第29話-A 高校1年生 ~視線の行方~
五人は、駅前のカフェに到着した。
ドアを開けた瞬間、冷たい空気が流れ出てきた。
外の熱気から解放され、火照っていた肌がようやく落ち着く。
店内にはコーヒーの香りが静かに漂い、さっきまでのアスファルトの匂いが消えていった。
ゆるいBGMと、カップの触れ合う小さな音が流れている。
光も柔らかく、外の眩しさが嘘のように感じられた。
五人は、窓際のボックス席に通された。
(まさか、こんなメンバーでカフェに来るなんて思わなかった。
……どこに座ればいいんだろ)
由奈は、ちらっと莉乃の顔を窺い、動きを待つ。
健斗がすっと窓際に座った。
すると、莉乃はすぐに向かいの席に入った。
自然な動きに見えるが、確かに意志がある。
(おっ……)
由奈、桂花、晴基の三人は、自然に顔を見合わせる。
健斗が莉乃の動きに少し驚いたような顔をすると、晴基は小さく息を吐いて健斗の隣に座った。
由奈は莉乃の隣に少し間を空けて座り、桂花はその隣に腰を下ろした。
由奈が、莉乃と桂花の間で荷物を置きにくそうにしていると、晴基が声をかけてくれた。
「由奈の鞄、こっちに置く?」
「ありがとう」
由奈は荷物を晴基に手渡した。
由奈の鞄は健斗と晴基の間に置かれた。
健斗は、その鞄をちらりと見てから、テーブルの上で重ねた手に視線を落とした。
しばらく顔を上げない。
昼食も兼ねて、ドリンクのほかに、サンドイッチなども頼んだ。
男子には物足りないかもしれないが、ここにはパンや軽食のようなものしかない。
待っている間、桂花はそっと四人を見た。
由奈は、ちょっとだけ身を引いて、「今日は見てる側」と決めている顔。
健斗は、窓の外を見ている。
莉乃は、鏡を手に入念に前髪を整えている。
晴基は、テーブルの上で手を組み、目だけで全員の顔を窺っている。
桂花は、小声で由奈に言った。
「渡瀬さん、気合い入ってそうだね」
由奈は、ちらりと莉乃を見た。
「ふふ。そうだね」
莉乃は健斗のことを熱のこもった目で見つめている。
桂花は、直感した。
(この後、渡瀬さん、来そう……)
由奈は、そっと息を吐いた。
(“伝説のお似合いカップル”の復活か……)
すると、早速、莉乃が一番手を打った。
「健斗くん、元気だった?」
少し首を傾けながら、しっかり健斗を見つめている。
突然声をかけられた健斗は、少しゆっくり莉乃の方を向き、無表情だ。
「うん……」
健斗は数回頷き、そのまま俯いた。
由奈はその返答に違和感を抱いた。
(さっき、あんまり学校に馴染めてないって微妙な顔してたのに)
莉乃は楽しそうに続ける。
「そっかぁ、良かった。
健斗くん、なんか、すごく雰囲気良くなった気がするし」
声のトーンも意識していて、柔らかい。けれど主張は忘れない。
思わず桂花は目を見張った。
(よくあんな風に話せるなぁ。小六の終わり頃から、気まずそうにしてまったく話してなかったように見えたけど)
「そうかな……?」
健斗は小さく首を傾げた。
「うん、前より大人っぽくなった」
そう言って、まっすぐな目線を送る莉乃。
桂花は、目をぱちぱちさせた。
(渡瀬さん、グイグイ行くなぁ)
「……私もね、ちょっと雰囲気変えようと思って、頑張ってるんだ」
そう言って、莉乃は前髪を整えるように指先を動かす。
確かに、莉乃はあどけなさを脱ぎ捨て、大人っぽさを身につけようとしているのがわかる。
メイクにも、小物にも、制服の着こなしにも余念がない。
しかし、健斗はすぐに窓の外に視線を戻す。
(あれ、高野、意外と反応薄い?)
