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第10話岩の勇者ガンロック

――召喚から三ヶ月。

ジャン師匠の“肉体改造訓練”は相変わらず容赦がない。けれど、踏み込みの角度や肩の抜き方、呼吸と打突の一致――身体の中の歯車が噛み合っていく感覚が、確かに増えてきた。

「腰が浮いてる! 脇を締めろ、目線は前だ坊主!」

「はい、師匠!」


怒号は荒いけど、指摘はいつも速くて正確だ。百回素振りするより、一言の修正で視界が開けることがあるなんて、ここに来るまで知らなかった。

魔力の扱いはリアンナさんが見てくれている。リアンナさんの教え方はとても丁寧で分かりやすい。


「今日は魔力量を一定に特定の場所に流す訓練だよ。指だけで魔力を循環させるイメージで、呼吸と合わせて。――一、二、三」

「……こう、ですか?」

「うーん、右手の指先だけ明滅している。意識が偏っている証拠だよ、戻して。――そう、それだよ。今の感覚を忘れないでね」


掌に豆粒ほどの光がともる。小さいけれど、熱は確かだ。


「それからそこの脳筋、さっきの『年頃』うんぬん、二度は言わないこと、次言ったら魔法訓練のサンドバッグにするよ」

「へいへい……おっかねぇな」


魔力操作訓練を見にきたジャン師匠にリアンナさんはジト目で釘を指す。この2人はさっきまで喧嘩してだんだけどリアンナさん...さっき言われた事まだ引きずってたんだ...この通りこの2人は喧嘩ばかりしている、だけどそれが仲がいいってことの証明にもなっているのかな、?

彼女が杖の先で床を“ちょん”と突くと、離れた藁人形がぱち、と焦げた。

メイリーは、いつも通りそばにいてくれる。訓練後に薬草を溶かした水で冷却を手伝ってくれたり、衣服のほつれを器用に繕ってくれたり――そういう細かな気遣いが嬉しい。


「勇者様、今日は肩に力が入りすぎていたように見えました。よろしければ後で軽く揉みますね」

「助かるよ、メイリー。ありがとう」


僕はメイリーの笑った顔が好きだ。彼女が笑うと嬉しくて、友達として大切にしたい。

__その日の午前、宰相のロンネルさんに呼ばれた。


「神聖勇者様。お時間を賜り、痛み入ります」

「いえ。僕にできることなら。ご用件は何ですか?、ロンネルさん」


ロンネルさんは一礼し、静かな熱を宿した目で言った。


「二ヶ月後、祝祭を執り行います。神聖勇者様の存在を公に示し、民に人類安寧を伝えるために。緊迫の折だからこそ、希望を形にせねばなりません。さらに、神聖勇者様がレーヴェ王国におられる事実は、諸国との交渉にも良き影響を与えましょう」


胸がざわつく。いよいよ国の、いや世界の人達に僕の存在が明らかにされるんだ、思わず僕なんかがと言いかけそうになって、飲み込んだ。逃げ道を探すのはやめよう。役目があるなら、やるしかない。そうだよね?楓。


「そんな大切な祭りなら他国の勇者の人達もやってくるんですか?」

「各国は勇者は国の防衛の最後の盾と捉えており、動かしたがりません。参るのは本国の岩の勇者のみ。遠征先の街の防衛から昨夜戻られました」


岩の勇者、ガンロックさん。最初に会った時の第一印象は歩く岩壁みたいな迫力なのに、とてもあたたかい人だと思った。


「勇者は人々を守り、希望をもたらす存在である。決して弱みを見せてはならない」

そう教えてくれた日のことも、忘れられない。

『お前はいい眼をしている。きっと人々を導けるいい勇者になれる』


――そう言ってもらえたのも、あの人だった。


「承知しました。祝祭、全力で務めさせていただきます」


話を終えた僕は、その足で鍛錬場の一角へ向かった。石畳の広場で、ガンロックさんが大剣を地に立て、目を閉じて呼吸している。足元の砂粒が微かに震え、地脈の気配が彼に集まっていく。


「ガンロックさん」

「……光か。久しぶりだな」


低く落ち着いた声。祝祭の件を伝えると、彼は短く頷いた。


「良いことだ。だが――我ら勇者の務めは人々を守ることだ。浮かれて鍛錬を怠らない事だ。」

「はい!もしよければ、今、手合わせをお願いできますか」


彼の口元がわずかに緩んだ気がした。次の瞬間、地がざわりと鳴る。彼が抜いた剣には金属の輝きはなく、土と石が結晶化したような刃――

ギフト【岩の聖剣】。


「来い」

そう呟いたガンロックさんの声を皮切りに僕は木剣を握り息を整える。そしてそのまま左上からの斜め斬り。ジャン師匠に学んだ剣術の基本中の基本だ。その刃が届く直前――足元がわずかに盛り上がって角度が狂いつい体勢を崩してしまった。


