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ep.21 安心の呪縛

ある日の夕暮れの校門。

今日も例のように双子の姿があった。だが、そこに美咲の姿はなかった。


「……美咲は?」

遼がそう尋ねると、美優が小さく微笑んで答える。


「今日は掃除当番だよ。だからしばらく帰れないみたい」


「そう……」

遼は小さく頷いた。


その瞬間、美琴が一歩前に出て、少し遠慮がちに口を開いた。

「ねえ、遼くん。ほんの少しだけでいいから……私たちと話してくれない?」


しばしの沈黙の後、遼は頷いた。

「少しだけなら」


それを合図に、双子は嬉しそうに顔を見合わせた。

そして――世間話が始まる。


「遼くんはどんな食べ物が好き?」

「俺か? そうだな……昔から和食が好きだな。特に味噌汁は落ち着く」


「へぇ……! 実は私たちも、小さいころからお味噌汁が大好きでね。美琴はお母さんが作ってくれるナスと油揚げの味噌汁が一番好きなの」

「私はじゃがいもと玉ねぎ! 甘くて優しい味がするから」


嬉しそうに語る双子の顔に、遼も思わず微笑む。


「なるほどな。……なんだか、君たちの家庭の温かさが伝わってくるな。俺もスポーツをしていたからご飯を食べるのは好きなんだ。」


双子は嬉しそうに笑みを返した。


「遼くんはスポーツも得意そうだね!そういえばね、私たち、小学校の時に運動会のリレーでも同じチームだったんだよ」

美琴が楽しげに話を続ける。


「うんうん。でもバトンを渡すとき、私が転んじゃって……」

美優が頬を赤らめながら言うと、美琴がすかさず笑いながら補足する。


「その瞬間、私が必死で助け起こしたの。二人で泣きながら最後まで走ったんだよね」


「結果はビリだったけど……あの時、お互いに励ましあったり、応援してくれた友達がいて、すごく救われたんだ」


その話に、遼は堪えきれず笑い声を漏らす。

「はは……なんだか、目に浮かぶな。君たち、昔から本当に仲がいいんだな」


双子は同時に頷き、どこか誇らしげな表情を浮かべた。


「そうなの。何があっても二人一緒。それが私たちだから」


ひとしきり笑い合ったあと、美優が真剣な顔で切り出した。


「遼くん……もしよかったら、今度私たちの家に来てほしいの」


美琴も続ける。

「お父さんも、ずっと心配してるの。……あの時のことがあったから」


遼の表情が曇る。

(……美咲のことを考えると、簡単に頷ける話じゃない)


「でも、美咲が心配だから。今は――」


そう口にしかけたとき、美琴の瞳が鋭く揺れた。

「やっぱり……美咲さんは、お兄さんにとって困った存在なんだね」


その言葉が空気を凍らせた瞬間。

背後から足音が響き、かすかな震え声が校門に届いた。


「……兄さん」


振り向くと、そこには美咲がいた。

潤んだ瞳から涙がこぼれそうになりながら、必死に兄を見つめている。


(……聞いていたのか)

遼の胸に重い衝撃が走った。


美咲は小さく首を振り、震える声で絞り出す。

「兄さん……早く帰ろう」


その言葉とともに、彼女は兄の腕を強く掴んだ。

鋭い力で引かれ、遼は一瞬ためらう間もなく歩き出す。


振り返れば、双子が立ち尽くしている。

その瞳には悔しさと、消えぬ決意が燃えていた。


夕暮れの帰路――遼は妹の涙の温もりを腕に感じながら、ただ重苦しい沈黙の中を歩いていった。


---- 帰宅後


家に戻ると、美咲は靴を乱暴に脱ぎ捨てるようにして、真っ直ぐリビングへ向かった。

遼も後を追うが、妹はソファに腰を下ろしたまま、ずっと俯いて動かない。


部屋の中に流れるのは時計の秒針の音だけ。

やがて、震える声がその静寂を破った。


「……兄さんにとって、私は困った存在なの?」


その言葉に、遼は一瞬、心臓を掴まれたような感覚を覚えた。

――やはり、あの言葉を聞いていたのだ。


ソファの端に座り直し、妹の方を向く。

「……そんなことはない」


美咲は顔を上げる。瞳は涙に濡れ、必死に答えを求めていた。


遼は真っ直ぐに言葉を重ねる。

「お前は俺にとって大切な存在だ。」


安堵と不安


その一言に、美咲の目が大きく見開かれる。

次の瞬間、彼女の頬を涙が伝った。


「……ほんと?」

か細い声が震えながらも、縋るように問いかける。


遼は頷いた。

「ああ。今までだって、ずっと美咲のそばにいただろ?」


静かに、しかし確かに届くように言葉を重ねる。


その言葉に、美咲は震えるように口を開いた。

「……今まで?」


涙に濡れた瞳が、切実に兄を映す。

「これからも……? 兄さんは、これからもずっと、私の側にいてくれるの?」


声は震え、掠れていた。

まるで答えを聞く前から怖がっている子供のようだった。


遼は真っ直ぐにその瞳を見つめ返す。

「……ああ。安心してくれ。これからも、俺は美咲のそばにいる」


その瞬間、美咲の表情が揺れた。

怒りも、不安も、涙も入り混じり、最後には壊れそうな笑みへと変わった。


「……ほんとに?」

「本当だ」


確認するように何度も問う美咲に、遼は同じ答えを繰り返した。


やがて、美咲は兄の胸に顔を埋め、小さく笑った。

それは不安定で歪んだ笑みだったが、本人にとっては紛れもなく安堵の証だった。


「兄さん……やっぱり、私のことを一番に考えてくれてるんだね。嬉しい……」


遼は妹の髪を撫でながら、胸の奥で重苦しい影を感じていた。


---- その日の夜


部屋の灯りを落とそうとしたとき、美咲が小さな湯呑を両手で抱えてやって来た。


「兄さん、これ……」

差し出されたのは、ほのかに湯気を立てる白湯だった。


「寝る前に飲むと、よく眠れるんだよ。体も温まるし、安心できるから」


その言葉に、遼は一瞬だけ首を傾げた。

(……白湯、か)

だが、美咲の微笑みはあまりに無垢で、疑う余地を与えなかった。


「ありがとう」

湯呑を受け取り、口に含む。

温かな液体が喉を伝い、体の奥へと沁みわたっていく。


自室のベッドに横たわって数十分。

妙に瞼が重い。


(……なんだ、これは……)


次第に意識が霞み、思考はぼんやりと途切れがちになる。

体は鉛のように重く、まるで深い霧に包まれるかのように抗えない眠気が押し寄せてくる。


(……美咲……お前……)


最後に浮かんだのは、妹の微笑みだった。

優しげで、けれどどこか不安定な光を帯びた笑顔。


やがて、遼の意識は音もなく闇に沈んだ。

呼吸は穏やかに、寝息だけが静かな部屋に響く。


その傍らで、美咲は兄の寝顔を覗き込み、安心したように小さく呟いた。


「……これで大丈夫。兄さんは、私の隣でずっと眠れる。ね。これで安心できるよ……」


月明かりが差し込む部屋に、二人だけの世界が閉ざされていく。

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