風車を守れ!
夜明け前の闇が、風力発電施設を覆う丘を最も深い闇で包んでいた。施設正面ゲート前には、ソラの**ポータブル通信機**を通じて呼びかけに応じた、十数人の**防衛隊**が身を潜めていた。構成は多様だった——腕にケガをした元消防士、農業用の散弾銃を持った老農夫、シリア難民の青年、そしてLGBTQ+サポートセンターから逃れてきた若者たち。彼らはジャビールが設計した即席のバリケード(車両の残骸と金網を絡めたもの)の陰で、震える手で武器(棍棒、工具、少数の狩猟用ライフル)を握りしめていた。中心には、負傷した左腕を吊りながらも毅然と指揮を執る**ジャビール**の姿があった。
「…覚えておけ! 目的は戦うことじゃない!」ジャビールの声は低く、しかし全員に届くように響いた。「時間を稼ぐんだ! 別働隊が変電所に侵入するのを阻止し、ソラさんが警告した避難民が安全圏に退避する時間を…そして、アキラとタマが探った『非常用ポンプ』を守る時間を稼ぐ!」
その「非常用ポンプ」こそが、変電所内部の隅に設置された、赤いハンドルのついた手動式ポンプだった。ジャビールは前夜、図面を基に防衛隊の有志(施設元作業員の老人)にその重要性と操作方法を叩き込んでいた。冷却水循環が止まれば変圧器が過熱爆発する——その情報が、防衛隊に決死の覚悟をさせた。
一方、崖下の岩陰では、**アキラ**と**タマ**が待機していた。彼らの任務は「戦わない支援」——索敵、攪乱、そして「非常用ポンプ」の位置を死守する防衛隊への情報伝達だ。アキラは**体勢を低く**し、**大きな眼球**を闇に凝らしていた。**四色型色覚**は、人間の目では真っ暗な場所でも、革命党員の体温が発する微かな**赤外放射**をシルエットとして捉え、その動きを追跡できる。タマは高い岩の上に位置し、**優れた聴覚**と**広い視野**で周囲を監視していた。
「ドドドド…!」遠くでエンジン音が轟き、ヘッドライトの光の帯が丘の麓を照らした。革命党の主力部隊だ。トラック数台とジープが停止し、三十人以上の黒いユニフォームの男たちが降り立った。金属のぶつかる音、威嚇の叫び声が夜気を震わせる。
「…来たぞ! 構えろ!」ジャビールの指示が防衛隊に飛ぶ。
革命党は正面突破を開始した。バールや大型ハンマーでバリケードを力任せに叩き壊す音が響く。防衛隊はジャビールの指示に従い、無理に阻止せず、バリケードの後方から威嚇射撃(散弾銃の空砲や、鉄パイプを叩く大きな音)で時間を稼いだ。狙いは「別働隊」の動きを引き出すことだ。
アキラの**鋭敏な視覚**が、崖中腹で動き出す人影を捉えた。別働隊(十人)が、ロープとハーネスを装着し、静かに崖を降り始めている。彼らの目指す先は、変電所の裏口だ。
「キッ!」アキラが短く鳴いた。合図だ。タマが風のように動き、アキラが示した方向へ——変電所裏口の近くに潜む防衛隊の斥候(元作業員の老人)へと走り去った。タマは老人の足元に飛びつき、**前肢**で変電所の裏口を激しく指さし、警告の声を上げた。斥候は即座に通信機でジャビールに連絡した。
「…了解! 変電所班、配置につけ! 奴らが来る!」ジャビールの声が通信機から響く。変電所守備隊(5名)が緊張を高めた。
別働隊が崖を降りきり、変電所の裏口に近づいた。リーダー格の男が合図を送り、バールでドアの鍵を破壊しようとした——その瞬間!
「ガラガラガラ——ッ!」
頭上から瓦礫の雨が降り注いだ! アキラだ! 彼は変電所の屋上から、事前に準備しておいた瓦やレンガを**右後肢**で蹴り落としていた。**軽量な骨格**と**俊敏性**を生かした奇襲だ。別働隊は思わぬ攻撃に慌てふためき、密集した隊形が乱れた。
「くそ! 上に何かいる!」
「サルか!? いや…鳥…?」
混乱に乗じ、防衛隊が変電所裏口から突撃した! 少数だが、奇襲の勢いは凄まじく、ロープや装備に絡みつきながら革命党員を押し返した。アキラは屋上で旋回し、**尾**でバランスを取りながら、**左前肢**の**第III指**で「非常用ポンプ」の方向を変電所内部の防衛隊に指し示した。防衛隊はその合図を理解し、ポンプを守る位置へ移動する。
しかし、革命党別働隊も素早く態勢を立て直した。リーダーが拳銃を抜き、威嚇射撃!
「バババッ!」
弾丸がコンクリート壁を跳ねる。防衛隊の一人が肩を撃たれ、崩れ落ちた。
「くっ…! ポンプを守れ!」仲間が叫ぶ。
戦況は膠着した。正面では主力部隊がバリケードを突破しつつあり、ジープが無理やり突っ込んでくる。防衛隊は押され始めた。ジャビールは焦燥感に駆られた。時間が足りない! 避難民の退避は完了しているか? ポンプは守りきれるか?
