第8話モブの成長(笑)
「――ファイヤーストームッ!」
俺は両手を突き出し、渾身の魔力を込めて叫んだ。次の瞬間、視界いっぱいに紅蓮の炎が渦を巻く。猛火が竜巻のように巻き上がり、目の前にいるシェズを飲み込もうと襲いかかった。
「おっと〜、なかなか派手じゃん?」
その余裕そうな声が腹立つなマジで。炎に包まれる寸前、シェズは片手をひらりと掲げた。
「ウォーターウォール!」
ドン、と耳を打つ水音。炎の渦に巨大な水壁が立ちふさがり、灼熱を呑み込みながら蒸気を上げて消し飛ばす。轟音と熱風に目を細めた俺は自慢の魔法が完璧に消されたことを送れて理解した。俺の中級魔法が、あっさり防がれた。
「俺の魔法の中の最大出力なんだが!?」
「所詮カエデの中のでしょ〜?」
シェズは腰まで届く派手な金髪の髪を揺らし、楽しそうに笑っていた。ギャル丸出しのその姿、だがその姿とは裏腹にバケモンみたいな強さをしてやがる。
「ほらほらカエデ、次いこっか〜?」
「くっ……まだだ!」
威力がダメならスピードで行く!今度は速射だ。
「ブレイズショット!」
炎の矢を何本も生み出し、矢継ぎ早にシェズへ撃ち込む。赤い閃光が一直線に空を裂き――。
「ん〜、遅い遅い!」
シェズは笑いながらステップを踏む。軽やかに、踊るように、俺の矢を全部ひらりと避けていく。矢は地面に突き刺さり、爆ぜて砂埃を上げるだけだった。避けながら余裕でウィンクしてくるのがまたムカつく。
「はぁ!? まじで全部避けんのかよ!」
「当たんないね〜。もっと工夫しなよ?」
そう言ってにじり寄ってきた瞬間、俺の背筋に冷たい汗が走った。
(やばっ……近接来る!)
案の定、シェズが踏み込む。鋭い回し蹴りが横から飛んできた。咄嗟に腕を交差させて防御するが――。
バキィッ!!
「ぐぉぉぉッ!? これ、骨折れてねぇ!?」
腕に走った衝撃は想像を遥かに超えていた。下手すりゃ本当に折れてるレベル。防いだはずなのに身体ごと数メートル吹き飛ばされ、地面を転がる。
「まじか…くそ……っ!」
必死で立ち上がりながら呻いた俺に、シェズは悪びれる様子もなく首を傾げた。
「ちゃんと加減してるよ〜? ね、まだやる?」
「加減でこれかよッ!? お前ホント勘弁してくれ……!」
俺は片腕を押さえながら膝をついた。蒸気の立ち込める訓練場に、俺の荒い息だけが響く。
結局、その後も俺はまともに反撃できずに終わった。汗と土にまみれ、天を仰ぐ。
「……はぁ。また完敗かよ」
シェズは涼しい顔で水筒を開けて水を飲んでいる。こっちはボロボロだってのに。
「もうちょい手加減してくれよ」
「してるってば〜。今三割くらいしか出してないし」
「はぁ!? マジで言ってんの!?」
あまりの絶望的な差に俺は地面に突っ伏した。二ヶ月。ここに来てから二ヶ月、俺はこのギャル魔族と訓練漬けの日々を過ごしてきた。その結果がこれだ。
…まあ、俺みたいなモブが二ヶ月鍛えただけで無双なんてできねえか。……あのチート野郎なら出来そうだけどな。
光の顔が脳裏に浮かんだ。アイツ、今何やってんだろ。
そう思っていたところに、ひときわ透き通る声が響いた。
「カエデ」
振り返ると、そこにいたのはベルディだった。漆黒の衣をまとい、冷ややかな瞳をこちらに向けている。魔王の妹にして、俺の主……いや、飼い主だ。
ベルディは俺を一瞥すると、静かに歩み寄ってきた。訓練で乱れた空気が一瞬で張り詰める。
「ここでの生活は慣れたか?」
淡々とした口調。それでいて威圧感がすごい。
俺は肩を竦めて返す。
「ペットって部分を抜けばな!でもまあ、この生活に慣れてきたのは事実だ」
「そうか」
ベルディ一言だけ呟く。けど長く一緒にいれば、わずかな満足そうな雰囲気くらいは読み取れるようになる。
「飯も……まあ、めちゃくちゃとは言わないがそこそこ上手いし。部屋も用意されてるしな。ただゲームとかが無いのが残念だなぁ」
思わず愚痴っぽく口にすると、横からシェズがゲラゲラ笑った。
「いやカエデ、ペットの癖に生意気〜」
「動物愛護団体に訴えるぞ」
俺は苦笑しつつも続ける。
