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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔女に憧れて学校に入ったのに、なんだか予定と違います。

作者: 森 真心

 私の名前は、サラ。平民のため、姓はない。

 平民と一括りに言っても、職業は人それぞれ。ちなみに私の母は主婦、父は養蜂業者をしている。私もたまに、父の手伝いをしている。

……お手伝いと言っても、直接蜜蜂と関わらない、巣箱の設置とか、それらのメンテナンスぐらいだけど。


 平民の中では、ごく一般的な家庭。そして、ごく普通の家庭に生まれた、ごく普通な私。

……それが私には嫌だった。


 両親のことは好きだ。母は怒ると怖いけど、基本的には優しいし、父は多少暑苦しいけど、いざとなったときの顔はキリッとしていてかっこいい。

……でも、だけど、何かが物足りない。


 別に貴族になって贅沢三昧したいわけでも、冒険者になって英雄譚をつくりたいわけでもない。だけど、平穏で地味な毎日は、年頃の私にとって刺激が少なく、いつまでも胸にポッカリと穴があいて埋まらない原因となっていた。


「あーあ。つまらない」


 それが、最近の私の口癖だった。



***



 いつまでも続く、なんの変化もない毎日。

 それが今日、変わる予感がした。


「『魔女・騎士養成専門学校』?」


 父の声に、私はうんうんと頷いた。


 魔女・騎士養成専門学校。その名の通り、『魔女』と『騎士』を育てるための学校である。

 今日、パン屋でおつかいを済ませた後、街の掲示板にそれが貼ってあるのをたまたま見かけたのだ。

 なんでも、入学者を募集中なんだとか。

 もちろん試験はある。しかし、魔術のことに関しては学校に入学してから学ぶため、その他の一般教科を学ぶだけで受けられる。

 その一般教科というのが、語学、算術、科学、地理の4つ。

 これなら庶民の私だって学べるし、入学条件に『貴族であること』と入っていない限り、それも揃えられるのだ。


 魔女は知っている。騎士に守られながら自由自在に魔術を操り、敵を倒す英雄的存在。しかし、そんな風になれるのはごく一部のみで、大体が貴族に召し抱えられ、表舞台とは無縁の場所で活躍する。


 それでも、玉の輿を狙う女性たちにとっては大変良い職業らしく、こういう手のものにはひっきりなしに応募が来るらしい。


 もちろん私が目指す魔女は前者で、難関だと言われる入学試験も、少ない合格席を勝ち取るつもりだ。

……だってかっこいいじゃん!魔女とか!難しい魔術を操って、敵を倒すとか!


 私の目指す魔女は王国に召し抱えられる存在。そして、国のために奉仕するらしいのだが……。

 王族に目を止まらせるためには、当然それなりの実力がいる。飛び抜けて目立つ能力とか。

 それは、入学してから受ける『得意属性判定式』?というものでわかるらしいので、またおいおい考えるつもりだ。

……まぁ、そんなの関係無しに、私は頑張るんだけどね!


 期待と希望を込めた、キラキラ輝く瞳。この目で見つめれば、昔から大抵の願いは叶えられた。

 しかし、今回その技を使っても、父の首が縦に振られることはない。母も然りだ。


「だめだ、こんなもの。お前は将来父さんと同じ、養蜂業者になるって言ってただろう」

「そ、それは私が7歳の頃の話でしょう?今はもう14歳、来月で15になるわ。だったら、この入学条件にも当てはまって……」

「だめなものはだめだ。お前は養蜂業者の娘なんだから、その後を継ぐべきだ」


 まさかの言葉。私は打ちひしがれた。

 

 そして、助けを求めるように母の方に視線を向けた。

 母は困ったように首を横に振るう。

 ガーン。なんてこった。私の夢がせっかく見つかったというのに。

 頬をすねたようにぷくぅと膨らませる。こうなったら、意地でも納得させねばなるまい。


 それから、猛勉強の日々が始まった。



***



 平民も、一応6歳から10歳まで学校に通う。

 しかしそれでも、学べる範囲というものは限られる。

 私はまず手始めに、試験範囲である教科書やドリルを、お小遣いを使って買った。

 おかげで私の財布はすっからかんになった。ちょっと泣きたいけれど、魔女になる手前そんなこと言ってられない。泣き言を我慢した。


 手当り次第机に向かってペンを動かし続ける私に対し、両親も思うところがあったらしい。母はおにぎりや菓子をそっと置いてくれ、父は『熱血!』と書かれた鉢巻を渡してくれた。……母はまだしも、父はありがちだと思う。

 でも気持ちは嬉しいので、私は毎日それを巻いて、勉強に励んだ。


 

***



 いよいよ試験当日。事前に応募したので、試験会場には滞りなく入れた。

 両親はなんだかんだ言って、応援してくれた。入学することも許してくれた。「お金のことは心配するな!」と白い歯を見せてガッツポーズする父は、とても頼もしく思えたし、感謝している。


「……(ゴクリ)」


 私が自分に当てられた席に着くと、続々と同じくらいの年頃の子が入ってくる。

 やはり大半が貴族の子らしい。すごく装飾の施されたふりっふりのドレスを着た女の子や、紙を丁寧に撫で付けた燕尾服姿の男の子もいる。

……いや、ドレスや燕尾服はやりすぎでは?


 私は今日、それなりに良い服を着ているはずだが、平民感丸出しなのだろう。周りからくすくすと笑い声が聞こえる。視線が痛い。

……たしかに場違いかもしれない。だけど、私は、魔女になりたいんだ!絶対に諦めるもんか。


 いよいよ試験が始まった。始まりの声と同時に、いっせいにペンを持つ音が響く。


(わかる……わかるよっ!)


