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パトカーと双子の祈り

夜、ホテルの窓から外を眺めていた遼は、見慣れない赤い光に気づいた。

街路に停まっているのは――パトカー。

その傍らには、先日の双子の少女、美優と美琴の姿があった。


二人は不安げに辺りを見回し、警察官と何かを話している。

遼の胸に緊張が走った。

(……やはり、彼女たちが警察に相談したんだな)


振り返ると、美咲はベッドの上で安らかな寝息を立てていた。

その姿は無邪気で、外の動きなど知る由もない。


(……美咲に見せるわけにはいかない)


遼はそっとコートを羽織り、音を立てないように部屋を出た。

廊下を抜け、非常階段を降りてホテルの外へ。


「……お兄さん!」

美優と美琴が同時に声を上げた。

その顔には安堵が浮かんでいる。


警察官が一歩前に出た。

「君が……」

だが遼は手を上げ、静かに口を開いた。


「まず、誤解を解きたい。俺と妹は――ただ、事情があって一時的にここで暮らしているだけだ」


遼は淡々と語った。

・妹が過度に人間関係を怖がり、外に出られなくなったこと。

・少しの間、二人きりで落ち着ける場所を探していたこと。

・学校や家庭を完全に捨てたわけではないこと。


「妹は……極端なまでに俺に依存している。けれど、無理に引き離せば壊れてしまう。だから、一時的にこうしているんです」


その声には疲労と誠実さが滲んでいた。


説明を聞いた美優と美琴は、複雑そうに互いを見つめた。

「やっぱり……あの子、おかしいくらいにお兄さんに執着してた」

「でも……お兄さんは逃げてない。ちゃんと妹さんを守ろうとしてる」


父である警察官は厳しい眼差しを遼に向けた。

「一時的だとしても、未成年の家出は看過できない」


遼は頷いた。

「分かっています。ただ……今は妹に余計な刺激を与えないでほしい。俺が必ず責任を取る」


しばし沈黙の後、警察官は小さく息を吐いた。

「……わかった。今夜は何もせん。ただし、このままでは済まないぞ」


美優と美琴は心配そうに遼を見つめ、声を揃えて言った。

「私たちも……力になりたいです」


遼は微かに微笑み、首を振った。

「ありがとう。でも、妹には何も言わないでくれ。彼女のためなんだ」


ホテルの部屋に戻ると、美咲はまだ眠っていた。

小さな寝息を聞きながら、遼は窓辺に立ち、遠ざかるパトカーの赤い光を見送った。


(……時間を稼げた。でも、もう長くは持たない)


心に重い影を抱えながら、遼は眠れぬ夜を過ごすのだった。


---- それから数日後の夜


遼がいつものように、眠りについている美咲の寝顔を確認してから廊下へ出ると、ホテルの外に二つの小さな影があった。

街灯の下で立ち尽くしていたのは、美優と美琴。双子の少女は、遼を見つけると小さく手を振った。


「……また来てしまいました」

「ごめんなさい。でも、どうしても気になって」


遼は一瞬ため息をつき、それでも彼女たちを責めることはできなかった。


「このままじゃ……お兄さんが潰れてしまうんじゃないかって思うんです」

「妹さんに強く縛られて……それを全部抱え込んでるように見える」


双子の瞳は真剣で、怯えや遠慮はなかった。

遼は苦笑し、視線を落とす。


「確かに、俺は困っている。けど、無理に引き離したら美咲は壊れる。だから……今は俺が支えるしかない」


「でも、支えているあなたが一番傷ついてる」

美琴の声は震えていた。


美優が一歩前に出る。

「私たち、本当にあなたを助けたいんです。あの日助けてもらった時から、ずっと思ってました」


美琴も続ける。

「あなたは自分を犠牲にしてでも妹さんを守ろうとしている。でも、それじゃああなたが……」


その言葉に遼は黙り込む。

胸の奥に鋭く突き刺さる。


「……ありがとう」

遼は小さく呟いた。

「そこまで言ってもらえるとは思わなかった」


双子は真っ直ぐに頷いた。

「あなたは、私たちを助けてくれた」

「だから今度は、私たちがあなたを助けたい」


その純粋な言葉に、遼はしばし目を閉じた。


やがて遼は静かに首を振った。

「今は……まだ、ありがとうとしか言えない。どうすればよいか俺自身もわかっていないから。でも、妹を説得してみたいとは思っている。」


それでも、双子の心のこもった言葉は、確かに遼の胸を温めていた。


「分かりました……でも、また来ます」

「絶対に諦めませんから」


二人はそう言い残し、夜の街へと戻っていった。


遼はホテルの窓辺に立ち、眠る美咲の姿を確かめながら、心の中で呟いた。

(……俺を助けたいと言ってくれる人がいる。でも、それを受け入れれば美咲は……)


矛盾と葛藤に苛まれながらも、彼は静かに拳を握った。


---- 翌朝


美咲は洗面台で顔を洗いながら、鏡に映る兄の姿をちらりと見た。

遼はノートパソコンを開いたまま、窓の外をじっと眺めている。


(……最近、兄さんの表情が少し変わった気がする)


その眼差しはどこか遠くを見ていて、自分にだけ向けられていたはずのものが少しずつ薄れているように感じた。

胸の奥にざわめきが広がり、美咲はタオルを強く握りしめる。



---- 昼下がり


「兄さん、今日は買い物に行かないで」

「でも、食材が――」

「私が行くから! 兄さんはここにいて」


強い声に遼は言葉を詰まらせ、結局頷いた。

(……美咲、やはり何か気づいてるのか)


美咲は心の中で叫んでいた。

(兄さんは私だけを見てればいい。外の世界なんて必要ないんだ)



---- 夜の双子の家で


美優と美琴は、並んでベッドに腰を下ろしていた。

窓から差し込む月明かりが部屋を淡く照らし、二人の顔を静かに浮かび上がらせている。


昼間は普通に過ごしていても、夜になるとどうしても考えてしまう。

――ホテルで暮らす、あの兄妹のことを。


「ねぇ、美琴……」

「ん?」

「私ね……あの人のことを考えると、胸が苦しくなるの」


美優は布団をぎゅっと掴み、恥ずかしそうに視線を逸らした。

「助けてくれた時の姿が、どうしても忘れられない。強くて、優しくて……でも、どこか悲しそうで」


「気づいたら……好きって気持ちに変わってる」


美琴は驚きつつも、やがて小さく笑った。

「……私も同じ」


「え……」


「強がってたけど、実はずっと考えてた。

私たちを助けてくれた姿もそうだけど……あの人が妹さんに振り回されてるのを見て、どうしても助けたいって思った。

でもそれだけじゃない。気づいたら……惹かれてた」


沈黙が落ちる。

双子は互いに見つめ合い、複雑な思いを抱え込んだ。


「でも……私たちがそんな気持ちを持ったら、妹さんをもっと追い詰めちゃうよね」

「分かってる。でも……気持ちは止められないよ」


美優は膝を抱え込み、声を震わせた。

「助けたい。でも……それ以上に、そばにいたい」

「うん……」


二人は同時に小さく頷いた。



「……じゃあ、正直に言う。私も、彼のことが好き」

「……私も」


その言葉を交わした瞬間、二人は小さな安堵の笑みを浮かべた。

けれど、その笑顔の奥にはどうしても拭えない切なさがあった。


「同じ気持ちなら……せめて、あの人を助けることだけは一緒にやろう」

「うん。まずは助けよう」


そう約束し合いながらも、二人の胸の奥には消せない熱が静かに灯り続けていた。

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