第11話名付け
魔王城への帰路は意外と静かだった。
木々の隙間から差し込む夕陽が、土の道を赤く染めている。俺とジークラウト、そして保護した亜人の少女の三人で並んで歩く。
「……なあジーク」
「何だ」
「お前、子供の扱い慣れてんの?」
俺がそう尋ねると、ジークラウトは無表情のまま答える。
「慣れてなどいない」
「嘘つけ。めっちゃ懐かれてんじゃん」
そう、この少女――保護してからずっと、ジークラウトの服の裾をぎゅっと握って離さないのだ。ピンク色の獣耳をぴょこぴょこ動かしながら、ジークラウトの後ろをちょこちょこついて歩く姿はまるで小動物だった。
「……勝手についてくるだけだ」
「でもお前、さっき頭撫でてたよな?」
「……見間違いだ」
「いや絶対撫でてた。お前案外優しいんだな笑」
ジークラウトの耳が赤くなる。お?図星か?
「黙れ」
「ちょ、っぶねえな!お前剣を抜くな剣を!」
「貴様がくだらんことを言うからだ」
剣を抜いたジークラウトに恐喝され俺は肩をすくめた。それにしても……。
「やっぱイケメンか!?イケメンが良いのか!?」
思わず叫んでしまう。だって俺だって少女を助けたのに、完全スルーだぞ!?助けた時は少し懐いてくれたのに気づいたらジークラウトにべったりだ。
「貴様は何を言っているんだ」
「いやだってさ!俺も一緒に助けたのに完全無視じゃん!やっぱ顔か!?顔なのか!?」
「……知らん」
ジークラウトは相変わらず無表情だが、少女はジークラウトの服だけでなくさらに腕までぎゅっと握りしめている。くそう、イケメンめ……!
「ちなみに野村楓、貴様の顔は……まあ、悪くはないと思うぞ」
「え、マジで!?」
「普通だ」
「結局普通かよ!!」
思わずツッコんでしまう。ジークラウトは少しだけ口角を上げた。……お?今笑ったか?
「ふん、グリードの言うように貴様には道化の才能があるようだな」
「魔王の器と同じくらい要らねえ才能だよ!」
「魔王様の器はむしろ誇るべきだろうが愚か者」
誇れるわけないだろぼけ。だがこうして軽口を叩き合えるようになったのは、まあ悪くない。最初は殺されるんじゃないかと本気で思ってたからな。
「おーい!お帰り〜!」
城門が見えてきたところで、派手な金髪が目に飛び込んできた。シェズだ。腰に手を当て、にこにこしながら手を振っている。
「シェズ、出迎えか」
「そうそう〜。グリードから聞いたよ〜、カエデ、ちゃんと覚悟決めたんだって?」
「……まあな」
少し気恥ずかしくて視線を逸らすと、シェズは楽しそうに笑った。
「いや〜成長したね〜。最初はビビりまくってたのに」
「今でもビビってるわ!」
「アハハ!それ啖呵切りながら言うセリフ〜?」
シェズはけらけら笑いながら、俺の肩をぽんぽん叩く。痛え。
「で、その子が保護した亜人ちゃん? 可愛い〜」
「ああ。これからベルディ様のところへ連れて行く」
「了解〜。ベル様、もう部屋で待ってるよ」
シェズに案内され、俺たちは城内へと入っていく。廊下を進むと、重厚な扉の前に辿り着いた。玉座の間だ。
「失礼します、ベルディ様」
ジークラウトが扉をノックし、中から「入れ」という声が聞こえる。扉を開けると、そこには玉座に座るベルディの姿があった。
「カエデ、ジークラウト、よくやった、特にカエデ、グリードから報告は受けている。お前は覚悟を決めたそうだな」
「……ああ」
俺は頷く。ベルディは立ち上がり、俺の前までゆっくりと歩いてきた。そして――。
「よくやった」
頭に手を置き、ぽんぽんと撫でる。
「え、ちょ、ベルディ!?」
「褒めてやっているのだ。素直に受け取れ」
ベルディが優しい顔で俺の頭を撫で回す、これじゃあガチのペットだな...
