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妹だけが知る横顔

高校2年生になってからしばらく経ち、斉藤遼の背はさらに伸び、より大人びた体格を備えていた。

引き締まった肩、長い手足、整った顔立ち。

ただ廊下を歩くだけで、女子生徒たちの視線を引き寄せる。


「……あれ、斉藤先輩じゃない?」

「なんか、前より大人っぽくなってない?」


そんな声が自然と上がるほど、遼の容姿は完成されていた。


---- 妹の教室へ


その日、遼は忘れ物を届けるため、一年生の教室を訪れた。

ドアを開けた瞬間、ざわめきが広がる。


「え……だれ? あの人……」

「2年の斉藤先輩じゃない?」

「めっちゃかっこいい……」


教室の空気が一変し、女子たちが小さく息を呑む。


「美咲、これ、机に入れ忘れてただろ」

「ありがとう、兄さん!」


美咲が受け取ると、クラスメイトたちの視線が一斉に彼女へ注がれる。

遼は気づかぬまま「じゃあな」と軽く手を振り、教室を出ていった。


兄の背中が見えなくなると、教室は一気に賑やかになった。


「ちょっと! 美咲ちゃんのお兄さん、超イケメンじゃない?」

「モデルみたい……! 背高いし、顔小さいし」

「羨ましすぎる! あんなお兄ちゃん欲しい~!」


友達に囲まれた美咲は、頬を赤らめながら笑うしかなかった。

「で、でも……ただの兄さんだから」


「ただのってレベルじゃないよ!」

「一緒に家に住んでるとか、反則!」


からかうような声が飛び交い、美咲はますます顔を赤らめる。

内心では少し誇らしく、けれどどこか落ち着かない気持ちが混ざり合っていた。


(みんなが羨ましがるのも分かる。兄さんは本当にすごいんだもん)

(でも……兄さんは私の兄さんで、私だけの――)


笑顔で友達の言葉に応じながらも、美咲の胸の奥には独占欲にも似た感情が静かに灯っていた。



---- 学年を越えて


遼の名前は一年生やでも頻繁に聞かれるようになっていた。

「2年の斉藤先輩って知ってる?」

「サッカー部のエースでしょ?」

「背高いし顔立ち整ってるし……あれは憧れる」


教室や廊下でそんな会話が飛び交い、遼が姿を見せれば必ず視線が集まった。

彼自身は目立ちすぎないように振る舞っていたが、隠しようのない存在感は日に日に増していくばかりだった。


美咲のクラスでも、話題は尽きなかった。

「美咲ちゃんのお兄さん、本当に格好いいよね」

「この前、職員室の前で見かけたけど、もう大人みたいだった!」

「兄妹で一緒に暮らしてるなんて羨ましい!」


机を囲む友達の目は憧れと羨望で輝いている。

美咲は笑顔を作りながらも、どこか落ち着かなかった。


「……兄さんは、ただの兄さんだから」

そう答えるたび、友達は一斉に「絶対ただじゃない!」と笑い声を上げる。



---- 彩花と陽菜の視線


放課後。

廊下を歩く遼を、彩花と陽菜がそれぞれ別の場所から見つめていた。


(みんなが遼さんを憧れるのは当然……でも、私にとってはもっと特別)

彩花の胸に、守られた記憶が蘇る。


(他の人がどう思っても、私は練習や試合をずっと見てきた。だから私は……)

陽菜の胸には、ひたむきな決意が宿っていた。


二人の想いは、周囲の憧れとは違う確かな熱を帯びていた。




---- 美咲の揺れ


家に帰る道すがら、美咲はため息をついた。

(みんな兄さんを見て、憧れたり羨ましがったり……)

(でも、兄さんは私の兄さんなんだ。誰にも渡したくない)


誇らしさと焦燥感が入り混じり、胸の奥で複雑な感情が渦巻く。

兄を特別視する気持ちは、もう隠しきれなくなりつつあった。



---- 予想外のラブレターのお願い


昼休み、美咲は教室でノートを閉じたところで友達に呼び止められた。

「ねえ、美咲ちゃん……お願いがあるの」


差し出されたのは、可愛らしい便箋で綴られた封筒。

表には「斉藤先輩へ」と丁寧な字で書かれている。


「これ……お兄さんに渡してほしいの」

「……え?」


思わず声を詰まらせる美咲。

胸の奥にざわめきが走る。


「どうして私に……」

「だって、美咲ちゃんのお兄さんでしょ? 一番確実じゃない」

にっこり笑う友達の顔に、美咲は抵抗できず、しぶしぶ受け取った。



---- 複雑な帰り道


放課後、帰り道で美咲は兄の横に並んだ。

ポケットの中の封筒がずっしりと重い。


(渡したくない……でも、頼まれちゃったし)


