表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/34

第14話 中学2年生 ~そのうち終わる~

放課後の教室。

窓の外は夕暮れに染まり、冬の風が木の葉を揺らしていた。

ガラス越しに差し込む光はやわらかく、机の上を淡く照らしている。


ほとんどの生徒はすでに帰り、残っているのは数人だけ。

由奈は窓際の席で、数学のノートを広げていた。


夕焼けが窓から差し込み、教室の床を淡いオレンジに染めている。

そんな空気の中で、静かな足音が教室の入り口に響き、廊下の冷たい空気が、教室の中をかすかに揺らした。


「……あれ、由奈?」


顔を上げると、そこに健斗が立っていた。

驚いたような声に、由奈も一瞬、言葉を失う。


「……あれ、どうしたの?」


「いや、ちょっとこっちの方に用があって、たまたま覗いたら、由奈が勉強してたから」


そう言って、健斗は少し照れたように笑った。

由奈と健斗の教室は離れているので、用事がなければあまり来ない。


由奈は一瞬戸惑い、すぐに表情を整えて答えた。


「そうなんだ。私はちょっと復習中」


「由奈、勉強は順調なの?」


健斗の問いかけに、由奈は軽く肩をすくめた。


「まぁまぁね。……でも、わからないことも多いよ」


「由奈は、昔から勉強できるもんな」


「そうでもないって」


鉛筆をくるくる回しながら、由奈はちらりと健斗を見る。

まさか、今さらこんなふうに、わざわざ話しかけてくるなんて思っていなかった。


由奈は、健斗が今年の体育祭前からつい最近まで、同じクラスの女子と付き合っていたことを、桂花から聞いていた。

でも、もう別れたとか――

期間にして三ヶ月程度。


そのことを桂花から聞いた時には、由奈はすごく驚いたと同時に少し胸が重くなったが、それは表には出せなかった。

由奈にとっては、思っていたほど重くは感じなかった。

そうなれた自分に、少し安心する。


そして今、由奈はその話題に触れてみたかったが、なんとなく言い出しづらい。


「高野くんは、勉強頑張ってるの?」


健斗は眉を少しだけ上げて、軽く笑った。


「ぜーんぜん。わからないことだらけ」


「誰かと一緒にやればいいのに」


「そもそも、やりたくないんだよね。できるだけ勉強しない高校に行きたいわ」


それを聞いて、由奈は一瞬だけ目を伏せ、ぼそりと言った。


「……莉乃ちゃんは、多分、K高校だよ」


「は?」


健斗は、急に出てきた莉乃の名前に驚いたようだ。


「いや、なんでもない」


由奈は、再び小さくそう言った。

健斗の反応からしても、今は莉乃を気にしている様子はない。

莉乃の名前が出たこと自体が、健斗には不意打ちだったのだろう。


すると、由奈のクラスメイトの男子が入ってきた。


「由奈、宿題できたら、教えて」


(小学校が違っても、「由奈」って呼ぶんだな)


健斗は、無意識にその男子をじっと見た。


「あれ、ごめん、邪魔した?」


その男子は少し慌てたが、由奈は掌を顔の前で左右にひらひらと振って言った。


「ううん、全然。宿題って、これのこと?」


由奈はそう言って、プリントを男子に手渡した。


「そそ。ありがと、ちょっと見せて」


「うん」


男子はプリントを受け取り、自分の席に着いた。


(……由奈とは、ずいぶん話したり、言い合いしたり、笑い合ったな)


そんなことを思っていると、由奈が男子に声をかける。


「あ、それ、三番目は私もあんまり自信ないから」


彼は、その言葉に手を挙げて答えた。

由奈はそれを見て、かすかに笑う。


健斗はその表情を見ながら、一瞬、心がざわついた。

二人のやりとりを見ていて、今の自分は由奈の世界の枠外にいるように感じられた。


そして、由奈のクラスメイトが何人か、教室に入ってきた。

部活が終わったのかもしれない。


いつの間にか、窓の外の空は、夕焼けから鈍い群青に変わっていた。


「高野くん、ちょっと待ってると、古山くんも来るよ」


「いや、晴基には、また会いに来るよ。今日は……」


(由奈を見かけて、ちょっと話したくなって声をかけた)


浮かんだ言葉を飲み込む。


「……もう、帰るから」


健斗は、俯きながらそう言った。


「そっか。わざわざありがと」


由奈はそう言って、座ったまま小さく手を振った。


「うん。じゃあ、また」


健斗はそう言って手を振り、教室の出入り口に向かった。


由奈は、健斗の背中を見送った。

そして、再び机の上のノートに目を落とす。


(……こういうのも、もう終わりなんだろうな)


今だって、健斗と話す機会はほとんどない。

高校は、きっと別になる。

健斗とは違う道を歩む。


そこで感じたのは、寂しさと同時に湧き上がった、かすかな安堵感だった。


静かになった教室で、由奈は再びペンを走らせる。

けれど、少し集中力が足りない。


――由奈の脳裏に、夏祭りの夜がよみがえる。


「由奈も浴衣似合いそうだけどな」


あの時の健斗の声。

あれは、多分、ただの社交辞令。誰にでも言うやつ。

でも、ずっと心に残っている。


由奈は息をついて、小さくつぶやいた。


「ほんと、そのうち、終わるんだから」


その言葉は、誰に向けたわけでもなく、ただ、夕焼けの中に溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