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第9話モブの覚悟


薄い霧の漂う樹海を、俺とジークラウトの二人が進む。朝日はもう上がりかけだが、陽はまだ木々の梢に遮られている。


「……なぁ、ジーくん」

「その名で呼ぶのはやめろ。ジークラウトで呼べ」

「じゃあジーク。……お前ベルディの事好きなの?」


 風がひゅう、と抜ける音。ジークラウトは足を止め、ほんのわずかに肩を揺らした。振り向いた横顔は相変わらず彫像みたいに整っているのに、耳の先がほんのり赤い。……お?図星か?


「その問いは浅い。私の想いは、そんな単純な語で括れるものではない」

「いやぁ照れちゃてぇ、可愛いねぇ」

「……今から盗賊の前に貴様を屠っても良いんだぞ」


 ぶっきらぼうに言って、ジークはまた歩き出す。いつも通り硬い調子だが、コミュニケーションはなんとか出来てるな。


「馴れ馴れしくするな野村楓。私はお前を敵視している。人間でありながら器に選ばれ、ベルディ様の側にいる。その事実が私は気に食わんのだ」

「今までの態度でお前が俺を敵視してないって思えるほどおれの頭は逝ってねえよ」

「...私のお前への印象はそれがほとんどだ」

「誰がキチガイだ!誰が!」 


 そんなやりとりをして俺は先の鬱蒼とした茂みに視線をやった。地図上では、この先の窪地が仕事の場所だ。やがて木々がまばらになり、崖の縁に出る。下は半ば崩れた古い砦。石壁の穴を板で塞ぎ、簡易のやぐらが二つ。囲いの奥には鉄の檻が積まれ、薪をくべる臭いと、煮え立つ油の匂いが鼻を刺した。そして──その先には、耳が見えた。檻の隅で縮こまる小さな影。灰色の毛並みの獣耳が震えている。鎖の擦れる音、喚き散らす男の怒鳴り声。殴られる乾いた音が響き、少女が短く悲鳴を上げた。胸の奥で、何かが音を立てる。


 ――「耳や尻尾が生えているだけで、異形と蔑み、奴隷とした」。ジークラウトが話した事が頭をよぎる。魔王が人間を支配しようとした理由。悪意を押さえつけられるのは力しかない、という話。正義だなんて言い切れない。それでも、こういう光景を前にしてしまったら...


 握った拳がじんじん熱い。炎創りたがってる。俺の炎だって、こんな時に使わねぇでいつ使う。


「突入は二手に分かれる。私が正面、騒ぎを引き受ける。お前は左のやぐらを落とし、檻の鍵に向かえ」

「了解。……ジーク、頼む」

「任務を遂行する。それだけだ」


 短い作戦会議はそれで終わり。息を合わせ、崖下へと飛び込む。




「――ブレイズショット」


 俺は走りながら左やぐらへ連射。炎の矢が杭縄を焼き切り、見張りの男が慌てた隙に回り込む。男の棍棒が振り下ろされる。やべ。とっさに地面を蹴り、身体を捻る。ドスッ。棍棒が土を抉り、カウンターで掌に集めた火を打ち込む。

「フレイムパーム!」

手甲みたいに纏わせた火が男の胸を押し飛ばした。


「ぐぁっ!」


 男は呻いて倒れる。燃え移らない程度に魔力を絞ったから致命傷ではない。……甘いのは自覚してる。でも今は倒せればいい。

背後では、鉄が唸る音。ジークラウトの剣だ。吸い込まれるみたいな静かな踏み込みから、最短の軌跡で刃が走る。血しぶきは最小限。声を上げる暇も与えず、次へ、次へ。やぐらの階段を駆け上がる。上の弓持ちを蹴り落とし、見張り鈴を火花で焼き切る。視界の端、檻の前で亜人の少女が震えていた。痣だらけの細い腕。肩に付いた乾いた泥。俺と目が合うと、びくりと縮こまって耳を畳む。大丈夫、大丈夫だから──声が出なかった。喉が詰まる。