意を決して取り出す。

「兄さん……これ、渡してって頼まれた」


遼は驚いた顔をし、すぐに封筒を受け取った。




---- 帰宅後


封筒を手にした遼は、しばらく黙っていた。

そして深いため息をつき、美咲に返す。


「悪いけど……断っておいてくれ」

「えっ……」

「俺はそういうの、今は受け取れない。勉強や部活に集中したいし……」


淡々とした言葉。

だがその瞳には真剣な光があった。


「……分かった」

美咲は小さく頷いた。


安堵と喜び、そしてほんの少しの罪悪感。

(やっぱり兄さんは誰のものにもならない。……でも、友達に何て言おう)


兄を独占したい気持ちと、友達を裏切るような気持ち。

その二つが胸の中でせめぎ合い、美咲は複雑な表情で空を見上げた。


---- 翌日の教室


美咲は放課後の教室で、友達に呼び止められた。

「ねぇ、美咲ちゃん。渡してくれた?」


胸がぎゅっと締めつけられる。

ポケットに手を入れても、そこにはもう封筒はない。

兄の言葉がよみがえる。


――悪いけど……断っておいてくれ。


「……渡したよ」

「それで、なんて?」


美咲は視線を逸らしながら、勇気を振り絞って告げた。


「ごめん、って……。今は受け取れないって」




---- 揺れる心


友達の表情が一瞬曇り、けれどすぐに苦笑した。

「そっか……斉藤先輩なら、そう言いそうだよね」

「……うん」


その声を聞いた瞬間、美咲の胸には安堵が広がった。

同時に、申し訳なさと――抑えきれない喜びも。


(兄さんはやっぱり、誰のものにもならない。私の兄さんでいてくれる……)




---- 廊下で


教室を出た美咲は、廊下の窓辺で一人立ち止まった。

夕焼けに染まる校庭を見下ろしながら、心の中でつぶやく。


(本当は……渡すのさえ嫌だった。友達の気持ちを知っても、私は兄さんを誰にも譲りたくない)


頬が熱くなる。

それはただの妹としての感情ではないと、美咲自身がうすうす気づいていた。




---- 遼の横顔


帰り道。

美咲は隣を歩く兄の横顔を見つめる。

「……ちゃんと伝えたよ」

「そうか。ありがとな」


遼はいつものように優しい声で礼を言う。

その何気ない一言が、美咲にとって何よりの報酬だった。


(私だけが、兄さんに頼まれて、兄さんの気持ちを知ってる……)


その特別さに、彼女は小さな誇らしさを覚えていた。



----日曜の朝



窓から差し込む陽光が部屋を満たし、静かな時間が流れていた。

遼はリビングのソファに腰掛け、雑誌を手にしていた。


普段の制服姿やジャージ姿とは違い、休日の私服。

シンプルなシャツとジーンズなのに、そのシルエットは大人びていて整っている。

すらりと伸びた長身、均整の取れた肩幅、洗練された顔立ち。

何よりも、自然と滲み出る落ち着きと清潔感が、同年代とは思えない雰囲気を漂わせていた。


美咲はその姿を、じっと見つめていた。



(……兄さん、やっぱり完成されすぎてる)

背筋を伸ばして座るだけで画になる。

髪をかき上げる仕草さえ、どこか大人びていて。


見ていると、ふと胸がざわつき、言葉がこぼれた。


「……ねぇ、兄さん」

「ん?」

「ちょっとは自覚してよ」

「自覚?」


美咲は頬を膨らませながら、思い切って言った。


「兄さんがそんな見た目だから、また私がラブレター渡さなきゃいけなくなるんだよ!」


思わず声が大きくなる。

遼はぽかんとし、すぐに苦笑した。


「……見た目はどうしようもないだろ」

「でも結局、兄さんの友達でもない子からお願いされるのは、私なんだから!」


ふくれっ面の妹に、遼は肩をすくめる。

「悪いな。迷惑かけてるな」

「ほんとにもう……」


そう言いながらも、美咲は心の奥で少しだけ嬉しかった。

自分が唯一、兄のそんな話を知り、間に立てる存在であること。

その特別さを感じると、不満の裏に甘やかな誇らしさが混じっていた。


「……でも、誰かに頼まれたら、また俺にちゃんと教えてくれよ」

「分かってるよ」


遼の優しい笑みに、美咲は胸がくすぐったくなった。

文句を言いながらも、その笑顔を独り占めできる時間は、彼女にとって何よりの宝物だった。


---- 月曜の朝


週明けの教室は、まだ休日の余韻を残してざわついていた。

一年生の教室に入った美咲の耳には、やはり「斉藤先輩」の名前が飛び交っている。


「昨日、駅前で見かけたよ! 背が高くて、すぐ分かった!」

「ほんと? ずるい~!」

「ねぇ、美咲ちゃん、いいなぁ。家に帰ったら毎日あの人がいるんでしょ?」


友達の無邪気な声に、美咲は苦笑するしかなかった。

(……だから嫌なんだよ。兄さんが格好よすぎて、私ばっかり羨ましがられて……)


少し誇らしくて、でも胸の奥がむず痒くなる。

その矛盾を抱えたまま、美咲は机に座った。

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