 基礎から応用まできっちり学習してきた私にとって、それは簡単なものだった。ペンがすらすらと動いていく。

 今回の試験は全教科一気にやるらしく、どれからやるかは自分次第。カンニングの懸念があったが、用紙を閉めれば魔術で有色の結界が自動的に貼られるらしいので、その心配はないらしい。魔術ってすごい!


(……けっこう時間余っちゃったな)


 試験終了まであと30分近くある。見直しはできないので、そのまま席で待つ。


(……大丈夫大丈夫。だって丁寧に解いたし、全部答案は埋められた。手応えもあった。このまま待てば……)

「時間です」

(あ)


 丁度時間が来たらしい。神経質そうに眉間を寄せながら、若い女の先生が声をかけた。

 一斉にペンを置く音が響く。ふぅ、緊張した。


「今日はここまで。結果は後日各々の実家に届けます。それでは、お疲れ様でした。解散」

 

 その言葉を合図に、一気に室内がざわめく。


「あの問題、解けました?」

「まぁ、簡単だったよ」

「わたくしはきっと合格ですわ!」


 そんな声が響く。平民は私以外にいないようなので、さっさと帰ろうとカバンを掴む。

 そそくさと会場を出ようとしたとき、話しかけられた。いや、話しかけられたっていうか――。


「あらあら……下賎で下劣な平民の小娘ですわ。なんと汚らしい……臭いで鼻が詰まるようです」


 そう言って扇子で鼻を隠す少女が数人。……これが悪役令嬢ってやつか。ふむふむ、なるほど。

 おそらく先頭にいる少し太った……豊満な体つきをした少女がリーダー格なのだろう、どちらにしても全く知らない貴族だ。

 まぁ女の子侍らせてるし……それなりに名のある家の出身なのだろうけど……


「嘆かわしい……」

「なんですって?」

「あなた、きっとそれなりに名家の出なのでしょう?その目に優しくないカラフルなふりっふりのスカート……そしてその体……名のある貴族も、それぐらいでしか己の矜持を表せないほどに、弱り落ちてしまったのね」


 そのとき、どこからか笑いを堪えるようなグフっという声が聞こえた。

 私の言葉か、その声か、またはどちらもかに顔を真っ赤にした少女は、唾を飛ばして怒鳴り散らした。


「……なんですってぇ!?もう一回言ってみなさい!!」

「名のある貴族も、それぐらいでしか己の矜持を表せないほどに、弱り落ちてしまったのね」

「2回も言ったわね!」

「……貴方が言えと言ったのでしょう?」

「……!! ……生意気、生意気、生意気よ!この小汚い不細工な小娘を、誰か追い出しなさいっっっ!!!」

 

……いや、出ていくところであなたが声をかけたのでしょう。


「お望み通り、さっさと家に帰るわ」

「あぁっ!ちょっと待ちなさい!……ぜったい、あんたなんか受かるわけないんだからっ!お前なんて、落ちてしまいなさい!!!落ちろ!!!」


 帰ってほしいのか、居てほしいのか、どっちかにしてほしいなぁ……。



***



「ハッハッハッハッ!!」


 その話をしたら、父は大笑いし、母は困った子と息を吐いた。


「そうかそうか、貴族を言い負かしたか。それでこそ俺の子だ、俺にそっくりだな!!」


 そう言われた母は、はぁーと深くため息を付いて、こくこくと頷いた。


「ええ、ええ、貴方にそっくりですよ。もう呆れてものも言えません。……聞いているの、サラ。あなた、そのままの性格でずっといたら、いつか恋人どころか誰も寄って来なくなるわよ」

「ハッハッハ、そのときは、父さんと母さんが一緒に居てやる、安心しろ」


 そう言って頭を撫で回す父に、私はようやくホッと息がつけるのだった。

……正直、心配だった。あの態度が、試験結果に影響しないかって。

 だったら最初から取るなって話なんだけど、私の性格的にそれは無理だったってわけで……でも、まぁ大丈夫でしょうって安心できた。やっぱり持つべきは家族だよね。



***



「「「合格!!」」」

 三人の声が揃った。


 そう、なんと私は、専門学校に合格することができたのだ。しかも成績2位!

 紙には、『平民の出身で2位を取るのは、我が校でも初の快挙です。本当に頑張りましたね。そしておめでとうございます』とペンで書いてあった。

……きっと、あの試験会場に居た女の人だと思う。怖そうだなって思っていたけど、優しい人だったみたいだ。人を見かけで判断してはいけないね!


「よくやった、サラ!頑張ってこいよ」


 そう言って髪をわしゃわしゃ撫でる父。母もその隣で微笑んでいる。


「うん!……でも、全寮制だから、長期休み以外会えなくなるの、悲しいな」


「……へ?全寮制?」


 父はぽかんとして動かなくなった。え?まさか知らなかったの?

 母が、そのたくましい腕をぐいぐい引く。


「あなた、紙に書いてあったでしょう」


「知らなかった……ぐぅぅ、認めん、認めん、父さんは認めんぞぉ!」


 急に反対しだした父に、今度は私がぽかんとする番。


「急にそんな事言われても……」


「寮となれば話は別だぁ!俺は許さないからな!」


「ちょっとあなた!」


……そのあと、父から再び了承を得るのは、とても大変でした。



***



「サラ、もう行くのね……」

「うぅ、娘が成長するのは、嬉しいが悲しい」

「2人とも大げさすぎだよ……まぁ、私も寂しいけど。次の長期休暇出会えるから」


 私が学校へと向かう日。父はおうおうと泣き、母はそんな夫に困りながらも、目尻に涙を浮かべていた。

 私ももらい泣きしそう……流石にちょっと恥ずかしいから、早めに行こうかな。


 そんなこんなで、私は夢だった『魔女・騎士養成専門学校』へ向かった。


 学校は王都にある。試験会場は地域に点在していたけれど、今回はそれとは違う。

 王都までは何回も馬車を乗り継いで行かなくてはいけない。ときには通りかかった農家の荷馬車などに乗せてもらい、お尻を痛くしながら進む。

 こういうのは、助け合いだと母が言っていた。だから、乗せて欲しいと頼めば、嫌な顔せず途中まで乗せてくれる。つくづく優しい世界だなと思う。

 