「ふふ、ベル様ったら〜」
シェズがにやにや笑いながら見ている。ジークラウトは無表情だが、どこか羨ましそうなな顔をしていた。
「それで、その娘が保護した亜人か」
ベルディの視線が少女に向く。少女はびくりと身体を震わせ、ジークラウトの後ろに隠れた。
「怖がらなくて良い。お前はもう安全だ」
ベルディは膝をつき、少女と目線を合わせる。その姿は、魔族のトップとは思えないほど優しかった。
「お前の名前を教えてくれないか?」
ベルディがそう尋ねると、少女は小さく口を開いた。
「……155番」
その瞬間、空気が凍りついた。
ベルディの目が鋭く細まる。ジークラウトの拳がぎりぎりと音を立てる。シェズの笑顔が消え、冷たい表情に変わった。
「……番号、か」
ベルディの声が低く、怒気を帯びる。
「人間どもは……亜人を番号で呼んでいたのか」
怒りを露わにするとベルディは深く息を吐き、優しい顔になり少女の頭を優しく撫でた。
「もう、お前に番号など要らぬ。私が、お前に名前をつけてやろう」
「名前...?」
「そうだ、私直々につけるんだ、光栄に思え」
ベルディは少女をじっと見つめ、そして口を開く。
「お前は小さくて可愛い。だから、お前の名前はちいか――」
「ダメダメだめえええ!!ゴリゴリに著作権侵害!!!」
俺は咄嗟に叫んだ。全員の視線が俺に集中する。
「な、何だカエデ!?」
「いやいやいや!それはダメだって!!元の世界で有名なキャラの名前だから!!」
俺は首を激しく横に振る。
「むぅ……」
ベルディは少し不満そうに唇を尖らせる。その表情が可愛い。
「……姫様、ネーミングセンス無いね〜」
「な、何だと!?」
シェズの一言に、ベルディの顔がみるみる赤くなる。
「わ、私のネーミングセンスが無いだと!?」
「うん、だって安直過ぎるし名前の響きもダサいよ〜」
ダサいはちいか◯のファンに殺されるぞ
「むぅぅぅ……」
ベルディは頬を膨らませ、明らかに拗ねている。
「……可愛い」
「か、可愛い!? 私が!?」
つい漏れてしまった俺の感想を聞きベルディの顔がさらに赤くなる。ジークラウトが小さく咳払いをした。
「……野村楓、ベルディ様を困らせるな」
「いや俺が困らせたんじゃなくて、」
「ならば貴様が名前を考えろ」
ジークラウトの一言に、俺は少女を見つめる。ピンク色の髪、灰色の獣耳。小さくて、儚げで、でも生きようとしている。
「……サクラ」
ふと、口から零れた。
「サクラ?」
ベルディが首を傾げる。
「ああ。俺の世界にある花の名前だ。春になると一斉に咲いて、すごく綺麗なんだ。ピンク色で、儚くて、でも力強い。……この子に、ぴったりだと思う」
俺がそう言うと、ベルディは少し目を見開き、そして優しく微笑んだ。
「サクラ、か。良い名だ」
「うんうん、可愛い〜!」
シェズも賛同する。ジークラウトも小さく頷いた。
「……サクラ」
少女――サクラは、自分の名前を呟く。そして、もう一度。
「サクラ……サクラ……」
何度も何度も、噛み締めるように。その顔には僅かだが喜びが感じ取れる。
「サクラ、お前の名だ。忘れるな」
ベルディがそう言うと、サクラは大きく頷いた。そして――。
「……ありがとう」
小さく、でもはっきりとそう言った。その声は、か細いけれど、確かに響いた。
「……よし。サクラ、これからはここで暮らせ。お前を傷つける者など、もういない」
ベルディの言葉に、サクラは頷く。そして、ジークラウトの顔を見てまたジークラウトの腕を握りしめた
「……ジークラウト、お前がサクラの世話をしろ」
「は、はい!?」
それを見たベルディがそう告げるとジークラウトが初めて動揺した声を出した。
「何か問題があるのか?」
「い、いえ、ですが私は親衛隊の隊長であり、子供の世話など……」
「サクラがお前に懐いている。ならばお前が適任だ」
ベルディの言葉は絶対だ。ジークラウトは諦めたように肩を落とした。
「……御意」
「あはは、ジーくん子育て頑張れ〜」
シェズがけらけら笑う。ジークラウトは少し困った様子でサクラを見下ろす。サクラはその顔に笑みを浮かべながらジークラウトを見上げていた。
「……やはりイケメンか」
「貴様はまだそれを言うのか」
ジークラウトの呆れた声に、俺は肩をすくめた。まあ、サクラが幸せならそれでいいか。
「カエデ」
ベルディが俺を呼ぶ。振り返ると、彼女は少し照れたような顔をしていた。
「良い名をつけてくれた。礼を言う」
「お、おう……」
素直に礼を言われて、逆にこっちが照れる。ベルディはふっと微笑み、そして付け加えた。
「だが次は私が良い名をつけてみせる。覚えておけ」
「あ、ああ……」
なんだか妙に対抗心を燃やすベルディ。その姿がまた可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。
「何がおかしい」
「いや、ベルディって意外とお茶目だなって」
「お、お茶目!? 私が!?」
ベルディの顔がまた赤くなる。シェズとジークラウトが同時に小さく笑った。
「ふふ、ベル様ったら〜」
「……ベルディ様は美しいだけでなく可愛らしい方だ」
「お前たちまで!!」
ベルディが珍しく慌てる姿に、城内に笑い声が響いた。
こうして、サクラという新しい仲間が増えた一日は、笑いと共に幕を閉じたのだった。




