第29話-B 高校1年生 ~言葉の裏側~
由奈は、はっとした。
これは、莉乃に聞かれたら面倒な話だ。
(莉乃ちゃんが春日くんを知らないはずがないんだから……
春日くんと帰ったなんて知られたら、何を思われるか……)
そして、誰も、何も言わない時間。
(みんな、私が何か言うのを待ってるんだろうけど……)
由奈はちらりと莉乃を見てから、息を吸い込む。
「え……っと……。そんなことはどうでもよくってさ……」
由奈はそこまで言って呼吸を整えた。
桂花は横目で由奈をちらりと見た。
(え?……どうでもよくないけど)
次の瞬間、由奈は健斗と莉乃に向かって笑顔を見せ、声のトーンを上げた。
「高野くん、いい感じで大人っぽい雰囲気になってるし、莉乃ちゃんもすごく綺麗になったし。
二人が一緒に歩いてたら、すごく目立つカップルになると思うな。
うん、なんか、理想的!」
「はぁ?」
そう言ったのは健斗だった。
驚きと、わずかな苛立ちが混じった声。
一瞬、場の空気が止まる。
(なに、由奈、いきなり)
桂花は眉をひそめて咳払いをした。
晴基も、飲み物を口に含んだまま目を見張る。
そして、莉乃もぽかんとして由奈を見ていた。
由奈は、あえて誰のことも見ない。
視線を合わせたら、言葉が出なくなりそうで。
健斗は怪訝そうに由奈を見たが、由奈は視線を向けなかった。
次の瞬間、莉乃の明るい声が響いた。
「由奈、それほんと?」
由奈は莉乃の方を見て、大きく頷いた。
健斗の方は、一切見ない。
「高野くんみたいな子と似合うって言われたら、莉乃ちゃん、嬉しいよね?」
莉乃は大きく頷いた。
「うん。絶対嬉しい。健斗、ますますカッコよくなったし!」
桂花は思わずストローを口から離した。
(さっきまで“健斗くん”だったのに……)
健斗は口を開きかけるが、言葉が出ない。
そのまま口を閉じ、テーブルに視線を落とした。
莉乃はさらに勢いづく。
「制服も、この辺で見かけない、カッコいいデザインだよね。似合ってる!」
「うん、私もそう思ってさ」
「だよね!」
桂花には、由奈と莉乃が盛り上がっているように見えた。
けれど、由奈が莉乃に合わせている感が否めない。
「いや……俺の話はもういいし」
健斗は肩をすくめ、息を吐き出した。
けれど、その声はさっきより少し低かった。
空気が、ふわりと行き場を失う。
(あ……)
由奈はすぐに話題を切り替えた。
「ねぇ、そういえばさ。晴基くんと莉乃ちゃんって、同じフロアに教室あるでしょ。
それでもやっぱり、会わないもん?」
晴基が応じる。
「うん。全然会わないよな」
莉乃が返す。
「うん、会わないね」
由奈が、少しわざとらしくおどけた口調で言いながら相槌を打つ。
「そっか。そういうもんだよね。意外と話す機会ないのかぁ。同じフロアでもそんなもんかぁ」
莉乃が由奈の方を見て言った。
「由奈のクラスは校舎も違うし、由奈のクラス、雰囲気、真面目そうだからあんまり行く気しないんだよね。
私の友達は、そっちの方にもちょくちょく行ってるみたいだけど」
それを聞いて、由奈はドキッとする。
(あ……この流れはまずい)
慌てて、何でもない方向に話を振った。
天気の話、学校の課題、桂花のアイスティーが薄まってきたこと。
由奈は笑顔で全員に話を振った。
健斗も、ようやく会話に入ってくる。
莉乃と直接話してはいないが、同じ話題を楽しんでいる。
場の雰囲気が整い、春日の話題も回避でき、
由奈は心の中で胸をなで下ろした。
そして、桂花に小声で言う。
「ね、そろそろ帰る?」
桂花も、少しこの場を持て余した顔をしている。
「うん、これ以上、何も起こらなさそうだし」
由奈は苦笑しながら言った。
「やっとこれから面白いところかもしれないけど……。
もう、いいよね?」
桂花が頷く。
由奈は立ち上がりながら晴基に言った。
「古山くん、私たちはそろそろ……」
その時、健斗の顔が一瞬だけ歪んだ。
何か言いたそうに見えた。
ほんのわずか。
だが、はっきりと分かる表情だった。
(あ……)
桂花は気づいたが、何も言えなかった。
桂花も立ち上がり、由奈と二人、テーブル横の通路に立つ。
「古山くん、鞄、ありがとう」
由奈がそう言って手を伸ばすと、晴基は健斗の様子を確かめるように見た。
健斗は、相変わらず何か言いたそうな顔をしている。
――その時、
莉乃がちらりとスマホを見て、飛び上がるように身を起こした。
「うわっ、……私、行かなきゃ!用事があったんだったー」
にわかに鞄を手に取り立ち上がって、早口に言った。
「ごめん、私、帰るね。また、遊ぼうね!」
莉乃は、少しだけ健斗のほうに視線を送ったのを、全員が見ていた。
そして、慌ただしく手を振りながら、小走りで店を出て行った。
沈黙――
由奈と桂花は、なんとなく動けなくなって、立ち尽くしている。
晴基が向かいのシートを指し、二人を促した。
「座ったら?」
由奈と桂花は、はっとして頷き、元の席に戻った。
桂花がそっと健斗を見ると、
先ほどまでの固さが消え、妙に穏やかな表情になっていた。
残された空気は――
やっとここから、という気配を孕んでいた