 しかし、学校では平民は異質な存在。一応、私が住んでいた街にも張り紙はあったが、それとこれとは別というもの。私が向かう専門学校は、貴族向けなのだ。


 だが、それが何だというのだろう。私は魔女になりたいのだ。それは誰にも邪魔できない、私だけの志。それを否定する権利なんて、誰も持っていない。持っているわけがない。だって、なりたいものは自分が決めるものだから。

 なんと言われようと、私は学校でたくさん学んで、立派な魔女になってみせる。そんな思いを改めて胸に抱いた。



***



「これが……王都」


 私は門を通ったあと、その場でぽかんと口を開けていた。


 道を行く人々は、あまり街の様子と変わらない。しかし、違うのは建物だ。


 点在する屋台。最新デザインを取り入れた洋服屋。そして赤レンガの小洒落た家。

 向こうには、大きな白亜の宮殿がある。あれが王宮だろうか。

 都には活気が溢れ、花や食べ物やあらゆる香りがつまった臭いが、鼻先を刺激する。


 とにかく都会だった。うん。都会だった。


 しばらく呆けていた私は、はっと我に返り、頬を両手でバシンと叩いて気合を入れた。


(いつまでもぼぅっとしているわけにはいかない。だって、私はこれからここで生きていくんだから)


 しかし、やはり自分は場違いではないかと思ってしまう。

 今日この日のために買った服は、白シャツに、赤みがかったブラウンのロングプリーツスカート。髪は下の方でまとめて、赤いリボンで結んでいる。できる限りおしゃれしたつもりだったのだが、やはり田舎者感が出ている気がする。

……いやそもそも、手には大きな旅行カバン。角張ったデザインで、今の流行りの丸みを帯びたものとは別物だ。それだけで、結構時代に取り残されている感があるのだが。


「……いや、でも。そっちのほうが大人っぽくていいし!」


 大きい独り言をつぶやきながら、私は王都の地図片手に、ブーツで包んだ足を踏み出した。


「おい、そこのお嬢ちゃん、とれたての野菜、買っていきな!」

「最新デザインのドレス、今流行ってるのよね」

「あら、素敵なアクセサリーね、瞳の色と同じ」

「ありがとう、でも、あなたの耳飾りも素敵ですわよ」


 たくさんの会話が耳に入ってきて、頭がくらくらしそうだ。というか、もうしている。

 これが人酔いってやつか、とフラフラした足取りで向かっていると、慣れないブーツで足がもつれ、体が前に倒れた。


「きゃっ」


 しかし、その体が地面に倒れるより先に、支えてくれた手があった。


「大丈夫ですか」

「ぅあ、ありがとう、ござい……」


 声の主を探した私は、その恩人の顔を見て、顔をピキリと凍らせた。


(うわ、すーごい整ってる。人間?)


 受け止めてくれたのは、十代後半くらいの青年だった。

 銀糸のようにさらさらしたプラチナブロンドの髪を後ろに撫でつけ、シャツにズボンという質素な服装ながらも、鍛えられた体が服の上からもよくわかった。

 なんと、瞳は透明感あるブルーだった。全て完璧。憎たらしい。


(ほう、これが俗に言うイケメンか……なるほどなるほど)


 私の唯一自慢の焦げ茶の艶めいた髪と、平民には珍しい緑の目がくすむ。やめてくれ。


「ああ、失礼しました、女性の体を不躾に触ってしまって」


 どうやら、私が顔をガン見していることに対して誤解したらしい。私はブンブンと両手を振って否定した。


「いえ……どのくらい稼げるだろうと考えていたのです」

「はい?稼ぐ?」

「あっ、なんでもありません……ええと、ありがとうございました」


 余計なこと言ってしまった……と少し反省しながらも、なにげなくあたりを見回す。

 そこで、重大なことに気がついた。


「えーっと、ところで……ここどこだ?」


 そう、迷子になってしまったのだ。

 先程の人酔いで、人の波に流されてしまったらしい。先程の大通りとは全く違う道だった。


 独り言が聞こえたのか、プラチナブロンドの彼は首を傾げた。

 その拍子に、髪がキラリと太陽光を反射して輝く。いちいち仕草が絵になる男だ。目に保養だけど、イケメンすぎて憎い。


「君は、王都出身ではないのかい」

「はい。南西の方にある、パルムという街からやってきました」


 どうせ知らないと思うけど。

 しかし、予想に反して彼は「ああ!」と声を上げた。


「ご存知で?」

「ご存知も何も、俺の母の出身地だよ」

「ああ、お母様の」


 納得した。親の出身地なら、知っていてもおかしくないだろう。


「えーっと……そういえば、お名前なんでしたっけ。ああ、私の名前はサラといいます。姓はありません。平民なもんで」

「サラさん。俺は、シラルト・ルック・スラリア」


……え?スラリア?

 スラリアって、あの?

