命がけの情報戦
ハルオの家の居間は、重い空気に包まれていた。ソラの**ポータブル通信機**が受信した最新情報は絶望的だった。**AGI災害管理ネットワーク**の予測精度は高いが、革命党の風車襲撃部隊は予想以上に膨れ上がり、武装も強化されていた。ソラの指がスクリーン上の赤い印(予測襲撃経路)をなぞり、声は硬かった。
「…正面部隊は三十人以上。火器保有率、予測50%超。別働隊(崖ルート)は十人…装備に爆発物の可能性あり」。彼女の視線がジャビールの負傷した左腕に移った。「…防衛隊と呼べるのは、周辺の避難民で集まった十数人…訓練も装備も…」。
ジャビールは壁にもたれ、顔をしかめながらも目は鋭かった。「…数の差は圧倒的だ。だが…あの変電所の図面があれば…」。彼の**建築技術**に基づく頭脳が高速で回転していた。「…配電盤の特定の回路を破壊されれば、施設全体がアウトだ。逆に…その場所を正確に知り、守れれば…彼らの計画は大きく狂う…」。
ハルオは松葉杖を握りしめた。「…アキラが見たあの手書きの図面…それが鍵だ」。彼の目が、隅で警戒態勢を解かないアキラとタマへ向く。「…だが、あれを『盗み出す』なんて…あまりに危険すぎる…」。
その言葉に、アキラが反応した。彼はゆっくりと立ち上がり、**細長い頸部**を伸ばした。**大きな眼球**がハルオを捉え、次にソラの通信機、そして北西(風車施設)の方角へと順に視線を移す。そして、**右前肢**を掲げ、**第II指**の**鎌状爪**をゆっくりと見せつつ、それを「閉じる」動作をした——獲物を「把持する」ジェスチャーだ。続いて、**左前肢**の**第III指**で自身の目を指さし、「見る」ことを強調した。最後に、タマの方を向き、短く「キッ」と鳴いた。タマは棚の上で「キキッ!」と応答し、木登りする身振りを見せた。意思は明白だった。*図面を奪い取る。俺たちならできる*。
「…ダメだ! あのテント陣営には銃を持った者がいるんだぞ!」ハルオが声を荒げた。
しかし、ジャビールが沈黙を破った。「…彼らには、我々にはない『武器』がある」。彼の目がアキラの**軽量な骨格**と**鎌状爪**、タマの**小さな体躯**と**器用な指**をじっと見つめた。「…サイズと敏捷さ…そして何より、彼らを『人間』と思わせない驚異性だ…。油断させる隙がある…」。
ソラも決断した。「…リスクは承知…でも、これが唯一のチャンスかもしれない」。彼女は通信機を操作し、**AGI**が推奨する侵入ルートと監視の死角を計算した簡易マップを表示した。「…夜陰に乗じて、崖の『ここ』から侵入。テントは三張り…図面があったのは中央だ…」。
**真夜中過ぎ**、月は厚い雲に隠れ、闇が深まる。風力施設背後の崖は、不気味な静寂に包まれていた。アキラとタマは、岩肌の割れ目や灌木を足場に、音もなく中腹の窪みへと接近した。アキラは**指行性**の足で岩の微細な凹凸を捉え、**半硬直化した尾の基部**でバランスを取りつつ、**可動性の高い尾先**が次の足場を探る。タマは**対向する親指**を持つ**前肢**を駆使し、アキラより高く、岩棚や木の根を伝って移動。二人(一羽と一匹)の影は闇に溶け込み、哨戒の革命党員の目を欺いた。
窪みに設営された三張りのテントは、中央の一つだけが小さなLEDランタンの明かりを漏らしていた。見張りは二人。一人は崖下を見下ろす位置で居眠りし、もう一人はテントの入り口近くでたばこをくゆらせていた。**AGI**の推測通り、警戒は手薄だった。
アキラは岩陰に身を隠し、**四色型色覚**を最大限に活用した。暗視能力はないが、わずかなランタンの光と、人間の体温が発する微かな**赤外放射**を背景に、対象のシルエットと動きを捉える。居眠りする男の呼吸のリズム、たばこを吸う男の顔の向き…。彼の**優れた動体視力**と**空間認識能力**が、監視の死角となるルートを割り出した。**右前肢**を微かに動かし、タマに合図を送る。*俺が気を引く。お前が潜入せよ*。
アキラは慎重に岩の影から這い出た。そして意図的に、崖下の方で小石を蹴る音を立てた。
「…ん?」たばこを吸う男が警戒してそちらを向く。「…何だ?」
アキラは素早く別の影へ移動。男の懐中電灯が、彼がいた場所をかすめる。
「…気のせいか? 害獣か…」男は警戒を解かず、数歩前に出た。
その隙だ! タマが風のように動いた。彼女は木の幹を伝い、テントの影へと滑り込む。**優れた立体視**と**器用な指**で、テントのファスナーを音もなく開け、細い隙間から中へと潜り込んだ。
テント内は、ランタンの微かな光が照らす。木箱の上には、確かに**手書きの施設見取り図**が広げられていた。変電所内部が詳細に描かれ、重要な配電盤が赤丸で囲まれ、破壊目標を示す「×」印が記されている。タマは即座にそれを認識した。彼女は素早く近づき、**両手**で紙の端を慎重につまむ。しかし、その時——図面の上に置かれていた、分厚い**革製のノート**が滑り落ちた!
