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ep.57 ひよりの涙と家へのお誘い

---- 夕暮れの校舎前


冬の空気は少し冷たく、吐く息が白く揺れる。

ひよりは、買い出しが中止になったあとの空虚さを胸に抱えたまま、遼の横を歩いていた。

「ひより」

遼が柔らかい声で呼びかける。

「今日は一緒に帰ろうか」

ひよりは目を瞬かせ、ほんの一瞬だけ胸が温かくなる。

「うん……」

その声はかすかに震えていたが、表情は努めて明るく見せた。


校門を抜けようとしたそのとき、正面から見慣れた二人が立ちふさがった。

美琴と美優――双子が、冷たい風をものともせず、笑顔を浮かべて遼に近づいてくる。


「遼くん!」

「ねぇ、日曜日に遊園地に行こうよ!」

二人の声は軽やかだが、どこか勝ち誇った響きが混じっていた。

「聞いちゃったんだ。買い出し、中止になったってことでしょ?」

美琴が一歩前に出て、甘えるような声で言う。


ひよりの胸が、鋭く刺すような痛みに満ちる。

気がつけば、唇が勝手に動いていた。

「……ひょっとして、貴方たちが何かしたの!? 先生に何か言ったとか、変な噂を広めたとか……!」


その瞬間、双子は同時に目を丸くし、しかしすぐに肩をすくめて笑った。

「え? 私たちが? そんなことするわけないじゃない」

「遼くんは信じてくれるよね?」


二人の視線が、真っ直ぐ遼に注がれる。

遼は、ひよりと双子の間に視線を行き来させ、深く息を吸った。

「そうだな」

一瞬、双子の顔に希望の光が差す。


「二人がやってないと言うなら、本当に何もやってないんだろう」

遼の声は落ち着いていて、疑う色を見せなかった。


「やった!」

双子は同時に小さくガッツポーズをして、笑顔を見せた。

「やっぱり遼くんは分かってくれるんだね」


だが、その笑顔はすぐに凍りつく。

遼が、淡々と、しかしはっきりと続けたからだ。


「ただ――日曜日は、ひよりの買い物に付き合う約束を先にしていたんだ」

「えっ……」

双子が同時に声を漏らす。


「買い出し自体はなくなったけど、ひよりとは先に予定を立てていたからね」

遼はその言葉を柔らかい微笑みで締めくくった。

その瞬間、双子の表情にショックと動揺が混じる。


ひよりは横で、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

(……遼くん……私を選んでくれたんだ……)


遼の横顔はいつもと同じ穏やかさを保っていたが、その目の奥には「誰も不当に疑わない」という揺るぎない意志が光っていた。


---- 夕暮れの街


朱色に染まる空の下、ひよりと遼は二人で並んで歩いていた。

さっきまでの校舎前の緊張感とは対照的に、商店街に差し掛かると人通りが増え、冬の匂いが漂う。

しかし、ひよりの心は決して穏やかではなかった。

遼の隣を歩きながら、胸の奥ではいろんな感情がうずまいている。


(……噂のこと、双子のこと……私、どうすればいいんだろう)

遼が信じてくれた。それが何より嬉しかったのに、同時に強烈な罪悪感にも似た気持ちが湧いてくる。

自分が選ばれたような形になってしまったことへの不安、双子の怒りの視線、そして……孤独。


小さく肩を震わせながら歩いていると、岐路に差し掛かった。

ここから先は、それぞれの家に向かう道だ。

遼がふと足を止め、ひよりの顔を覗き込む。


「……ひより、大丈夫か?」

その声は、あまりにも優しかった。

ひよりは、はっとして顔を上げる。

「えっ……あ、うん……」


しかし、返事は震えていた。

胸の奥から次々にあふれてくる感情に、もう抑えがきかない。

(……一人になりたくない。今、ひとりぼっちになったら、絶対泣いちゃう)


気がつけば、ひよりの目に涙が滲んでいた。

「……ね、遼くん」

ひよりは唇を噛み、勇気を振り絞るように言った。

「私の家に……来ない?」


遼が驚いたように目を瞬く。

「え……ひよりの家?」


ひよりは慌てて言葉を繋いだ。

「ち、違うの、変な意味じゃなくて……! クリスマス会の料理、ほら、献立の練習。実際に作ってみたいし、間に合うか不安で……」

息を整えながら、必死に理由を並べる。

「作ったら、そのまま夕食にして……一緒に食べられたらって……! 私の家族も、遼くんが来てくれたらすごく喜ぶと思うの……!」


その言葉の最後には、声が掠れていた。

ひよりは自分でもわかるくらい、半分泣き顔になっていた。


遼はそんなひよりをしばらく見つめ、やがて柔らかく微笑んだ。

「……わかったよ」

その声は、ひよりの胸をそっと包み込むようだった。

「じゃあ、お邪魔しようかな。献立の練習もできるし、ひよりの家族にも挨拶できるし」


「……ほんと?」

ひよりの目が、ぱっと明るくなる。

「うん、ほんとだ」

遼は頷きながら笑った。


ひよりは胸の奥で、何かが温かく膨らむのを感じた。

(遼くんが、私の家に……来てくれる)

(いま、この瞬間、私一人じゃないんだ……)


---- その時


少し離れた場所の植え込みの影に、双子の姿があった。

二人はスマホを構え、その場面をしっかりと録画している。

画面には、泣きそうな顔で遼を誘うひより、そして頷く遼の姿が映っていた。


美琴が小さく呟く。

「見た? 泣いて、あざとく誘って……しかも家になんて……」

美優は唇を噛み、画面を握りしめた。

「女の武器を使うってこういうこと。 あの子、やっぱり私たちの遼くんを奪う気だ…… でも、ちゃんと録画した」


二人の瞳には、静かな怒りが宿っていた。

冬の冷たい風が吹き抜けても、その熱は消えなかった。

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