 私がじっと見つめると、シラルトさんは照れたように頭を掻いた。


「えーっと、まぁ、ご存知の通り騎士を輩出する家なんだけど……そんなにかしこまらなくてもいいよ」


 スラリア家は、ただの騎士を輩出する家系ではない。あの英雄、ルーザックの子孫とも言われていて、代々騎士団長や腕利きの騎士を出している、騎士の憧れの家系である。名門中の名門だ。


 そんな人間と話す機会があるとは……私が感動していると、焦ったようにシラルトさんがまくし立てた。


「それで!それで君は、どこへ向かう予定なんだい?よかったら送っていくよ」


 それは助かる。ただ今私は迷子なのだ。ここはお言葉に甘えよう。


「ありがとうございます……その、『魔女・騎士養成専門学校』へ行きたくて」


 すると、シラルトさんは驚いたように目を見開いて、少し大きな声で言った。


「俺も同じところを目指していたんだ……もしかして君、新入生?」


 特に隠す理由もないので、私はコクリと頷いた。

 すると、彼は嬉しそうに顔を綻ばせる。


「なんと……そうか。俺は『魔女・騎士養成専門学校』の4年生。今年で18になるんだ。もしかしたら、また関わることがあるかもしれない。そのときはよろしく」

「あぁ、そうだったのですか。改めて、どうぞよろしくお願いします」


 そう言って微笑みながら握手を交わす。そこでシラルトさんは焦ったように歩き出した。


「だったら、早く学校へ行こう……初日に遅れたら大変だ」


 特に反論することがないので、私はよいしょとカバンを持ち直し、早足で彼を追い始めた。

 すると、彼は歩幅を小さくして、先程よりもゆっくり歩いてくれた。

 それが私のためだと気づいたので、ありがとうございますと頭を下げれば、彼はにっこり笑った。


「大したことじゃないよ。これが当たり前さ」


 そのとき、私はうわぁと思った。


(これが紳士ってやつか。女からは熱がこもった眼差し。男からは嫉妬のこもった眼差し……ってか。これだけ優しいとなると、ファンクラブとかできてそう)


 そんな感想を持ちながら、私はシラルトさんを足を速めて追った。



***



「ここが学校だよ」

「……うわぁ……」

 

 それは感嘆というか、呆れも少し滲むような声だった。


 すごい外観だなぁ。お金持ちの貴族の精一杯見えを張った結果の豪邸、って感じ。

 真っ白い壁に、ガラスをふんだんに使った窓。派手すぎず、趣味の良い装飾が施された柱やあれこれ。そんな建物があちこちにあって、寮っぽいものもある。

 

 すっごい広いなぁ、敷地。ローンとかってあるのかな。……いや、王立だし、全部王族持ちか。お金持ってますなぁ。切実に少し分けてくれ。


 ぼーっとしていると、隣のシラルトさんが笑った気配を感じた。


「……?」

「いや、なんか……なんでもない」

「?」


 つくづく、貴族ってなに考えているのかわからないな。

 

……ところで、先程から、学校へと入っていく生徒の皆さんから視線を感じる。

 なんでだ?と思っていたが、次の話し声で察した。


「おい見ろよ……『白銀の騎士』が、女連れてるぞ」

「本当だ……珍しいこともあるもんだな」

「なんですの?あの方は。『白銀の騎士』であるスラリア様の隣に立っているなんて」

「ユリス様の言う通りです。身の程知らずも甚だしい」


 あー、なるほど。学校に来てそうそう、とてもめんどくさくなりそうです。


……というか、『白銀の騎士』ってなんだ?二つ名みたいだけれども。はっ、もしかして、銀髪だから?戦っているところが、まさしく『白銀の騎士』だから?そのまんますぎる。


 隣を歩く『白銀の騎士』様に、私は湿度の高い目線を投げかける。


 すると、彼は困ったように頬をかいていた。


「いやぁ、なんだか過ごしていたら、いつのまにか……」


 なんと、普通に過ごしていたら二つ名がついたという。注目されるよう、意識して生活を送っていたのならまだしも、ただ単に生活していただけでこれとは……イケメン、恐るべし。


 いやいや、だったら私は完全に邪魔なわけで。というか、私があまり関わりたくないわけで……。

 だって、もし()()()()()()勘違いでもされれば、ぜったいに虐められる。様子から見るに、イケメン&腕の良い騎士であるシラルトさんは、女子から見れば優良物件だろう。つまり、その嫁ぎ先には最高な『白銀の騎士』が平民の女を連れているなどと噂が流れば、私はもれなく最悪な学校生活を送ることとなる。


 そんなのは絶対に嫌だ。せっかく試験に受かって、夢が広がったというのに。


 案内してくれたシラルトさんには悪いが、ここは丁寧にお礼を言い、さっさと退散しよう。そして、これからは彼に近づかないようにしよう。


 決意した私は、くるりと体の向きを変え、シラルトさんに頭を下げた。


「案内、ありがとうございました。助かりました」

「本当かい、それは良かった」

「ええ……きっと私は邪魔だと思いますので、それでは、また。本当にお世話になりました」


 そして私は、一人スタスタと敷地内を歩く。後ろからシラルトさんに女子たちが近づく気配があったが、無視した。

……シラルトさんが私に呼びかける声も、無視した。



***



 それが、昨日の出来事である。

 あのあと、寮長のスザンヌさんから自分の部屋に案内され、午後からの入学式に出席した。


 制服は、膝までの紺色のスカートまたはスラックスに、白いシャツ。そしてボレロのような紺の長袖ブレザー。女子はリボン、男子はネクタイの、ザ、制服なものだった。

 それでもいたるところに金色で刺繍が施されていて、うわぁ、汚せないとなかなか着るのに勇気がかかった。


 それだけで、ここは貴族専用の学校であることが伺える。やはり平民は私一人のようで、スザンヌさんは珍しそうに私を見ていた。まだこちらの視線のほうが耐えられる。

 逆に言えば、それだけここは貴族がいるということであり、彼らからみれば、私は身の程知らずな汚らしい平民の娘ということで――


 今日、早速熱烈な歓迎を受けました。


「調子に乗っているんではなくて?」


 教室に入って机に座れば、仁王立ちして腕を組む少女が1人。

 そして、その取り巻きらしき女子が3人。


 なんてこった、悪役令嬢ってこんなにいるもんなんだ。計10人くらいに会っちゃったよ。


「あ、えーと」

「ふん、反論する能もないのね。つくづく、卑らしい平民だわ」

 