桂花は、思わず由奈の顔を見た。
由奈も、桂花の方を見て首を傾げた。
晴基が空気を和らげるように、さりげなく話に入る。
「ていうか、莉乃が一番変わったんじゃない?」
由奈はカフェオレのカップを口元に運びながら、小声で桂花に言った。
「古山くん、気を使ってるなぁ」
「ほんと」
桂花は口元を隠して笑う。
由奈はそっと窓際の二人に視線を送った。
(さっきから、高野くん、あんまり楽しそうじゃないな。
再会したあと、四人で話していた時は、もっと元気そうだったのに)
その後も、莉乃が話しかけるが、健斗が短く答えたり、首を傾げるだけのやりとりが続く。
莉乃は上目遣いで健斗を見つめながら次々と健斗を褒めたり、質問したりして、反応を引き出そうとしている。
しかし、健斗は聞かれたことに答えているだけ。
たまに、晴基が入ったときだけ、少し話が盛り上がる。
これでは、由奈と桂花には、観察のしがいがない。
(なんだこれ)
桂花はあくびを噛み殺して、アイスティーのストローを吸う。
由奈も、カップの取っ手を指でなぞっている。
晴基はずっと、健斗と莉乃に気を使っている。
由奈はカップの取っ手を見つめながら思った。
(こんなことなら、やっぱり桂花と二人で遊びたかったな)
健斗に目をやると、相変わらず、窓の外を見ている。
そして、由奈と桂花は、ついには、二人で近況を話し始めた。
由奈は、生き生きとした顔で高校生活について桂花に話していた。
表情が明るい。
――桂花は由奈の話を聞きながら、ふと気づいた。
(あれ……?)
桂花には、由奈の向こうに健斗が見える。
(……高野、由奈を見てる?)
ほんの数秒。
莉乃の話に頷きながら、健斗が由奈のことを見ていたような……。
(あ……、また)
再び健斗がちらっと由奈を見た。
やっぱり、ほんの数秒。
桂花は首を捻った。
そして、健斗に助け舟を出していた晴基も、さすがに疲れてきたのか、ひと息つくように由奈と桂花の会話に加わってきた。
晴基は、肩で呼吸してから由奈に話しかけた。
「なぁ、由奈のクラス、すごい男子いない?」
由奈がピンときた顔をする。
「あ、もしかして、春日くん?」
桂花も話に混ざる。
「あ、それってまさか、ゴールデンウィークに話してた“王子”?」
由奈が明るい声で言った。
「そうそう!すっごくかっこよくて、感じ良くて、勉強も運動もできる子がいるって話したよね」
晴基が人差し指を動かしながら頷く。
「あー、多分、そいつ、そいつ」
由奈は大きく頷いた。
「うん、春日くん、やっぱり学年の中で目立つよね。休み時間に教室を覗きにくる子、結構いるもん」
「だろうな」
「同じクラスってだけで、ちょっと自慢なの」
由奈が嬉しそうに微笑みながら言った。
すると、晴基はここからが本題だというように、目つきを変えた。
「由奈さ、そいつと一緒に帰ってなかった?」
「え……」
「え?」
由奈と桂花の声が重なった。
晴基はつけ足す。
「わりと最近」
由奈は、とたんに落ち着きを失った。
「あー……っとね」
桂花が由奈の顔を覗き込む。
「なにその反応?」
晴基はニヤニヤしている。
「あれ、見間違いじゃないよな?」
由奈の目が泳いでいる。
「あ……、そう……なんだけど……」
そして、そわそわと制服の襟を整えたり袖を引っ張ったりしている。
由奈が言いかけた時、ふと、背後が静かなのに気づいた。
慌てて振り返る。
晴基と桂花もつられてそちらを見た。
(わっ……)
健斗と莉乃、
二人とも、静かにこちらを見ていた。
由奈は曖昧に微笑んだが、健斗は、何も言わなかった。
健斗の目が、わずかに見開かれていた。
由奈は、晴基と桂花の方にゆっくりと視線を戻した。
二人とも、答えを待っている。
由奈はまた、曖昧に笑った。
「えっと……。えっと……、あれはね……」




