第31話-B 高校1年生 ~忘れられなかった~
四人はしばらく、本の放つ光に目を奪われていた。
誰も動かなかった。
ページの隙間から漏れる淡い光が、静かに揺れている。
晴基が呟くように言った。
「これって、前にも見た……」
由奈が、ぼんやりした表情のまま口を開く。
「あの時のことって……みんな、覚えてるの?」
三人がゆっくり頷く。
「ああ」
「覚えてる」
「あの時は、すぐに光が消えちゃったよね」
(そうだよね。あれは忘れられなかった)
しばらく、誰も本に触れなかった。
光は消えない。
晴基がしゃがみ込み、本に手を伸ばす。
本の上に手をかざし、触れる寸前で止めた。
「……熱くないな」
「古山くん、大丈夫?」
「ああ……」
一度息を吐き、晴基は外函ごと慎重に持ち上げた。
――全員の視線が、その手に集まる。
何も起きない。
四人が同時に小さく息を吐いた。
「……これ、やっぱりあの時のと同じものだよね」
「うん、そうだね」
由奈と桂花は、あの時、実際にこの本を読んだ。
健斗もしゃがみ、もうひとつを手に取る。
「ほんとだ、熱くはないな」
持ち上げて、本をじっと見る。
由奈はそちらにも目をやった。
(やっぱり、あの時のだ)
しばらく四人で本を見つめていると、
「これ、借りて行こうかな」
桂花が晴基に手を差し出すと、晴基が本を渡した。
「高野、そっちも貸して」
健斗が少し驚いた顔で手渡した。
桂花はそれらを抱えて貸出カウンターへ向かった。
本は、桂花の腕の中で光を放ったままだ。
由奈は桂花の背中を見ながら言う。
「あの本、カウンターの人には……なんとも思われないってこと、だよね?」
晴基は肩をすくめた。
「ああ。そうじゃねーの?」
――数分後。
桂花は神妙な顔つきで戻ってきた。
「あれ……本、光ってない」
健斗が思わず声を上げる。
桂花は固い表情で頷いた。
「どうしたの、桂花?」
「……この本、この図書館のものじゃないって言われた」
「え?」
三人の声が重なる。
「ラベルもないし、登録もないし、貸出できないって」
「どういうこと?」
由奈が桂花の腕の中の外函から一冊を取り出した。
「確かに……ラベル、ついてないね」
「ていうか、あの光は?」
「カウンターに着く前に、消えちゃった」
「えっ」
「……どういうことだ?」
しばらく沈黙が落ちた。
晴基が息を吐き出す。
「とりあえず、席に戻ろう」
席に戻り、桂花が本を手さげに入れているところに、由奈が声をかけた。
「それ、また読むんだ?」
「うん」
「内容、結構覚えてない?」
桂花は小さく笑う。
「……断片的にしか」
「そっか」
「じゃ、そろそろ出ようか」
晴基が声をかけ、全員立ち上がった。
外は雨上がりの夕方だった。
けれど妙に静かだ。
さっきまで聞こえていたはずの蝉の声が途切れている。蒸し暑い空気だけが重くまとわりつく。
由奈は思わず振り返った。
図書館の窓は暗く沈み、さっきまで自分たちがいた場所が、やけに遠く感じられた。
四人は出入口近くのベンチに腰を下ろす。
誰も、すぐには話し出さなかった。
少しの沈黙のあと、晴基が言う。
「……なあ」
三人が顔を上げる。
「とりあえずさ、四人のLINE作っとこうぜ」
由奈は驚く。
「え、なんで? 古山くん、高校同じだから会えるじゃん」
晴基は、さらっとした口調で言った。
「いや……なんとなくノリ」
「使うかなぁ」
「なに、由奈、嫌なの?」
晴基が少し顔をしかめる。
「いや、別に嫌じゃないけど」
「じゃ、いいじゃん。せっかくの再会だぞ。それに、由奈とだって、たまたま今日話したくらいじゃん」
「……まぁね」
由奈は、校門に向かいながら晴基と会ったときのことを思い浮かべる。
あの時、変わらない安定感を感じたのを思い出した。
晴基がスマホを差し出す。
由奈は少しだけためらったが、付き合いが悪いと思われるのも不本意だ。
ゆっくりスマホを取り出した。
「……わかった」
結局、四人はグループを作った。
登録が終わると、晴基は満足そうに頷いた。
「これでよし」
健斗と晴基は楽しそうにグループ名を考え始める。
由奈は空を眺めている。
桂花は三人を見ながら思った。
校門でもカフェでも、由奈と桂花が帰ろうとしたときに、健斗は何か言いたそうにしていた。
けれど、そんな様子はなくなって普通に笑っている。
(……高野、今はスッキリした顔してるな。なんの違いだろう)
「桂花、今日、あんま話せなかったね」
空を眺めたまま由奈が言う。
「うん、そうだね。また会おうよ。
私、実習でたまに学校来るから。由奈の夏期講習と同じ日になるかもしれないし」
由奈は笑って頷いた。
「別の日でもいいしね」
やがて四人は、それぞれの帰り道へ別れていった。
「じゃ、またね」
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帰宅後。
由奈は自室のベッドに座り、光る本のことを思い出す。
前に見たときには、あんなにも光っていなかった。
今日は、呼びかけるように光っていた。
(あれ、みんな、覚えてたんだな)
小六の頃の、本当か嘘かわからないような経験。
それでも四人とも、ちゃんと覚えていた。
胸の奥が温かいような、少し切ないような感覚になる。
それにしても――
誰も騒がなかったけれど、普通のことじゃないはずだ。
あの後は光らなかったが、また光ることもあるのだろうか。
そして、本のことが強烈過ぎて忘れていたことを思い出す。
健斗に「前よりかわいくなった」と言われたこと。
にわかに胸が熱くなる。
前はどう思っていたのか……気になりかけて、由奈は首を振った。
(あんなの、ノリで誰にでも言うはず)
でも――
(じゃあ、なんで、カフェで言わなかったんだろう)
健斗は、ノリにしては少し慎重に、思い切ったように言った気がした。
ふと、健斗と莉乃がカフェで向き合っていた光景が浮かぶ。
(あの時は……確かに高野くん困ってたな)
誰にでも言うと思いながら、あの場面で健斗が莉乃に「かわいい」と言う姿は想像できなかった。
健斗と莉乃は、ずいぶん久しぶりに言葉を交わしたはずだ。
「もう、あの頃とは違うのかな……」
由奈は、天井を見上げた。