ボトッ。
小さな音だが、テント外の男に聞こえた。
「…おい? 中で音がしたぞ!?」
タマは危機を悟った。図面だけをくわえて逃げるか? だが、ノートにも重要な情報があるかもしれない。彼女の**高い知能**が瞬時に判断する。**右足**で図面を押さえ、**左手**でノートを掴み、**右手**でファスナーを開けようとした。しかし遅い!
テントの入り口ががばりと開かれ、たばこを吸っていた男の影が立ちはだかった。
「な…なんだこりゃ!? サルが…!」
男の驚きは一瞬で怒りに変わる。手にしていたバールを振りかざした!
「盗みやがったな!」
タマはノートを諦め、図面をくわえると、男の脇をすり抜けようとした。しかし男は素早く、**左腕**でタマの逃げ道を遮った!
「どこへ行く!」
その瞬間——テントの天井部分が裂け、漆黒の影が降り注いだ! アキラだ! 彼はテントの上から、**軽量な体躯**と**強力な後肢**で飛び降り、**右前肢**を伸ばして男の顔面めがけて**第II指**の特大の**鎌状爪**をかすめさせる威嚇動作を見せた! 爪先が男の鼻先をかすめる。男は思わず後ずさり、悲鳴を上げた。
「ぎゃあっ!? こ、今度は何だ!?」
その隙にタマが脱出! アキラは男の動きを**優れた動体視力**で封じるように旋回し、**尾**でバランスを取りつつ、テントの外へ飛び出した。警報が上がる。
「テントに侵入者だ! サルと…鳥か何かだ!」
他の革命党員が飛び起き、懐中電灯が乱舞する。
アキラとタマは闇の中を疾走した。タマは図面をくわえ、アキラは彼女の背後を**鎌状爪**と**威嚇の姿勢**で守りつつ、追手を引きつけた。崖を駆け下りる際、アキラは**左後肢**で大きな岩を蹴り落とし、追跡者の足を止めようとした。タマは木々の枝を渡り、地上のアキラと連携しながら逃げ道を確保する。
**帰還**。ハルオの家の裏口から二人(一羽と一匹)が滑り込むと、待ち構えていたジャビールが即座にバリケードを閉じた。アキラは羽毛を逆立て、激しい呼吸を整えていた。タマはくわえた図面をソラの前に置き、「キキッ!」と誇らしげに鳴いた。
「…やった…本当に…!」ソラが図面を拾い上げ、LEDライトで照らした。手書きの変電所内部図は詳細で、破壊目標となる**主制御盤(赤×印)**と、その隣にある**冷却システムのバルブ(青〇印)**が明確に記されていた。さらに驚いたのは、図面の隅に走り書きされたメモだ。
『**冷却水循環停止→過熱→変圧器爆発**』
革命党は単なる破壊ではなく、施設全体を爆発炎上させるつもりだったのだ!
「…こいつは…」ジャビールが青ざめた。「…冷却システムを止め、変圧器を過熱させる…。爆発の規模は…施設どころか周囲数百メートルを巻き込む…!」。彼の**建築知識**が即座に被害規模を推測した。
ハルオは図面を凝視し、ある一点に目を留めた。主制御盤のすぐ横に描かれた、小さな「**非常用冷却水手動バックアップポンプ**」の印だ。「…ここだ! ここを守れば…彼らが主制御盤を破壊しても、手動で冷却を維持できる…爆発は防げる!」。
ソラは通信機を握りしめた。「…この情報を…防衛隊と共有しなければ。そして…」。彼の目がアキラとタマへ向く。「…君たちの命がけの情報が…多くの命を救う…ありがとう」。
アキラはハルオの指さす「非常用ポンプ」の印を**鋭い視覚**で捉えた。彼の**空間認識能力**が、その位置を頭内の変電所マップに刻み込む。タマはケイから褒められ、毛繕いされながら満足そうな声を上げた。しかし、安堵は長くは続かない。通信機が緊急アラートを発した。革命党の主力部隊が、予定を繰り上げて移動を開始したのだ。図面奪取がバレたか、あるいは単に計画を前倒しにしたのか。いずれにせよ、時間はなくなった。
アキラは窓際へ移動し、北西の闇を見つめた。風車施設の方角に、複数の車両のヘッドライトがゆらめいているのが見えた。戦いは、もう始まっていた。