 そう言って、そこからか取り出した扇子?で口元を覆い、クスクス笑う。

 おおう、私を相手にするなんて、なんて暇人なんでしょう。勉強すればいいのに。


「いやあの、どちら様で?」


 そのとき、私の机をリーダー格の女の子が高級そうな扇子?でぶっ叩いた。


「なんですの?その口の訊き方は!馬鹿にしているでしょう!」

「はい」

「『はい』って、あなた……!自分がどういうことを言っているのか、わかっていますの!?」

「あのー、それよりも、卑らしい平民の私を相手にしていて、何が楽しいのですか?」

「はぁ!?」


 ちょっと狼狽えたのかも。顔は赤いままだけど。


「だから、あなたたちから見て、私は身の程も知らずに社交の延長の場へと足を踏み入れた、愚かな小娘なのでしょう?」

「え、ええ、そうよ。よく知っているじゃないの」

「なので、あなた達が話しかける価値もないと思うのですが」

「……」


 黙ってしまった。

 かと思えば、無言で踵を返して大人しく席についた。


 どうやらうまくいったようだ。私は安堵のため息を吐いた。



***



――と、思ったのに。

 なんてことでしょう。友達が一人もできません。


 皆話しかけても去っていくのだ。そうでなければ睨まれて終わる。

……これは、十中八九、あの日のことだな。

 うわぁぁぁぁ、失敗したぁぁぁぁ。母の言葉は間違っていなかったらしい。

 

 それでも、なんとかなるかと楽観視していたある日。やばいことになってしまった。


 今は学校生活が始まってから数回目の授業の時間。

 なぜか広い競技場に全校生徒が並び、先生からの指図を待っている。

 そこで先生は、ある発言をしたのだ。


「これから、新入生の『ペア』を選考します。よって、まだ他学年で決まっていない者は進み出なさい」


 それを聞いた途端、私は、あ、終わったなと思った。

 

 どうやら、ここには『ペア制度』なるものがあるらしい。

 魔女見習いである女子と、騎士見習いである男子がペアになり、これからの課題や学習の役立てていくのだという。

 魔女は騎士に守られながら戦うもの。それは周知の事実だ。だから何も反論はない。


 しかし、これはあくまで任意。なので他学年に数人ペアがいない者もいる。

 ただ、ペアがいたほうがいい場面もあるし、特に1年生は、難しい授業のとき、それが大いに役立つのだという。


 だったら私はペアを作りたい。しかし、おそらく不可能だ。

 学校が決めた制度とはいえ、やはり男女のペア。そのため、ペア制度は自分の嫁ぎ先や婿に入る家を決める手段でもある。

 だったら、平民である私を選ぶ者はいないだろう。そう、つまり私はずっと一人だ。


 諦めの顔で先生の言葉を聞いていると、その時間になったらしい。あちこちから誘う声が聞こえてくる。


「なぁ、スミナール嬢、俺とペアにならないか?」

「まぁ、ユベル様。喜んで」

「あの、ペアに……」

「すまん、もう決まってしまっていてな」

「サラさん、俺とペアにならない?」


 あーあー、やっぱり誰もいな……んん!?


 はっと顔を上げると、そこには『白銀の騎士』シラルトさんが。

 え?今、え?

 ぽかんと見上げると、シラルトさんはにっこりして繰り返す。


「俺とペアにならない?」


 はっ!?ええ?決まって……ええ!?

 ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってください!


「俺とペアにならない?」

「わかりましたから!3回も言わないでください!」


 なおも言い続ける彼に、私は声を荒げた。

 周りには、そんなまさかと目を見張る者達が。

 中には、明らかに嫉妬と蔑むような感情を持っている令嬢まで。


 ああ、終わった……私の楽しい学園生活が……。


 いや、確かに前の生活はつまらなくて嫌だった。だけど、こういうことじゃなくて。なんというか、たまに試練とかがありつつ、ちょっと、ほんの少し、胡椒を少々くらい、波乱万丈な青春を謳歌したかった……。というか。わかります?私の気持ち。


 だからね、こういう目立ち方はしたくなかったわけで。わがままで申し訳ないけれど、恋愛関係で友人がいなくなるのは……ドロドロで嫌なの!わかった!?


 そして、そんな感情を抱きつつ、引きつった笑顔で私はシラルトさんを見上げた。


「あら……どうして私なんですか?『白銀の騎士』様」

「どうして、そんなに他人行儀なんだい?」

「この他に、私めのような醜女に貴方様にふさわしい接し方があるとお思いですか?」

「君はきれいだよ」

「……」


 そういう意味ではないんですよ、ええ。


 というか、さらっとそういうこと言っちゃう感じ、普段の様子がうかがい知れるわ。そりゃ、女子から熱い視線を受けるわけですわ、はい。

……え?ということは、なかなかの女たらしなんじゃ?本人に自覚はないかも知れないけど。


「じゃあ、天然系女たらし、か……」

「え?」

「いえ、なんでも」

「そう。……で、返事は?」


 ん?返事?


