表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/22

独り占めの願い

サッカー部の練習が始まると、グラウンドの端に見慣れた姿があった。

――村瀬陽菜。



「また来てるな」

仲間の部員が小声で笑う。

遼は軽く手を振って誤魔化した。



彼女は決して騒がず、ただベンチに座りノートを膝に置きながら、じっと遼の姿を追っていた。

ボールを蹴る音、チームメイトの掛け声。

そのすべてが彼女にとっては「遼の世界」を覗く時間だった。



陽菜は気づいていた。

遼が練習中、常に全力を出しているわけではないことを。

他の選手を引き立てるように動き、チーム全体を支えている姿。

彼が本気を隠していることを、ほんの少しだけ察していた。


(どうして……? 本気を出せば、もっと輝けるのに)


そんな違和感が、さらに遼を気になる想いを強めていた。



---- チームメイトの噂



「なあ、あの子、遼のファンなんじゃない?」

「練習ごとに来るって、すごいな」



部員たちが半ば茶化すように話す。

遼は苦笑しつつも否定はしなかった。

陽菜の真剣な眼差しを知っているからこそ、軽々しく言葉にできなかったのだ。




---- 練習後



帰り支度をしていると、陽菜がそっと近づいてきた。

「今日も、お疲れさまでした」

「ありがとう。毎回見に来てくれてるな」

「……迷惑ですか?」

不安げに尋ねるその声に、遼は首を横に振った。



「そんなことない。応援してもらえるのは、やっぱり嬉しいから」



一瞬、陽菜の表情がぱっと明るくなり、その頬は夕焼けのように染まった。





---- 美咲の視線



帰宅後、美咲は兄に問いかける。

「兄さん、最近よく陽菜ちゃんが部活見に来てるよね」

「……そうだな」

「……ふーん」



その短い返事には、ほんのわずかな棘が含まれていた。

妹にとって、兄を特別に思う気持ちは変わらない。

そこに「友達」という存在が踏み込んでくることに、複雑な感情を抱かずにはいられなかった。



---- ある日曜日の午後



遼が家で参考書を開いていると、玄関から賑やかな声が聞こえた。



「お邪魔します!」



リビングを覗くと、美咲と陽菜、そして彩花が並んで座っていた。

三人で宿題をしようと約束したらしい。



「兄さん、数学ちょっと教えて」

美咲が声をかけると、遼は笑いながら席に着いた。



「……ありがとうございます、遼さん」

彩花が少し照れくさそうに礼を言い、陽菜も眼鏡の奥で静かに頷く。



その場の空気は和やかに見えた。

だが、三人の胸の内にはそれぞれ違う感情が芽生えていた。



---- 彩花の胸のざわめき



遼が陽菜に解き方を説明している。

「ここはこうやって考えると分かりやすい」

「なるほど……!」

陽菜が感嘆の声を上げる。



そのやりとりを見つめながら、彩花の心が揺れていた。

(遼さんは、私にだっていつも優しい。でも……陽菜ちゃんを見る目が、少し違う気がする)



自分だけの特別だと思っていた存在を、友達と共有するような不思議な感覚。

胸の奥で、まだ言葉にならない小さな棘が生まれていた。



---- 美咲の複雑な気持ち



一方で、美咲も気づいていた。

彩花と陽菜、二人とも兄に惹かれていることを。



(兄さんは私の兄さん。誰にも取られたくない)



そんな気持ちを抱えながらも、妹としての立場では強く言えない。

友達を大切に思う心と、兄を独占したい心がせめぎ合い、彼女の胸を締め付けていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