第27話-A 高校1年生 ~校門の向こう~
由奈は、教室を出て桂花との待ち合わせに向かった。
終業式のあとの校舎は、どこか浮き足立っていた。
まだ多くの生徒が残っており、廊下には笑い声が重なっていた。
由奈は昇降口で靴を履き替え、ゆっくりと歩き出す。
昇降口を出た瞬間、むっとした熱気が肌にまとわりついた。
コンクリートの照り返しが眩しく、蝉の声が一気に大きくなる。
まだ校門に向かって歩いていく生徒が大勢いる中、見覚えのある後ろ姿が視界に入った。
誰かは分かっているのに、声をかけていいのか一瞬迷った。
由奈はその後ろ姿に小走りで追いつき、少し後ろを歩きながら、そっと声をかけた。
「……古山くん?」
振り向いたのは、やっぱり晴基だった。
見慣れた顔に、ほっとした。
中学生になってからぐんぐん背が伸びていたが、さらに伸びたように感じる。
晴基は少し目を見開いてからぱちぱちとまばたきし、すぐに顔を綻ばせた。
「おう。由奈じゃん。久しぶり。やっぱ、校舎違うとなかなか会わないもんだな」
由奈も少し目を細めて彼を見上げた。
「うん、ほんとにね」
小学校でも中学校でも同じクラスにいたのに、制服が違うだけで、話しかけるのを一瞬躊躇ってしまった。
晴基と並んで歩き出すと、自然に空気が和らいだ気がした。
晴基の存在感は、昔と同じだ。
――春日と歩いていた時は緊張していたけど。
(でも、春日くんと話しながら歩いたの、楽しかった)
そこまで考えて、由奈は小さく首を振った。
(だから、考えないんだってば!)
「どうした?」
晴基が不思議そうな顔で由奈を見ている。
「え、別に、なんでもないよ」
由奈は慌てて誤魔化した。
桂花は、すでに校門近くに立っていた。
よその学校の敷地内を、違う制服であまりじろじろ見るのは気が引けた。
しかし、一瞬だけ校門の奥を見通した時、由奈が男子と一緒にこちらに向かってくるのを見つけて、思わず俯いた。
(うわ、あれ、古山だよねぇ。絶対、由奈と一緒にこっち来るよね……)
高校の制服姿は見慣れないが、間違いない。
古山を見たのは中学卒業以来だ。
由奈に会う前でさえ、久しぶりの時にはちょっと緊張するのに。
古山じゃなくて、知らない男子の方がまだ良かった。
二人が一緒にこちらに来て、話しかけてくるのが想像できてしまう。
桂花は鞄を握り直して、思わず息を吐いた。
古山のことは苦手なわけじゃないけど、久しぶりだし、なんか気まずい。
(そんなふうに思うのは、私だけかもしれないけどさ)
晴基は人見知りしないし、誰にでも気さくに話しかけるから、こんな再会、なんでもないことなのかもしれない。
そして――
いよいよ、由奈と晴基は表情が見える位置まで来た。
「桂花!」
由奈の声に呼ばれて、顔を上げた。
由奈たちの方を見て、桂花も小さく手を振り返した。
晴基もしっかりこちらを見ている。
「お、小藤さん。久しぶり!」
「うん、久しぶり」
晴基から挨拶してくれたことで緊張が少し解けた気がして、桂花も曖昧に微笑みながら挨拶を返した。
由奈は晴基に説明した。
「今日、桂花とここで待ち合わせて、一緒に遊ぶことにしてたんだ」
「へー、これからどっか行くの?」
「うん。一緒にお昼食べて、ゆっくり話せればいいんだけどね」
久しぶりに会った由奈は相変わらず元気そうだ。前よりも表情がいい。
高校生活を楽しんでいるのだと分かる。
桂花から見ると、どこか女の子らしさが少し増した気がする。
由奈は小柄で、どちらかと言えば童顔の可愛らしい印象の子。
今はその顔つきに穏やかさも加わった。
そして華奢なわりに、以前よりメリハリのある体つきになったように見える。
夏服だからだろうか。
顔も小さめで、スタイルが良く見える。
晴基は相変わらずだ。
いるだけで安心感がある。
三人は校門近くの木陰の中で、ひとしきり雑談を楽しんだ。
(ここ、暑いな)
先ほどから、桂花は由奈と晴基の会話を聞いていた。
まだ話が続いている。
「俺、古文、苦手でさぁ。由奈、得意そうじゃん?」
由奈は、額に汗を浮かべながら笑顔を作っている。
「あ、うん。数学とかよりは」
晴基の顔も熱気で赤くなっている。
「いや、由奈、科学コースだし数学も俺よりできるだろ」
「いや、そうでもないよ」
(それにしても、暑い……)
桂花はたまらなくなって、由奈をつつき、小声で言った。
「そろそろ、暑くない?」
由奈も頷く。
「うん。暑い……」
「古山、もしかして、気を使ってるかもしれないよね」
「うん。私もそんな気がしてた。話、どこで終わっていいのかわかんない」
「古山もお昼誘う? もう、ここ暑くていられないよ」
「桂花は、古山くん一緒でも大丈夫?」
「うん、仕方ないよ」
「あはは。仕方ないって」
小声で笑い合ったあと、由奈は晴基の方を向いて切り出した。
「ねぇ、古山くん、暑いから、私たちそろそろ行こうと思うんだけど、この後、もしよかったら一緒に……」
その時、晴基の視線が由奈の向こう側に移り、はっきりと何かを捉えた。
「あー、来た来た!」
急に声が明るくなる。
そして、少し離れた場所に向かって手を上げた。
由奈と桂花は反射的にそちらを見た。
「……え?」
駅へ向かう流れと逆方向に、こちらへ歩いてくる男子がいる。
見慣れない制服。
けれど、立ち姿に見覚えがあった。
時々、すれ違う女子生徒が振り返って彼を見ていた。
一歩、また一歩と近づいてくる。
桂花は、思わず隣の由奈を見た。
――由奈は、動いていない。
さっきまで話していた姿勢のまま、止まっていた。
瞬きもしない。呼吸も浅い。
顔色が、少しだけ変わっている。
汗がこめかみから顎へ伝って落ちた。
由奈は、視線を逸らさなかった。
男子が木陰に入る。
顔に影が落ちて、はっきり見える。
日焼けした頬。見慣れた目元。
(……まさか)
男子は少し照れたように笑い、口を開く。
「……久しぶり」
その声に、一気に時間が戻る感覚。
由奈の肩が、わずかに震えた。
それを見て、桂花の胸がざわついた。理由は分からない。
次の瞬間、桂花は無意識に叫んでいた。
「なんで高野!?」