鍵束を探して走ると、樽の陰から男が飛び出した。刃物。近い、まずい。


「ファイアボルト!」


 衝動で火球を押し出す。至近距離で爆ぜ、男がよろめく。間髪入れず肩から体当たり。二人して地面に転がり、そのまま押さえ込んだ。


「っざけんなよオラァ! ガキが調子乗って!」


 抵抗する腕を押さえる。刃が頬を掠め、熱と痛みが遅れて来た。怖え。けど離したら終わる。


「楓、下がれ!」


 ジークラウトの声だ。その刃が横から閃き、男の手首の腱を断った。刃物が落ちる。ジークラウトはそのまま柄で男の側頭部を打ち据え、意識を刈り取った。


「……っ、助かった」

「集中しろ。まだ気配が二つ」


 言われるまでもない。二人、槍と斧。連携して間合いに入れさせまいと揺さぶってくる。俺は突っ込んできた槍の突きを紙一重で外し、火の短剣──「フレイムダガー」を編んで足に突き刺す。槍使いが動けなくなったのを確認してジークラウトの方をみる。ジークラウトの刃が食い込み、斧の男の柄を断つ。そのまま踏み込み、柄尻で顎をカチ上げた。その後も俺とジークラウトは盗賊達を倒し続け、気づけば、倒れている男たちの呻きと、檻の中の泣き声だけが残っていた。砦は静かだ。俺は鍵束を見つけ出し、金具を外す。ギィ、と鈍い音とともに扉が開いた。


「大丈夫。もう、酷いことはしない」


 膝をつき、できるだけ柔らかい声で言う。少女は恐る恐る顔を上げ、俺の手を見つめてから、そっと身体を寄せた。震えが背中から伝わってくる。少しでも安心させたくて、俺は自分のマントを脱いで肩にかける。ここで終わりじゃない。倒れているこいつらの、後始末が残ってる。視線が自然と、一番奥で怯える大柄な男に向いた。頭領だろう。分厚い革鎧、派手な飾りナイフ。そいつは俺らを見て腰を抜かしたらしい。


