第25話-C 高校1年生 ~「王子」と歩く~
由奈は、春日の後ろをついて教室を出た。
廊下に出ても、そのまま少し距離を空けて、春日の後ろを歩く。
(これなら、一緒に帰ってるように見えない……かも)
――こんなに目立つ、多くの女子が狙っている男子と並んで歩くなんて。
由奈は、周囲の視線を意識して、わざと歩く速度を落とした。
(絶対、注目される。しかも、釣り合ってないって思われるに決まってる)
すると、春日がふと後ろを振り返り、戻る形で由奈の方へ歩み寄ってきた。
「あ、ごめん。早かった?」
そう言って、自然に由奈の隣に並ぶ。
「えっ、そんなことないよ。ごめんね、気を遣わせて」
由奈は慌てて答えた。
(並ばないようにしてたのに……)
「あ、この学校新聞の記事、見た?」
春日の腕が由奈の頭の上を通り、背中側の掲示板を指す。
「え?」
つられるように振り返ると、掲示板に貼られた学校新聞が目に入った。
「これ、結構面白かったんだよ。佐山さんも興味あるかなって思って」
屈託なく笑う春日の声に、由奈の心臓が跳ねる。
思わず俯いた。
廊下には、まだ多くの生徒がいる。
それでも春日は気にした様子もなく、記事を指しながら話し続けている。
(ちょっと……視線が気になるんですけど)
胸の奥が、そわそわと落ち着かない。
しばらく新聞を眺めてから、春日はまた歩き出した。
今度は、はっきりと由奈の歩調に合わせている。
途中で掲示物に足を止め、そのたびに声をかけてくる。
由奈も自然と足を止め、並んで眺める。
どう見ても、「一緒に帰っている」距離だった。
ふと、由奈は隣を歩く春日の顔を見上げてしまう。
長身の春日の顔立ちは、下から見ても整っていた。
――はっとして、すぐに視線を落とす。
(つい、見上げちゃったけど……こういうのも、反感買うよね)
並んで歩いているからこそ、つい出てしまった仕草だった。
昇降口で靴を履き替え、外に出ると、むっとした熱気に包まれた。
校舎の中とは違う、夏の匂いと音が一気に押し寄せる。
春日が、「暑いね」と笑いかけてきた。
「うん、暑い」
由奈は、左手の甲を額に当て、空を見上げながら答えた。
昇降口を出てからも、由奈の気持ちは落ち着かなかった。
歩きながら、視線を巡らせると、
春日を見に来ていた女子の一人がこちらを見ているのに気づいた。
「あっ……」
思わず声が漏れる。
「え、何か言った?」
「ううん、何でもない」
(……ああいう子に誤解されると、ちょっと怖いな)
不思議そうな顔で由奈を見つめる春日は、歩調を合わせてくれている。
由奈は、小さく息を吸い、思い切って言ってみた。
「春日くん、やっぱり背が高くてかっこよくて目立つよね。
みんな、見てるの、わかるもん」
春日は一瞬きょとんとした顔をしてから、笑った。
「え、そんなことないって」
由奈は首を振る。
「あるよ。春日くんが女子と歩いてたら、みんな、気になるんだよ」
「そうなのかな。でも……佐山さんに褒めてもらえたのは、嬉しいかも」
少し照れたように微笑む春日を見て、由奈の心臓がまた跳ねる。
(……この人、こういうこと、どういうつもりで言ってるんだろう)
校門を出るまで、ずっと視線を浴びていた気がしたが、
校門を抜けると、急に周囲の気配が薄れ、由奈は小さく息を吐く。
春日は、授業やクラスの話を続けている。
由奈も相槌を打ちながら、ふと思った。
(……そろそろ、裕香ちゃんの話でもいいけど)
このままだと、本当に「一緒に帰った」ことになってしまう。
期待も勘違いもしたくない。
無意識に芽生えた小さな期待のせいで、傷ついたことがあるからだ。
“自分は、女として見られていない。
だから、男子は自分のことなんて好きにならない”
そう言い聞かせてきた考え方が、
いつの間にか癖になっていることに、由奈はまだ気づいていなかった。
春日と歩いて、十五分ほど。
二人の帰り道が分かれる場所に着く。
由奈が立ち止まると、春日も足を止めた。
(……話してたら、あっという間だった。思っていた以上に楽しかったな)
俯きがちに春日と向き合うと、
「今日はありがとう。
やっぱり、佐山さんと話すと楽しいよ」
そう言って、春日はまっすぐ由奈を見て微笑んだ。
言われたこと自体は、素直に嬉しい。
「……そうかな。ありがとう」
由奈は、春日を見上げてそう言った。
「あっという間だったね。
また、一緒に歩けるといいな」
由奈は思わず目を見開いた。
(え、それって……)
言葉が出てこなくて、少し間が空く。
「……うん」
それだけ言って、由奈は小さく微笑み、手を振った。
「気を付けて」
「また、明日ね」
駅へ向かう春日の背中を見送ってから、由奈は少し早足で歩き出す。
春日の言葉が、何度も頭の中を巡る。
あんなに目立つ子に声をかけてもらったのは嬉しい。
でも、どう受け取っていいのかは、まだわからない。
今日は金曜日。
週明け、裕香に何と言われるかは、だいたい想像がつく。
期待も勘違いもする気はない。
けれど、こんなことを学校の友達と話せるのは、悪くない経験だ。
由奈は、そう思うことにした。