「だから、ペアになるっていう……」

「あぁ、お断りします」 


 私がキッパリ言うと、シラルトさんは数秒固まり、耳に手を当てこう言った。


「……え?お受けします?」


 ちょっとおかしいと思う。

 流石に聞き間違えだと思うので、もう一度。


「いえ、恐れながら、謹んでお断りさせていただきます」

「謹んでお受けいたします?」

「……ちょっと、耳鼻科に行ったほうがよろしいかと。貴方は耳が馬鹿なんですか?お、こ、と、わ、り、し、ま、す」

「……どうして?」

「いや、だから……」

「嫌だから!?」

「……もういいです」


 この人について行けない。私が踵を返そうとすると、それを見ていた先生が。


「どうしてお断りするのですか?とても名誉なことなのに」


 と、大変迷惑な(ありがたい)ことをおっしゃった。

……余計なことをー!!と思ったのは、周囲の乙女たちも同じだろう。彼女たちもまた、私が彼のペアになってしまうと困るのだ。主に恋愛の面で。


「いえ、私には分不相応なことですので」

「学園では、身分の上下関係はありません。シラルト・ルック・スラリアは一度もペアを選ばなかったこともあり、私達教師は嬉しかったのですよ」


……知るかよ、んなもん!!

 その『嬉しいこと』のために、私が犠牲になれと!?ふっざけんな!


 確かに、学校では上下関係はないとされているのかも知れない。だがそれは、プライベートまで及ぶものではない。

 そのため、隠れて私が虐められることもおかしくないのだ。


 私がギギギと歯ぎしりをしていると、シラルトさんがにっこり笑って手を差し出してきた。


「ということで、よろしく!サラさん!」

「……」


 私はその手を跳ね除け、彼をきつく睨んだのだった。



***



「なぜにこうなった……」


 私は食堂での夕食の後、寮の自室にある、ふかふかのベッドにボフンと横たわった。


 食堂では、もうすでに噂が行き交っているのか、私に近づく者はいなかった。

 そして、夕食が乗ったプレートを運んでいる間(貴族なら自室で食べるか、自分の使用人に運ばせるがするが、あいにく私にはそんな人はいない)、わざとぶつかってきたり、水を故意にかけられたりした。

 

 今日でそうなのだから、きっと――

(明日から、色々やばくなりそう……)


 というか、正直怖い。貴族のご令嬢たちからどんなことをされるのか……。どんな扱いを受けるのか、想像がつかない。

 だって、向こうは貴族だ。どのような手を使って、私をシラルトさんのペアの座から、引きずり下ろすのだろう。いや別にペアの座はどうでもいいけれど……。


(水をかけられる?私物を壊されるか、それとも隠されるか……はたまたありもしない噂を流されるとか……?)


 考えだしたらきりがない。今日は大人しく、寝るとしよう。


 私は、自分のどんどん悪くなる思考に蓋をして、目を瞑った。

 体力的というか、精神的に疲れたのだろう。次に目を覚ましたときには、早朝だった。



***



「あの子……昨日のペアの選考の際、身の程もわきまえずスラリア様とペアになった者ですわ」

「まぁ。どうやって『白銀の騎士』様に取り入ったのかしら?」

「きっと、わがままを言って優しさに漬け込んだのよ」

「なんと汚らしい……さすが卑しい平民の子ね」


 聞こえてるわよ、お貴族様。


 流石というべきか、ほとんどの令嬢がやっとわかったで口元を隠し、絶妙に聞こえる大きさで、私を蔑むような話をしている。


 まさかこれほど早く、ペアの件が広がることになろうとは……貴族社会、恐るべし。

 いやいや、感心している場合じゃない。これは結構な事態では?


 私が望むのは、『胡椒ひとつまみほどの刺激がある、学校生活を送ることと』だ。

 そうすると、今の状況は私にとって少なくともあまり芳しくないものだ。


 さて、どうするか……当たり前だろう、仲間を作るのだ。

 いやしかし、そんな簡単に行くはずもない。だから私は決めた。


(片っ端から声をかけても意味はない。礼儀知らずだと罵られるだけ……だったら、仲間にふさわしいと思われなくちゃ!よし!次の定期テストで、上位5位以上を取ってやるっ!)


 それなら文句もないだろう。こいつやるな、とあっちから近づいてくるに違いない。


 だったらひたすら勉強だ!――そして、それから受験生以来の猛勉強が始まった。



***



 ああああああ、どうしてだぁぁぁぁ。


 あれから数ヶ月たった。そしてついに、この前定期テストの結果発表が貼り出された。

 結果は見事学年1位。私でも予想し得なかった快挙である。

 いやしかし、それでも私の身の回りの状況は良くならなかった。というか、悪化した。


「あの小娘……平民の分際で、学年1位を取るなんて、身の程知らずにも程があるわ!」

「落ち着いてくださいませ、ジェルマー様。2位でも十分すごいではありませんか」

「ですが……確かに、少し気に障ることですわね」

「ええ、そうでしょう!?スラリア様の件に続いて、定期テストまで……!なんて小賢しいネズミなの!!」


 なんてこったい、ネズミに格下げされちゃったよ。もはや人外。

……いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないって!少し考えればわかったでしょう!私!前の時点で彼らからみれば、私は十分面白くなかった存在のはずなのに、今回の件でそれが顕著になった。


 もう終わった。向こうからしてみれば、私は「『白銀の騎士』をその優しさに漬け込み、身の程もわきまえずテストで学年1位を取った小賢しい女」になってしまった。……改めて考えてみれば、結構かわいそうすぎないか、私。


 いやもうそれもどうでもいい。このまま一生私は虐められる生活を送るんだ。青春なんてこの世に存在しないんだ。考えてみれば、『春が青い』なんておかしな話だったのだ。春は桃色だろう……。