「まあ他にもいろいろ、四天王を含めて知り合いもできたし今のところは順調かな」
「それは俺のことも含んでんのか?嬉しいねぇ」
背後から不遜な声が響いた。振り返れば、そこに立っていたのはグリード。二ヶ月前に顔を合わせて以来、ちょくちょく絡んでくる新参の四天王だ。
まだ若い。俺とそう年は変わらないんじゃないかと思うほどの顔立ち。けどその眼だけは異様な光を宿していた。獣のようにギラギラとした野心と欲望。
「よぉ、カエデ。今日もギャル子にボコられてんのか?」
「……うっせ。いちいち見に来んな」
「ハハ、いいじゃねぇか。お前見てると退屈しねえんだよな。道化みたいで面白ぇ」
「……褒めてねぇよな?それ」
「さぁな?」
グリードは肩をすくめ、視線をベルディへと移した。その瞬間、先ほどまで軽薄だった表情が一変し、獲物を狙う獣のように鋭くなる。
「ベルディ様、今日も綺麗だな、あぁやっぱりあんたは絶対俺のものにしてやる」
ぞわりと背筋に寒気が走る。こいつはベルディに会うたびに毎回しかも本気で言ってやがる。
ベルディは一切表情を変えずに答える。
「なら私を手に入れて見せろ、まぁお前では無理だと思うがな」
「フッ、いいさ。俺は諦めが悪いんでな。その地位も、あんた自身も……いつか全部手に入れてやる」
グリードは挑発するように笑い、舌で唇を舐めた。まったく、この性格、見ていてヒヤヒヤする。
「……あー、そういやジークラウトの奴、まだ生きてんのか?」
グリードがわざとらしく口にした。
「貴様……」
いつの間にか近くにいたジークラウトが、剣の柄に手をかける。普段は冷静沈着な騎士然とした魔族だが、グリードの前では露骨に嫌悪を見せる。
「おいおいお前らそんな仲悪いのかよ!」
俺が焦りながら止めようとする。
「俺とコイツの仲なんざ、今さら言うまでもねえよ、なあ?ジークラウトよぉ、犬猿どころか、昔は殺し合いもしたっけか」
「貴様の存在は、今もなお不快極まりない」
「へぇ〜。そう言われると余計に絡みたくなるなぁ」
にやにやと笑うグリード。対してジークラウトは冷ややかに睨み返す。こいつらが本気でぶつかったら、俺なんか一瞬で吹き飛ぶんじゃないかと本気で心配になる。
そんな緊張感をよそに、ベルディが俺を見据えた。
「いつもの事だ、無視しろ、それより……カエデ。お前に命令がある」
「は? 俺に?」
「魔族の領土内に、盗賊どもが根城を築いている。討伐に向かえ」
「盗賊? 魔族の領土なのに、なんでそんな連中がいるんだよ」
「昔、勇者に魔王が討たれてから……魔族の数は減り、我らは治安を気にする余裕もなかった。だが今は情勢も安定しつつある。だからこそ、大掃除をする」
ベルディはわずかに目を細めた。どこか楽しげですらある。
「……いや、待て待て待て。なんで俺なんだよ」
正直、内心パニックだった。盗賊とはいえ、人間を殺せってことだ。
ベルディは冷たく言い放つ。
「人を殺すことを躊躇っているお前に、まずは盗賊から慣れさせる。それが良いと判断した」
「はぁ!? そんなので慣れるわけないだろ!」
思わず声を荒げたが、ベルディの一言が俺を黙らせた。
「お前に拒否権はない」
――絶対の支配。主従関係を突きつけられ、俺は渋々黙り込むしかなかった。
「……そして、この任務にはジークラウトを同行させる」
ベルディが続けると、ジークラウトの顔が一瞬だけ曇った。
「私が、ですか」
ジークラウトは俺の方をチラッと一瞥し、露骨に不服そうな顔を見せた。おいこら喧嘩売ってんのか。
「頼むジークラウト、この通りだ」
そう言ってベルディはジークラウトの手を握りその顔を真っ直ぐに見つめる。
「……御意」
ジークラウトは顔を赤くしながらこう呟いた。
「即決!? お前、さっきまで嫌そうな顔してたじゃん!」
思わず突っ込んでしまう俺。ジークラウトは視線を逸らした。
「……ベルディ様に頼まれて断れる者などいない」
「チョロッ!? あんたクールキャラじゃなかったの!?」
「黙れ」
低く一喝され、俺は肩をすくめるしかなかった。




