第26話 高校1年生 ~落ち着かないまま、夏休みへ~
「ねぇ、金曜日、春日くんと帰って、どうだったの?
私の話なんて、出なかったでしょ?」
月曜日、裕香が尋ねてきた。
「え……っとね、普通に話しながら歩いたよ」
由奈は、しどろもどろに答えた。
裕香はニヤニヤしながら言う。
「一緒に歩いてるの、教室から見てた」
「えっ、そうなの?」
由奈は驚いて顔を上げる。
「うん。私だけじゃないよ。クラスの子、結構見てた」
「えー……。
ね、ちゃんと誤解解いといてくれた?」
「誤解? 何が誤解なの?」
「確かに一緒に帰ったけど……
春日くん、ちょっと不安そうな顔してたから、何か困ってるのかなって思ったし……
もしかして裕香ちゃんのこと気にしてて、私に聞こうとしてたのかなって……」
「何ブツブツ言ってるの? しかもそれ、言い訳にしか聞こえないけど?」
「そうだよね……」
由奈は項垂れた。
「でしょ。春日くんが不安そうな顔してたのだって、また由奈に断られるかもしれないって思ってたからじゃないの?」
裕香はにこにこしながら言う。
「そんなことない、と思うけど……」
由奈はそれ以上、言葉を続けられなかった。
「やっぱり、春日くんは由奈と帰りたかったんだよ」
「えー、だって、そんなはずないもん。たまたま、一緒に帰れる子を探してただけなんだってば」
「まだ、それ言う?」
「だって、そうだもん」
そこに、佳菜子が小走りでやってきた。
「ねぇ、由奈ちゃん、金曜日、春日くんと帰ってたよね。すごいね!」
「ちょっ、声が大きいって」
由奈は慌てるが、佳菜子はきょとんとして言った。
「え? みんな知ってるじゃん」
「えっ、みんな?」
由奈が驚くと、佳菜子はうんうんと頷く。
「えー……」
由奈は頭を抱える。
だが、裕香と佳菜子の視線は温かい。
“由奈なら大丈夫”とでも言いたげだった。
(全然、大丈夫じゃないってば……)
「そうだよね、クラスの子とたまたま同じ方向に帰るなんて、普通普通」
由奈は自分に言い聞かせるように頷いた。
それを見た裕香と佳菜子は顔を見合わせ、小さく肩を竦めた。
夏休みまで、一週間を切った。
夏休みになれば、夏期講習で学校には来るけれど、毎日クラスの子と会うことはなくなる。
実は、春日には地元に彼女がいたりしないのだろうか。
もしそうなら、
高校のクラスの女子を誘って帰るなんて、彼女は嫌がるだろうな、と思うけれど。
なぜか春日は、そういう不誠実なことをするタイプには見えない。
(もしかして、私は女子っぽくなくて、気楽に話せるから誘ってくるのかな?)
そんな考えは今さら無理があるかな、とも思ったが、
(とにかく、夏休みまでだから)
――その時、スマホが震えた。
桂花からのメッセージだった。
「由奈の高校も、終業式14日だよね? 昼から会わない?」
その誘いに、気分が切り替わる。
(桂花に会える)
「うん、14日、終業式。
うちの校門で待ち合わせる?」
由奈のメッセージに、桂花がスタンプで了解を示してきた。
(夏休みになれば、こんな話は立ち消えるに決まってる)
「とにかく、こんなことは夏休みになったらみんな忘れるって」
由奈はそう言って笑った。
それよりも、桂花に会えると思うと、急に楽しみな気分になってきた。
そして、終業式の日。
ホームルームで通知表が配られ、教室はざわつきながら解散していく。
由奈は、桂花との待ち合わせまで少し時間があるため、裕香たちを見送ったあと、席で時間を潰していた。
すると、右隣に背の高い影が差し、思わず見上げる。
春日だった。
(あ……)
由奈の気持ちが一気にそわそわし始めた。
そして、春日は穏やかな表情で口を開いた。
「佐山さん、一緒に帰らない?」
前より自然な口調だった。
裕香に言われたことがふと頭をよぎる。
『やっぱり、春日くんは由奈と帰りたかったんだよ』
「あ……」
思わず漏れた声とともに、由奈は立ち上がる。
「きょ、今日はこの後、友達と待ち合わせがあってね。今、ちょっと時間潰してるんだよね」
今日は、断る理由がある。
「そっか。待ち合わせまで、ここにいるの?」
「うん。隣の高校の子だから、うちの校門で待ち合わせ。久しぶりに会うから、楽しみなんだ」
周囲の視線が集まり始めているのを感じる。
「そっか、それはいいね。
あ、佐山さん、夏期講習は取るんだよね?」
「うん。数学と英語と古文」
「僕も同じの取ってるから、その時に会えるね」
嬉しそうに笑う春日に、由奈も微笑むが、心臓は落ち着かない。
(この人、ほんと……どういうつもりで言ってるんだろう)
「じゃ、またね」
春日は爽やかに言って去っていった。
由奈は振っていた手を下ろし、周りを見回す。
何人かのクラスメイトが慌てて視線を逸らした。
(あぁ……なんか、誤解されてる……)
小さくため息をつく。
ふと思い立って窓際に行くと、春日が足早に校門から出ていくのが見えた。
まっすぐ前を向き、迷いのない歩き方だった。
立ち止まる様子もなく、そのまま人の流れの中へ入っていく。
(春日くん、ほんとはあんなに歩くの速いんだ。……あの時、合わせてくれてただけなんだよね)
理由はわからないのに、胸の奥が少しだけざわついた。
春日は、今日も声をかける機会を待っていたのだろうか――
そう考えかけて、由奈はその思考を打ち消した。
――これ以上考えるのは、ろくなことにならない。
(あ、そろそろ行かなきゃ)
時計を見て鞄を手に取り、待ち合わせ場所の校門へと向かった。




