ほど前、晴基と高校の校門で待ち合わせの約束をした。
高校はちょっと遠いし、あまり楽しくない。
俺みたいに勉強が好きじゃない子が多くて、のんびりしているのはいいけど、晴基みたいに尊敬できて気の合う友達はいない。
男子も女子も、制服に似合わないほど着飾っていたり、遊びの話ばかりしていたりする。
(勉強は好きじゃないけど、そういうのばっかりも違う)
七月に入ってから、何人かの女子に「付き合わない?」と言われたけど、ほとんど話したこともない子もいて、まったく嬉しくなかった。
(話したことないのに、なんで付き合いたいって思うんだ?)
そんな頃に晴基から連絡が来た。
(……すげぇ楽しみ)
晴基の学校は地元の進学校で、同級生も何人か入っている。
その中に、由奈もいる。
中学ではクラスが違ったけど、たまに話していた。
小学生の頃の由奈は、頭がよくて少し気が強くて、言い合いしたりゲームの話で盛り上がったりできる子だった。
クラスの女子からひどいことを言われているのも見かけて、少し関わりにくいところもあったけど、卒業の頃にはそこまでひどくなくなっていた。
中学になってからはクラスが分かれて、由奈は元気そうになった。
少し女の子らしくなった気もしたけど、話すと前と変わらない感じだった。
中学でもいろんな女子と話したし、付き合った子もいたけど、なんか違った。
長く話していると疲れたり、急に怒られてどうしたらいいかわからなくなったりする。
由奈と話しているときは、そんなことがなかった気がする。
気づいた頃には、由奈にも仲のいい男子がいて、卒業式が近くなってそれっきりだった。
晴基と会う約束をしてから、気づいたら由奈に会えるかもしれないと思うようになっていた。
会える可能性なんてほとんどないし、
別に話したいことがあるわけでもない。
久しぶりだし、ちゃんと話せるかもわからない。
それでも、挨拶くらいはできるかもしれないと、毎日思っていた。
待ち合わせの日、駅から歩いていくと、晴基の隣に由奈と小藤さんがいた。
まだ距離があったのに、すぐにわかった。
焦って駆け寄ったと思われないように、なるべく普通に歩いて近づいたら、由奈は驚いた顔をしていた。
晴基は何も言ってなかったらしく、俺が来るとは思ってなかったみたいだった。
最初はぎこちなかった。
緊張していたのか、制服が違うせいなのか、自分でもよくわからない。
それでも、だんだん楽しくなってきた頃――由奈たちが帰ると言い出した。
『じゃ、古山くん、また夏期講習で会えたらね。
高野くん、元気でね』
あの時、嫌だった。
せっかく会えたのに。
だから、由奈が離れていこうとしたとき、気づいたら呼び止めていた。
そのあと行ったカフェでも、俺と莉乃がお似合いだとか言ってきて、ほとんど話してないのに先に帰ろうとして――あの時も嫌だった。
莉乃がいなくなってから問い詰めると、由奈はしれっとしていて少しモヤっとしたけど。
『え、そんなに嫌だった?』
――ああ、由奈だ、と思った。
そのあと前みたいに言い合えて、変わってないと思った。
雰囲気は変わってたのに、話すと前と同じだった。
……なんか、ホッとした。
急に雨が降ってきて、図書館まで一緒に行けた。
あそこで「前よりかわいくなった」なんて言ってしまった。
今思うと恥ずかしい。由奈も驚いた顔をしていたし。
けど、近くで顔を見たら落ち着かなくなって、気づいたら口に出ていた。
なんだかんだで連絡先も交換できた。
……あれで終わりじゃなかった気がした。
LINEグループを作るときも、由奈は少し渋っているように見えてまたモヤっとしたけど、結局入ってくれた。
きっとまた連絡は取れる。
夏休みだし、晴基を誘えば多分また会える。
……別に、用があるわけじゃないけど。
そんなことを考えていると、妹が声をかけてきた。
「お兄ちゃん、ほんと楽しそうだね。
なに? 今日、いいことあったの?
彼女でもできた?」
亜美がニヤニヤしている。
「ちげーし」
「なーんだ……ふーん……」
「ごちそうさまっ」
(そんなこと言われたら、ここに居づらいじゃんか)
「もう、部屋いく」
食器をシンクに置いて、さっさと部屋に戻った。