「…ソラさん! 状況は!?」ジャビールが通信機で叫ぶ。
「…避難民の大半は退避完了! だが…施設近くの廃ビルに、動けないお年寄りが数人…まだ…!」ソラの声は切迫していた。
「…ならば…!」ジャビールは決断した。彼は松葉杖を捨て、負傷した左腕を庇いながら、バリケードの前線へと歩み出た。「おい! 『革命』を叫ぶ君たち!」彼の声は渇いていたが、響き渡った。「その暴力で、何を守ろうというんだ!? 未来か? 誇りか? 見ろよ! 君たちが壊すのは、明日を生きる人々の希望だ!」
革命党員たちは一瞬、足を止めた。ジャビールの威圧感と、その言葉に潜む真実が、刹那的な隙を生んだ。その瞬間が命取りとなった。
「黙れ、異国の小僧が!」
主力部隊の後方から、低く冷たい声が響いた。幹部らしき男が拳銃を構え、ジャビールを狙い撃つ姿勢を取った!
「『純粋な未来』のためには、不純物の排除は当然だ!」
「ジャビールさん!」「やめろ!」
警告の声が遅すぎた。銃口が火花を散らした。
「バンッ!」
弾丸が肉を貫く鈍い音がした。ジャビールの体が大きくのけぞった。左胸の上部(肩に近い位置)から血が噴き出した。彼は崩れ落ちるように膝をついた。
「ジャビールさんーーーッ!」ケイの悲鳴が戦場に響いた(彼女はハルオと共に後方支援で待機していた)。
その悲鳴が、アキラの本能に火をつけた。ジャビールは「群れ」の一員だった。守るべき存在だった。アキラは変電所屋上から、一気に地上へ飛び降りた! **後肢**の筋肉が爆発的な力を発揮し、**指行性**の足が地面を蹴る。長い**尾**が水平に伸びてバランスを保ち、漆黒の**羽毛**を最大限に逆立てた。彼は**鎌状爪**を武器としてではなく、ジャビールを狙った幹部への「最大の威嚇」として掲げ、その男めがけて突進した!
「ギャアァァァッ!!!」
甲高く、非人間的な、地獄から響くような絶叫。それはアキラが発した、これまでにない最大の警告音だった。その不気味な姿と奇声に、幹部を含む革命党員たちは一瞬、凍りついた。まるで太古の捕食者が蘇ったかのような恐怖が、彼らの脊髄を駆け下った。
「くっ…! 化け物め…!」幹部は狼狽しながら拳銃をアキラに向け直そうとした。
しかし、その隙に防衛隊が動いた! 老農夫の散弾銃が轟音を立て(空砲ではない)、幹部の足元を撃ち抜いた。男はよろめき、転倒した。革命党の指揮系統が乱れた。
「撤退だ! 今のうちに!」防衛隊の誰かが叫んだ。混乱した革命党は、幹部を担ぎながら後退を始めた。正面部隊も、別働隊も、押され始めた。
アキラはジャビールの元へ駆け寄った。ジャビールは意識を失わず、顔を強く歪めながらも、アキラを見つめた。「…大丈夫…だ…」。血が作業服を染めていたが、弾丸は肺や心臓を避けていたようだ。アキラは**細長い吻**を伸ばし、ジャビールの傷口の匂いを嗅いだ。**嗅覚**は鋭くないが、大量の出血の鉄臭さを感じ取った。彼は**右前肢**を伸ばし、**第I指**と**第III指**でジャビールの腕をそっと支えようとした。
「アキラ! ジャビールさん!」ケイが駆け寄り、ハルオから渡された応急処置キットで必死に止血を試みた。タマも警戒を続けつつ近づき、ケイに包帯を渡すように手渡した。
変電所内部では、防衛隊が辛くも「非常用ポンプ」を死守していた。元作業員の老人が、赤いハンドルを必死に回し続けていた。「…動いてる…! 冷却水、循環してるぞ…!」。革命党別働隊は、防衛隊の抵抗とアキラの威嚇的介入で侵入を断念し、撤退していた。
夜明けの光が丘を照らし始めた。風車は無事に回り続け、変圧器爆発は回避された。防衛隊は、負傷者を抱えながらも、撤退する革命党の背を見送った。戦いは辛勝だった。しかし、犠牲は出た——ジャビールが重傷を負い、防衛隊にも数名の負傷者がいた。
アキラは、ケイとハルオに支えられるジャビールの傍らに立っていた。彼の**大きな眼球**が、ジャビールの蒼白な顔と、染み広がる血痕を捉えていた。**群れを守る**——その本能が、今や抽象的な概念ではなく、痛みを伴う現実となって迫っていた。彼の冠羽は、夜明けの光に照らされ、**構造色**による青緑色の輝きを放っていたが、その下の**大きな眼窩**には、初めて見せる深い憂いの色が浮かんでいた。戦いは一時的に終わったが、革命党は消滅していない。そして、重傷を負った「群れ」の仲間を抱え、この先の安全は保証されていなかった。