 そんなおかしなことを考えていると、誰からか控えめにポンポンと肩を叩かれた。


 果たしてそこには、気弱そうな、淡い桃色の髪をゆるく2つに結んだ少女が立っていた。

 彼女はあわあわと手を意味もなく振り、垂れ目の目を更に垂らして、もぞもぞと言った。


「あの……わたくし、アメリア・サンダースといいます。お友達に、なりましぇんか」


 噛んだ。


 恥ずかしいのか、少女は顔を真っ赤にさせて体をうねらせる。


 対して私は、突然のことに目を見開き、うろたえるばかりだった。


 『サンダース』という家名は聞いたことがない。おそらく、そこまで偉いところではないのだろう。いいや、それよりも……

 なぜに私?見てわからないの?明らかにいじめられているでしょう。そんな子の近くにいたら、貴方も巻き添えを食らうかも知れ――


「あら、子爵家の『お飾り姫』が平民に話しかけているわ」

「まぁまぁ、きっとあの子も苦労しているのよ。なんてったって、妾の、さらに平民の娘を母に持っているのですから」


――なるほど。事情は察した。


 つまりは、彼女も私と、言っちゃなんだけど()()ということだ。

 『類は友を呼ぶ』なんて、今の状況では、なんだか皮肉っぽく聞こえてくる。

 きっと彼女も、自分と同じような境遇を持つ者なら、友達になれるかもしれないと私に話しかけて来たのだろう。

 きっとそこに、私個人をどう思っているかなんて、入っていない。


 しかし、せっかく話しかけてくれたのだ。私だって友達になりたい。


「ええ、よろしく、アメリア。私はサラといいます」


 そう言ってにっこり笑えば、向こうも花が綻ぶように笑う。

 ただ、これはあくまで保身のため。群れて行動するための、いわば約束(契約)

――そこに特別な感情なんて、なかったのだ。



***



 この学校では、基本的に男子は『騎士』、女子は『魔女』として学ぶ。

 そのため、普段の授業では男女分かれて受けることが多い。


 男子は『護の塔』、女子は『闘の塔』で学習することが大半だが、週に一度くらいの頻度で、学校の中央にある『攻守の広場』で両方集合し、授業を受ける。


 そして今日がその日だった。内容は、『2ペア同士で模擬戦をすること』。合同授業も数回目だが、早すぎやしないかと思ったが、なんと入学からかれこれ半年経っていた。なんという時間の経過。恐ろしい。

 ペアの中には他学年に相手がいる者もいるので、この特別授業は全校生徒で受けることが決まっている。


 そう。つまりは私は()()()といっしょに戦わなくてはいけないわけで……


 私が広場でキョロキョロしていると。


「やあ」


 げげ。シラルトさん登場。


「……出会い頭でその顔は、さすがにちょっと傷つくよ」


 するとそう言って、シラルトさんは少し表情を曇らせた。


 なんと。感情が顔に出ていたらしい。気をつけなくては。

 周囲からは相変わらず妬みや羨望の目線。もうウザったくなってきた。どんだけ暇人なんだ。


 私が内心イライラしていると、彼は、相変わらず美しい顔に笑みを乗せ、手を差し出した。


「じゃあ、今日は協力が大事になってくるから、よろしく」


 私は、今ここで!?と思いながらも、引きつった笑みで握手をした。


――周りの視線の中に、殺意を含んだ者がいるとは知らずに。



***



 私達が戦う(の模擬戦)相手は、魔女見習いルーシーと騎士見習いヘデン(こちらだけ騎士が高学年だとフェアじゃないので、向こうのへデンもシラルトさんと同学年)のペアだった。


 二人は互いに名家の出身。ヘデンはヘラヘラ笑いながら、ルーシーは嫉妬をにじませた鋭い目つき(おそらく私に向けて)ではじめの挨拶をする。

 

「「よろしくお願いします」」


 そのとき、向こうのルーシーから、ボソリと一言。


「よくもまぁ、お優しいシラルト様を唆してくれたわね。フフ」


 ゾッとした。


 まさかの名前呼び?貴族というものは、誤解からなる噂を最小限に抑えるために、男女は親しい間柄ではなかったら(ペアの場合は、戦っているときにすぐに相手の名前が呼べた方がいいからと、普通名前呼び)、ほとんどの場合家名呼びじゃなかったの?


