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ep.13 決死の家出

彩花と陽菜の度重なる訪問を遮り続ける中で、美咲の心はますます追い詰められていた。

扉の向こうに立つ二人の姿を思い出すだけで、胸が張り裂けそうになる。


(……やっぱり、この街は危険すぎる。兄さんを狙う人が多すぎる……)


夜、リビングで兄と並んで座っていても、胸の奥のざわめきは止まらなかった。


「兄さん……一刻も早くこの家を離れよう……」

美咲が小さく口を開く。


「この街にいる限り、兄さんはいつか奪われる。彩花も、陽菜も、他にもたくさんの女の子も……みんな兄さんを狙ってる」


遼はペンを置き、真剣に妹を見つめた。

「美咲……気にしすぎだ。俺は――」


その言葉を遮るように、美咲は言う。


「……兄さんが一緒に来てくれないなら……私は、もう死んでもいい。私、本気だよ?」


部屋の空気が一瞬で張り詰める。


「やめろ、美咲!」

遼は即座に立ち上がり、彼女の腕を掴んだ。


「何考えてるんだ! そんなこと……」


美咲の瞳には涙が溢れていた。

「だって……兄さんがいなきゃ、私には何の意味もないの……」


妹の必死な声を前に、遼は言葉を失った。

(……ここまで追い詰められてる……もう、冗談でも突き放すことはできない)


遼は静かに息を吐き、震える肩を抱きしめる。

「……わかった。わかったよ、美咲。お前を一人にはしない」


美咲は兄の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らした。


(……こんな逃避をしても意味なんてない……でも、彼女が壊れてしまう前に――)

「……分かった。一度、外に出てみよう」


---- 翌朝


二人は最低限の荷物をまとめ、家を後にした。

「兄さん、ちゃんと手をつないで」

「……あぁ」


駅へ向かう道。

朝の光の中、並んで歩く兄妹の姿は、どこか心細さと決意を帯びていた。


美咲は兄の手をぎゅっと握りしめる。

(これでやっと、兄さんを誰にも渡さずにすむ)


遼は隣を歩きながら、心の奥で小さくつぶやいた。

(……これが本当に正しいのか。けど、今は美咲を見守るしかない……)


電車が発車し、街並みがゆっくりと遠ざかっていく。

窓の外を見つめながら、美咲は小さく微笑んだ。

「これでいいんだよ。兄さん、ずっと一緒だね」


遼はその言葉に曖昧な笑みを返す。

妹の望む幸せが、果たしてどこへ導くのか――遼にも分からなかった。



---- 新しい街


兄妹が降り立ったのは、見知らぬ都市だった。

遼は駅前の小さなビジネスホテルに部屋をとった。


「とりあえず、ここで落ち着こう」

「うん……兄さんと一緒なら、それで十分」


美咲は安堵の笑顔を浮かべ、ベッドに腰を下ろした。

その姿は嬉しそうで、けれどどこか張り詰めていた。


翌日から、二人はホテル暮らしを始めた。

遼は簡単な買い物に出て、食料や生活用品を整えた。

美咲はその背にぴったり寄り添い、まるで子どもが迷子にならないように歩いた。


「兄さん、ここなら誰も兄さんを知らないよ」

「……そうだな」


本当は、慣れない土地での生活に不安があった。

だが美咲は「兄を独占できる」という事実だけで胸をいっぱいにしていた。


部屋に戻ると、遼は机にノートを広げ、美咲に勉強を教えた。

数学も英語も、学校に通うより分かりやすく丁寧に。

「兄さんの説明って、本当にすごい。学校なんて行かなくても、私全然困らない」


そう言い切る美咲に、遼は苦笑を浮かべながらもペンを走らせる。

(……美咲を落ち着かせるには、こうして支えるしかないのか)


---- 夜のホテル


ベッドに横になりながら、美咲は小さく呟いた。

「兄さんがここにいてくれるだけで、私は幸せ」

「……美咲」

「ずっと、ずっとこのままでいいよね? 兄さんがいれば、何も怖くない。こんな平穏な日々が続いてほしい」


その声は穏やかで甘美だったが、遼の胸には重く響いた。


(平穏どころか……これは逃避だ)


遼は天井を見つめ、心の中で葛藤していた。


街の灯りは小さく、静かな夜が広がっていた。

だがその静けさの中で、遼ははっきりと理解した。


――妹の「幸せ」のかたちは、現実から遠ざかるものだ。

それを受け入れ続けることは絶対に間違っている。

しかし、ここまで不安定になっている妹をどのように正せば良いのか、その答えは出ていなかった。

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