第18話 中学3年生 ~受験勉強の合間に~
受験まで、あと一ヶ月足らず。
教室の窓から見える空は、やけに遠く、冷たかった。
由奈は、放課後の教室で数学の問題集に視線を落としながらも、少し集中力が切れてきて、頭の片隅ではいくつもの記憶や思いが駆け巡り始めた。
健斗のことを考える。
小学生の高学年で同じクラスになり、気づいたら、気になる存在になっていた。
見た目がよくて、明るく素直で、ぶっきらぼうな時もあるけれど、いつも笑顔で、根は優しい子。
クラスのアイドル的な存在。
彼は、多くの女子にとって、好きにならずにはいられない男子だったのだろう。
少し大人びた女子からは、子どもっぽいと思われていたし、由奈もそう思うことはあったけれど、彼を好きだと思っていた時間は、結構長かったと思う。
けれど、釣り合わないし、彼は由奈のことを女子扱いしていなかったのだろう。
じゃれ合うと楽しい子……そんな存在。
それに――
高野くんとは、高校は別々。
それは最初から、なんとなく分かっていたことだった。
勉強の得意・不得意という単純な理由だけでなく、どこか別々の方向へ歩く運命なのだと、自然に思っていた。
いや、そう思おうとしていたのかもしれない。
けれど、結果的には、そうなるのだから。
少し寂しいけれど、それでいいとも思っていた。
(太田くんと一緒に帰るところを見られても平気だった時点で、高野くんへの気持ちには、もう折り合いがついてるってこと)
小学生の頃と違って、健斗のようなかっこよくて目立つ男子にばかり目が行くのではなく、太田のような落ち着いた男子に安心感を覚える。
太田は、大人が考えることを先読みし、先生からも頼られ、勉強もできて、落ち着いている。
きっと、この先は、こういう男子がいいのかもしれない。
由奈は、太田と付き合っているとは思っていない。
けれど、誤解されても構わないと思えるくらいの相手ではある。
太田とは、同じ高校、同じコースを受けるから、妙な連帯感も感じている。
ただ、それも、今だけのものかもしれない。
──桂花とも、離れてしまうけど……
桂花は、頑なに進学校へ行くことを拒んでいた。
「私は、大学には行かないから」
そう言った桂花の表情は、どこか張りつめていた。
家庭の事情で大学に行かないという選択も、桂花なりに考えた末のものだと、由奈は理解している。
でも──我慢しているようにも見えて、気にかかってしまう。
確かに、桂花が大学受験をしたいタイプかどうかは、分からない。
桂花は、由奈が受ける高校のすぐそばにある実業高校に進むつもりだ。
その距離の近さに、ほんの少し安堵している。
帰り道で、ばったり出会うこともあるかもしれない。
完全に、離れてしまうわけではない。
そして、由奈はふと思い出す。
小学校の頃、健斗と莉乃の間に、何かがあると思っていたことを。
クラスのお似合いベストカップル伝説。
――あれは、なんだったんだろう。
あの話を覚えているのは、桂花と自分、それに晴基くらいかもしれない。
当人たちにとっては、思い出したくない記憶だろう。
(古山くんも、莉乃ちゃんを好きだったはず)
健斗の親友である彼は、二人の決裂を、どんな気持ちで見ていたのだろう。
あの後、晴基も、莉乃とあまり関わらなくなった気がする。
恐らく、あの出来事は、彼の中で何かを終わらせたのだ。
好きだった健斗に嫌なこと言われて、みんなの前で泣いてしまった莉乃の反応も理解できる。
けれど、そのせいで、健斗はしばらく針のむしろに座らされることになった。
そこまでのことだったのかは、由奈にも、よく分からない。
いずれにしても、健斗の子どもっぽさが招いたことではあるけれど。
そして、晴基も同じように感じたのなら――
親友の立場で考えたなら、莉乃への想いが分からなくなってしまった可能性もある。
(なんか、そういうところ、古山くんらしいな。高野くんの立場に立って考えてそう)
晴基も、莉乃も、由奈と同じ高校を目指している。
――莉乃ちゃんは、高校でもモテるんだろうな。
由奈は、ため息をつきながらノートを閉じた。
――私は、同じ高校でも目指しているコースが違うから、古山くんや莉乃ちゃんとは、そんなに会わなくなるかも。
(その方が、なんだか、気楽でいいかも)
「あー、ほんとにもう。こんなこと考えるの、終わり終わり」
由奈はシャーペンを握り直し、再び机に向かった。




