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第24話 高校1年生 ~夏休みまで、あと十日~

テストが終わり、教室の空気は少しずつ、夏休みを目前にした落ち着かなさを帯び始めていた。


仲良くなった女子同士で、気になる異性のことや恋愛の話をして過ごす時間も、自然と増えてきている。


裕香は、放課後になると、数学の先生にちょくちょく質問に行っていた。

その時のことを、裕香はいつも少し照れたように、でも嬉しそうに話してくれる。


今日も、職員室に行っているようだ。


由奈は、クラスの中で、裕香ともっと近づきたいと思っている男子が何人かいることにも気づいていた。


裕香は綺麗で、性格も穏やかだ。

そう思われるのは、自然なことだろう。


由奈は、クラスメイトの佳菜子と並んで窓際に立ち、外を眺めていた。

すると、佳菜子が急に由奈の袖を引いた。


「ほら、あの先輩!」


佳菜子が気にしている、一つ上の学年の先輩が、玄関付近の照り返すアスファルトの上を歩いているのが見えた。


その隣には、由奈が中学生の頃、密かに気になっていた先輩もいる。


「あっ」


それを見て、思わず由奈の口から声が漏れる。


「え、なに?」

佳菜子が由奈の方を見る。


「ううん。

あの先輩、確かに良さそうな人だね。笑顔がいい感じ」


由奈がそう言うと、佳菜子は得意げに頷いた。


もちろん、口に出して褒めたのは、佳菜子が気に入っている先輩のことだ。


けれど、視線はつい、もう一人の方を追ってしまう。


あの先輩と話したことはない。

それでも、穏やかそうで、どこか優しい雰囲気が伝わってくる。


中学生の頃に見ていた時より、顔立ちが少し大人びた気がした。


(先輩、かっこよくなったな……。

きっと、もう彼女もいるんだろうけど)


そこまで考えて、由奈は心の中で小さく息を吐き、その思考を振り切った。


(いや、私がそんなこと考えても、仕方ないよね)


この先、話す機会が訪れるとも思えない。


もしかして――

佳菜子が意中の先輩と付き合うことになったら、あるいは……。


(せめて、ちょっとでも話せたらいいのに)


そんな淡い思いがよぎったところで、二人の先輩はそのまま通り過ぎていった。


「あーあ、行っちゃった……」

佳菜子が、少し残念そうに言う。

「先輩、毎日ここ通るといいな」


「そうだね」

由奈は、穏やかにそう返した。


しばらくして、裕香が戻ってきて、由奈たちのところに来た。

やはり、数学のノートを手にしている。


表情はどこか明るく、楽しげだ。


佳菜子の前で、数学の先生の話をすることはできないが、裕香はきっと、また後で話してくれるだろう。


由奈は、二人に向かって尋ねた。


「ねぇ、夏期講習、来るよね?」


由奈たちの学校では、夏休みに夏期講習が開講される。


「うん、私は数学取ったよ」


そう即答する裕香に、由奈はニヤニヤしそうになるのを堪えた。


(やっぱりね)


「私も数学取ったよ。由奈ちゃんは?」


「私も取ったよ。他にもいくつか」


「私も」


「じゃあ、夏休みも、学校で結構会えそうだね」


(夏休みに入っても、学校に来る日があるし……

もしかしたら、先輩にも、また会えるかもしれない)


そんなことを考えていたら、どうやら表情に出ていたらしい。


「由奈ちゃん、なんか嬉しそうだね」


佳菜子に言われて、由奈ははっとする。


ほぼ同時に、裕香が教室の後ろへ視線を向けた。


「ねぇ、あの後ろの扉のところにいる子たち、春日くん見に来てるよね」


別のクラスの女子たちが、教室の入り口付近に集まっている。


友達を訪ねてきたようにも見えるが、その視線は、明らかに教室の後ろで男子たちと笑い合っている春日に向けられていた。


「最近、あの子たち、毎日来てるよね」


佳菜子も気づいていたようだ。


「毎日かぁ……すごいね」


由奈は、ちらりと春日の方を見た。


整った顔立ち。

背が高く、清潔感もある。

そして、友達と話す時の、屈託のない笑顔。


人目を引くのも、無理はない。


「そっか。春日くん、やっぱり目立ってるよね」


「何人か、告白したっぽいよ」


「へぇ……」


由奈は、好きな相手ができたとしても、想いを言葉にする勇気なんて、持てない気がしていた。

だから、気持ちを伝えられる子たちには、素直に感心してしまう。


春日を見に来ているらしい女子たちは、夏の制服を少し着崩している。


ブラウスの胸元は広く開き、スカートも短い。

アクセサリーを身につけ、薄い化粧もしている。


自分たちの服装と比べると、ずいぶん華やかに見える。


それに、声も大きく、明るく元気な印象だ。

もっとも、それは春日の気を引きたいからなのかもしれないが。


(あれくらいの子たちが、春日くんに似合うんだろうな)


――でも、


(……私だったら、春日くんみたいな人に近づこうなんて考えないけど。

みんな、すごいな)


夏休み前のこの時期、気になっている相手との距離を、少しでも縮めようとする子が増えているのだろうか。


春日に惹かれる気持ちが、わからないわけではない。

けれど、あんな完璧な人の傍にいようなんて、考えたこともなかった。


そんなふうに思いながら視線を戻すと、ふいに窓の方を見やった春日と、目が合いそうになった。


反射的に目を逸らした先で、春日を見つめるクラスメイトの視線に気づく。

熱のこもった視線。


(あの子も……春日くんなんだ)


可憐で、愛らしい雰囲気。

男子から人気のあるタイプだ。


彼女が春日の隣に立つ姿が、自然に思い浮かぶ。


由奈は、頭の中で静かに頷いた。


(ああいう子も、春日くんにいいかも)


夏休みまで、あと十日ほど。

教室の中には、期待とそわそわした空気が、静かに満ちていた。



窓の外から差し込む光は、もう迷いなく夏のものだった。

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