 もし私の認識が本当だとしたら……ルーシーは彼と()()()()()()()をされてもいいと思うくらい、シラルトさんを慕っているのだ。


 なんと恐ろしい。やばいんだけど。そう思っていると、教師から始めの合図が出された。



***



 結果は圧勝。まず私が魔術を連続して放ち、それをルーシーが結界で守っている間に、シラルトさんが

ルーシーの足元を柄で転ばせ、その隙に私が魔術で拘束。


 その間切りかかってきていたへデンも、シラルトさんの見事な反射速度で打ち負かした。


 うわぁ。さすがの『白銀の騎士』。段違いに強い。

……これは守られている、というよりかは共闘に近かったけど。


 そう呑気にしていると、シラルトさんがにっこり笑って口を開いた。


「すごかったよ、サラさん。魔術の発射速度も舌を巻くほど速かった」


 わぁ。すごいオーラ。


「いえ、シラルトさんの援護?もすごかったです。さすがでした」


 そうすると、彼はわずかに頬を染めた。


 いやなぜに?と思っていると、視界の端、動くものが一人。


「!?」

「ルーシー!?」

「サラさん!」


 反応が遅れた。しかし、正体はわかった――ルーシーだ。


 彼女は私に掴みかかり、練習用の魔術の杖を私めがけ振り下ろしてきた。


「っ……」


 急いで、こちらも魔術の杖で抑える。

 するとルーシーは、光のない目に涙を浮かべながら、叫んだ。


「ふざけないで!ふざけないでよぅ!どうしてシラルトさんの隣に、貴女のような汚い平民がいるの!?本当は、あたくしがいるはずだったのにっ!!」


 ひどい、ひどい!と言いながら涙をこぼす。

 あたりは騒然。いつもは普通だったルーシーの豹変ぶりに、驚く者が多かった。私も含め。


 そこに遅れて、彼女の言うシラルトさんが私を救出する。


「大丈夫かい?ごめん、俺がいながら」

「……まぁ、怪我はないです」


 そう答えながら、私は彼女に目を向けた。

 ルーシーは先生に連れられ、広場を出ていくところだった。


 その間も、ずっと私に向けての憎悪を撒き散らしながら。


「ふざけるな、ふざけるな!!彼の隣はあたくしがふさわしいの!あたくしこそがシラルト様の伴侶となるべき存在なのよ!!」


 色々すっとばしすぎやないか……。私が冷たい目線で見送っていると、噂のシラルトさんが小さく謝ったのが聞こえた。

 私はそちらにちらりと視線を向け、目線で理由を問う。


 彼は深く俯いており、表情を悟らせないようにしていた。


「俺のせいで……君を危ない目にさせてしまった」

「どうしてそう思うのですか」

「だって、彼女が……俺に、その……」


 言いづらいようなので、私が言葉を引き継ぐ。


「『ルーシーが貴方に惚れたから、私がそれに巻き込まれてしまった』と……そう言いたいのですか」


 コクリと頷くのが見えた。

 その時さえも、短い銀髪がさらりと揺れる。ほんとどんだけ絵になるのか。


 私はため息をつき、いいですか?と前置きしてから言った。


「確かに、彼女が貴方様を慕ったのが、今回の発端かも知れません。ですが、それは貴方の知らないところで起こった出来事であって、それを阻止するのはどう考えても不可能です」

「けれども……」

「だから……だから私は、これっぽっちも貴方に怒りを感じていません」


 そして、私はためらいがちに、彼の美しい髪を触った。


「ほら、もし私が貴方を嫌っていたら、こうして髪を触ることもできないと思いませんか。だから……」


 そこで私はピキリと固まる。


 ここは皆がいる広場。ということは、見られているということであって……。

 つまり、こんな私が『白銀の騎士』の髪を触っているところを目撃されたら、終わりということである。

 っていうか!なんで髪触ってんのよ私!


 そーっと周りを伺えば、なんということでしょう。ほぼ皆にすごく注目されています。


 やばーーーーーーーい!!!と絶望したのもつかの間。よくよく見れば、皆さん涙を浮かべているではないか。


 え?なになに?どういうこと?


 するとそこへ、先日友達になったアメリカが、こそこそとやってきた。

 そして来るなり彼女はひどく感動した様子で、私の手をブンブン振り、


「情熱的な愛のプロポーズ!!なんて感動的でしょう!わ、わたくし、思わず泣いてしまいました!!」

「……は?あいのぷろぽーず??」


 どういうことですか?とシラルトさんに目線を向ければ、彼は顔を真っ赤にして微笑んでいた。


 え?え?ん?え?は?


 ちょっと危ない気がする。そうだ!抜け出してしまおう。逃げるが勝ち! 

 私がそそくさと離れようとすれば、大きい手でガシッと腕を掴まれてしまった。見なくてもわかる、シラルトさんだ。


「まさか、君もそう思っていたなんて……」


 え?なんの事でしょうか?


「俺達、婚約しよう!!」

「「「「わぁあああああああああ!!」」」」


 ……ふぇ?


 ……ど、どどどどどどうしてそうなるのぉ!?皆さん、私に向けていた嫉妬はどうなっているんですか!?


「ぐすっ、思えば、あの小娘を好きにはなれませんけれど、シラルトさんにいい人ができてよかったですわ!」

「これが、今流行りの『シンデレラストーリー』なのですね!平民が貴族に恋をする……なんて素敵なのっ!」

「なんだか前は面白くなかったけれど、今はすごく感動的ですわ!応援したくなります!!」


 どうやら、そういうことらしいです。

……いやどういうことだよぉぉぉぉ!!そんなすぐに気持ち変わんねぇだろ普通ぅぅぅぅ!



***



 後日のアメリア情報によれば。

 今王都では、平民と貴族が身分の垣根を超えて恋愛をする、という『シンデレラストーリー』ものの小説が流行っているそうでして。

 そして、私が先日言った言葉。


――ほら、もし私が貴方を嫌っていたら、こうして髪を触ることもできないと思いませんか。だから……


 あれは、貴族の伝統的な告白の仕方だったようです。


 えー、つまりは、『嫌いではない』=好き 『髪の毛を触る』=情熱的、ということである、らしいです。


 いや知らんわーーーーー!私平民なんですけどぉぉぉぉ!?


 

***



「はい、あーん」


 そして、口元に料理を運ばれる。

 私は渋々、それを口に入れる。

 彼はとろけそうなほど甘い笑みを浮かべた。


 ……現在、私はシラルトさんにデレデレに甘やかされています。


 どうやら、彼は私に『一目惚れ』なるものをしていて、私と同じ気持ち(多大なる勘違い)だったとか。

 そう、そこに先日の件が重なり、今の彼が出来上がったというわけだ。


 この状況に、アメリアは熱烈に応援しており、周りも温かい目線を向けてくる。


 これだけは言いたい。……こんなの望んでいなかった。


 私は確かに、つまらない生活は嫌だった。刺激が欲しいとも。だからここに通っているのだ。しかし、誰が想像するだろうか?こんな状況。


 私は断った。『身分差的に……婚約は無理かと』と。そしたら彼は、『家では自由恋愛が認められているから』とにこやかに言った。逃げ道はなかった。


 両親に手紙で報告すれば、父は『許さん』と一言。母は『まぁ良いんじゃない』と投げやり。


 今でこそ渋々な状態だが、私にはわかった。これはいつか絆されるな、と。

 事実、少し彼に好意を持ち始めたのを自覚している。


「はい、あーん」


 考え事をしていれば、彼からデザートの苺を差し出された。


 私はきっと、この先、絶対に偉大な魔女になる。そしておそらく、その騎士である彼から、この果物より甘々な扱いを受けるのだろうと、確信した。

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