「や、やめ──」


 喉が詰まる。ジークラウトが横に立つ。視線は真っ直ぐ、冷たい。


「野村楓。止めを刺せ」

「……」


 指が震える。さっきまで燃えていた手のひらが、急に冷たくなる。


「お前が殺さねば、また被害が出るぞ」

「わかってる。けど──俺は……」


言葉が続かない。その時だった。ぱち、ぱち、と。乾いた拍手が背後から聞こえた。


「いやぁ、見事だねぇ。なかなかやるじゃねえか」


 笑い混じりの声。その軽さに、背筋がぞわりとする。振り向けば、いつの間にか崩れた門の上に座っている男。


「グリード……」

「よぉ、道化。盗賊殺すくらいでうだうだすんなよな」


 グリードはひらりと地面に降り立ち、倒れた頭領の横にしゃがむ。懐から出した細身の短剣が、朝の光を跳ねた。


「ま、答えが出ないなら、代わりに出しといてやるよ」


 ためらいの欠片もなく、喉元へ。スッ、と。頭領の身体が一度跳ね、ぐらりと沈黙する。血の匂いが濃くなる。


「おい、何して──」

「見ての通り。片付け。ねぇカエデ、お前さ、盗賊も殺せないの?」

「……そんな度胸、ねぇよ」


 絞り出した声は掠れていた。グリードは肩をすくめ、口端だけで笑う。


「へぇ。素直。嫌いじゃないぜ」


 グリードはそう言いながら短剣についた血を払って、視線だけ俺に寄越す。


「殺さないで逃がしたら、こいつらはもっと被害を出す……って理屈を今さら説くつもりはさらさらねえ、そういうの、どうでもいいんだわ」


 そう平然と言い切るこいつの本心は、いつだって正義でも悪でもない。面白いか、退屈か。それだけだ。


「ただ、今のお前の顔が見たくてね。つついたら、どう動くのか。ベルディ様が可愛がるお前がどんな選択をするのか。本当にそれだけ」


良い趣味をしてやがる。だがこのままずっと迷ってるわけにはいかない。俺は少女に「離れて」とそっと彼女をジークラウトの方へ押しやる。ジークは静かに頷き、彼女を背にしょった。俺は倒れている別の盗賊、まだ意識があり、ずるずると後ずさっている男に歩み寄る。手のひらが熱い。さっきと同じ「フレイムダガー」を編もうとすると、指がままならない。震えが止まらない。俺は平凡だ。ずっとそう思ってきた。そうやって何もしない言い訳にしてた。あの日、光と出会うまでは。脳裏に、制服姿のあいつが浮かぶ。テストで満点を取っても、部活の試合で注目を浴びてもあいつは笑いながらも内心はいつも不安に満ちていた。怖い時はある。嫌な時もある。あいつみたいに期待やプレッシャーがでかいやつは尚更だ。なのに、あいつはやる。期待という重さに潰されそうになりながら。才能があるやつでも、怖いものは怖い。なら、才能がない俺はせめて──覚悟だけは持タなきゃダメなんだ。深く息を吸い、吐く。掌に集めた火は、刃の形に細く固まった。


「……ごめん」


 誰に向けたのかわからない言葉が零れ、俺は一歩踏み込む。刃を、突き出す。抵抗があった。重さと温度が、腕から肩へ伝わる。男の目が大きく見開かれ、次の瞬間すとんと色を失う。膝が抜けそうになる。けど、俺は最後まで目を逸らさなかった。それが、今できる最低限の礼儀だと、なぜか思ったから。火を消し、手を引く。掌が汗で冷えていた。吐き気はする。けど、頭の中のモヤモヤは少し晴れた気がした。


「──ふぅん。いい顔になったじゃん」


 グリードの声が、どこか愉快そうに響く。グリードは俺を上から下まで眺めてニヤリと笑った。


「ますます気に入ったぜ、カエデ。お前はやっぱ面白い。弱いのに、一丁前に覚悟を決めやがる」

「おいそろそろ黙れ。ここは遊び場ではないぞ」


 ジークラウトの声が鋭く切り込む。彼は少女にマントをかけ直し、俺の方を一瞥した。


「……気が狂ったのかと思ったが、違うらしいな」

「俺、そんなに目がやばかった?」

「そうだな。だが……覚悟を決めたみたいだな」


 短くそう言って、ジークラウトは少女の頭をそっと撫でた。大きな手は驚くほど優しい。彼女は怯えた犬みたいに、少しずつ耳を立て始める。


「こいつは私が連れて戻る。ベルディ様の庇護下で治療と保護を受けられる。……人間の国に戻すのが正しいとは限らない」

「頼む」


 自然に出た言葉だった。グリードが肩をすくめる。


「じゃ、俺は帰るわ。ベルディ様に戦果の報告しといてやるよ。道化がビビりまくってたってよ」

「お前は早く帰れ」

「はは、怖い怖い。──また遊ぼうぜ、道化」


 ぴょい、と手を振り、グリードは石塀を蹴って軽々と上へ消えた。

静寂が戻る。俺はゆっくり膝をつき、土に座り込んだ。手がまだ震えている。ジークラウトは俺に水筒を投げた。受け損ねて胸に当たる。痛ぇ。


「飲め」

「サンキュ...ジーク」

「何だ」

「……俺は平凡だ。多分、これからもずっと。けど、やるべきことからは逃げないよ」

「...ならば、剣を取れ。震える手でいい。震えながらでも迷いを、敵を、断ち切って見せろ」


そういうジークラウトの顔はいつもとは違う優しい顔だった


「...良い事言うね。あんた、コーチとか向いてるかも」

「くだらんこと言わずにさっさと立て」

「へいへい」


そう軽口を叩きながら俺は立ち上がりジークラウトと亜人の少女と3人で魔王城へ向かって行った。


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