妹の独占、友の焦燥
サッカー部の練習が終わり、夕焼けに染まるグラウンド。
遼が片付けをしていると、背後から声がかかった。
「お疲れさま、遼さん!」
彩花だった。部活帰りの姿のまま、駆け寄ってきて、タオルを差し出す。
「これ……汗拭いてください」
「ありがとう、彩花。気が利くな」
その一言に、彩花の胸は熱くなる。
(もっと……もっと近くに行きたい。妹だからじゃなく、私を見てほしい)
---- 校門の近く
陽菜は帰り支度を済ませ、遼を待っていた。
「遼さん!」
声をかけた瞬間、心臓が早鐘を打つ。
「今日のシュート、すごくきれいでした。思わず拍手しちゃいました」
「本当か? ありがとう」
遼の笑顔に、陽菜は小さく拳を握りしめる。
(私だって、ただ見ているだけじゃなくて、遼さんに気づいてもらいたい)
---- 二人の焦り
彩花と陽菜は互いに遼の近くにいることを知っていた。
美咲が「兄妹だからこその特別さ」を誇らしげに語るのを聞いて、二人の胸に芽生えたのは――焦り。
(美咲ちゃんには敵わない。でも、私は私の方法で特別になりたい)
(兄妹の距離に割り込めなくても、私だって遼さんに想われたい)
その想いが、二人を行動に駆り立てていた。
---- 夕食後のリビング
美咲は兄と並んでテレビを見ていた。
ふと兄の携帯に通知が入り、画面に「彩花」「陽菜」の名前が並ぶ。
「……兄さん、最近よく連絡してるんだね」
「ん? あぁ、文化祭の話とか、部活のこととかだな」
何気なく答える兄の横顔を見つめ、美咲の胸にざわめきが広がる。
(兄さんは、私だけの兄さん……のはずなのに)
---- 遼の胸中
机に向かう遼は、彩花や陽菜が自分に向けている視線に気づき始めていた。
だが、どう応えればいいのか分からない。
(俺は平穏でいたいだけなのに……みんなの気持ちが、重くなっていく)
深いため息を吐きながら、窓の外の夜空を見上げる。
その瞳に映るのは、複雑に絡まり合う少女たちの想いだった。
---- 教室のざわめき
ある日の昼休み。
美咲の耳に、友達たちの会話が飛び込んできた。
「ねぇ、聞いた? 彩花ちゃん、この前斉藤先輩と一緒に帰ってたんだって!」
「え、本当!? やっぱりお似合いだよねぇ」
「陽菜ちゃんもよく練習見に行ってるでしょ? 先輩、どっちを選ぶのかな~」
美咲は手にしていたお箸を止め、唇を噛んだ。
(……兄さんは、私の兄さんなのに。どうしてそんな風に言うの?)
---- 放課後の影
下校時。
美咲は廊下から兄の姿を見かけた。
隣には彩花がいて、何か楽しそうに話している。
さらに少し離れたところには、陽菜もいて二人の様子をじっと見ていた。
その光景を見ただけで、美咲の胸はざわつき、不安が押し寄せた。
(……兄さんを取られちゃう)
心の奥で、小さな声がそう叫んでいた。
---- 家での時間
その夜、夕食を終えたリビング。
兄がソファで雑誌を読んでいる姿を見つめながら、美咲は勇気を出して声をかけた。
「ねぇ、兄さん」
「ん?」
「最近……彩花ちゃんとか陽菜ちゃんと仲いいよね」
遼は顔を上げ、少し驚いたように笑った。
「仲いいっていうか、普通に話してるだけだよ。美咲の友達でもあるし」
その答えに、美咲は胸がきゅっと締め付けられた。
「……でも、兄さんは私の兄さんだから」
小さな声でそう呟き、俯いてしまう。
「美咲……」
遼は妹の肩に手を置き、優しく言った。
「当たり前だろ。俺はお前の兄なんだ。そこは変わらない」
その言葉に、美咲は少し安心した。
けれど同時に、兄の優しさが二人にも向けられていることを知っている。
(兄さんを誰にも渡したくない……)
それが、美咲をさらに苦しめていた。
---- 朝の登校
翌朝。
美咲はいつもより早く支度を済ませ、兄の部屋の前で待っていた。
「兄さん、一緒に行こ!」
驚いた顔をした遼は苦笑しながら頷く。
校門をくぐると、すぐに視線が集まった。
「え、斉藤先輩と妹ちゃんじゃない?」
「やっぱり仲良いよなぁ」
周囲のざわめきに、美咲の胸は誇らしさでいっぱいになった。
(みんな見てる。兄さんの隣にいられるのは私だけ)
---- 教室前で
一年生の教室の前に着いた時、彩花と陽菜がちょうど廊下を歩いてきた。
二人は思わず立ち止まる。
「おはよう、遼さん」
「先輩、おはようございます」
爽やかに挨拶する二人。
だが、美咲は兄の腕を軽く引き、先に教室へ促した。
「兄さん、行こ」
「お、おう」
その様子を見た彩花と陽菜の胸に、小さな焦りが芽生えた。
---- 昼休みの作戦
昼休み。
美咲は兄の教室にまで弁当を持っていった。
「兄さん、一緒に食べよ!」
教室中がざわつく。
「妹が弁当持ってきたのか?」
「仲良すぎでしょ……」
遼は困ったように笑いながらも、美咲の隣に座って昼食をとった。
周囲の視線が気になる中、美咲は満足げに微笑む。
(こうしていれば、誰にも兄さんを取られない)
---- 放課後の校庭
放課後。
彩花は勇気を出して遼に声をかけた。
「遼さん、今日もお疲れさまでした。少し一緒に歩きませんか?」
だが、その横に美咲が割り込む。
「兄さん、先に帰ろう? 疲れてるんだから」
陽菜も言葉を探したが、うまく言えずに俯いた。
三人の間に漂う空気は、少しずつ張り詰めていった。
---- 遼の戸惑い
家に帰ると、遼は深いため息をついた。
「美咲……今日はずっと一緒だったな」
「だって、兄さんは私の兄さんだから」
無邪気な笑顔。
だが遼の胸には複雑な重みが残る。