「――っ!」


空を切った刹那、肩に軽く触れただけのガンロックさんの一撃で、全身の重さが数百倍になったみたいに沈む。


「地面への警戒を怠るな。タイミングを読め」


ガンロックさんは戦闘中もアドバイスをくれる。僕はすぐに跳ねて位置を外し、風を纏って着地する。


風歩ふうほ


体幹に流した魔力を足裏へ落とし、地面に対する摩擦を一瞬だけ軽くする。滑るように間合いへ。突き――は囮。刃の線を見せておいて、足に魔力を載せた衝撃で蹴りを押し込む。

その瞬間、ガンロックさんの体が地に溶けるように沈み、消える。僕の蹴りは空っぽの場所を蹴っていた。また僕は体勢を崩す。その瞬間に横から押し出すだけの【岩の聖剣】が差し込んでくる。僕は前腕に魔力を集め、剣筋を逸らすことだけに集中した。ぐっ、とても重い、!腕が痺れて膝が落ちかける――大勢を崩しちゃいけない。倒れたら、また追撃が来る!


「よく見ている。次だ」


ガンロックさんが次に選択したのは、、ただの踏み込み!、僕はギリギリ間に合った木刀で受け流そうとするけど剣が重すぎる、。

「ぐっ、がはっっ!」


勢いを殺しきれずに僕は転がりながらガンロックさんと距離を取る。ダメだ、近接戦闘じゃ歯が立たない!!こうなったら、あれを使う しかない!ガンロックさんはもう一度踏み込んでくる、よし、ここだ!


「ウォーターカーテン!」


突きの直前、僕は左手で水膜を立て、視界を刹那だけ遮る。踏み替え、足元に魔力を落として氷の杭を二本、彼の進路へ突き上げる。


「ほう」


そう呟くとガンロックさんは剣を地面に突き刺した。石畳が盛り上がり、僕の氷杭は根元から押し潰される。水膜の陰から回り込んだ僕の斬り上げは――空を切った。代わりに、足首に冷たい感触が伝わる。


「……!」


見下ろすと、いつの間にか石の輪が足首に絡んでいた。くそ、いつの間に!


「ウィンドスラッシュ!」


きゃん、と硬質な鳴き声のような音を立てて、石輪が割れた。距離を取り、息を整える。ガンロックさんの戦術は岩の聖剣による足場を利用した戦術だ。正面から突っ込んでいくだけでは、絶対に勝てない。


「なら、『ウィンド』」


僕は風で砂塵をわずかに巻き上げる。ガンロックさんは一瞬だけ目を細めた。ほんの刹那、視界が鈍る。そこへ――全力の踏み込み。


「はッ!」


剣と剣がぶつかる。火花。押せる――? いや、押せない。岩の剣が、押し返すでもなく、そこにあるだけで僕の力を受け止め、地へ流していく。胸の奥が冷える。同時に、床の継ぎ目から石の指が伸びて僕の脛を掴もうとした。


「させない!」


風を踵へ落として跳ぶ。空中で体勢を崩さないよう、胸の渦を強めに回し、落下位置へ――着地の瞬間、地面がぐにゃりと沈んだ。受け身が遅れ、肩から転がる。


「――っぐ」


視界が揺れたところへ、ガンロックさんの気配がふっと消える。次に、首筋すれすれで空気が震えた。刃は当たっていない。けれど、もし本気なら、そこで終わっていた、という距離。


「ここまでだ」


僕は仰向けに寝転がったまま、しばらく天を仰いで息を整えた。完敗だ、歯が全然立たなかった。

起き上がると、ガンロックさんが手を差し出してくれた。分厚い掌、握るとぐっと上へ引き上げられる。


「よくやった。動きの意図が見える。工夫もある」

「ありがとうございます。……全部、通用してないですけど」

「今は通らぬだけだ。地を読むのは、今日のように外した数がものを言う。光、場の先を見ろ」


短く、重い言葉。胸の奥に落ちていく。

鍛錬場を出ると、回廊の向こうでメイリーが待っていた。


「勇者様! ……あ、泥が」

「転んだだけだよ。ごめん、服を汚しちゃった」

「私の仕事ですから。すぐに落とします」


布で泥を拭う手つきは慣れていて、やさしい。僕はくすぐったさに笑い、彼女も少しだけ笑って、頬を染めた。

夕方、訓練場にやってきたジャン師匠の声が響く。


「おい坊主! 岩の兄ちゃんに酷くやられたらしいな!!情けねえぞ!その足で素振り千本だ!」

「……はい!」


ジャン師匠と一緒にやってきたリアンナさんが横目で僕たちを見て、鼻を鳴らす。


「千本はやりすぎだよ。五百でいい」

「いや五百でも充分きつ……はい、」


訓練場に笑いが落ちる。明日も剣を振る。祝祭まで二ヶ月、みんなを導けるように、強くならなきゃ!!

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