革命党の影
ハルオの家の居間には、ソラの**ポータブル通信機**から流れる、かすかな電子音だけが響いていた。スクリーンには、衛星を介した**AGI災害管理ネットワーク**から断続的に送られてくる、風力発電施設周辺の監視データが表示されていた。赤い印が「革命党予測移動経路」を示し、施設の構造図が点滅する。
「…予測では、襲撃部隊は二手に分かれる」ソラが指でスクリーンをなぞった。「主力は正面ゲートを破壊して発電機を狙い、別働隊が裏手の崖から侵入し変電所を占拠…ここだ」。彼女が指さしたのは、施設背後の急峻な岩場だった。**AGI**は過去の襲撃パターンと地形データからこのルートを推算していた。
ジャビールは負傷した左腕を吊りながら、施設の構造図を厳しい目で見つめた。「…崖ルートか。あの岩場、専門家でも登るのは難しい。…ましてや夜間ならなおさらだ。油断している隙があるかもしれん」。彼の**建築技術**に基づく空間把握能力が働いていた。
ハルオは松葉杖に体重を預けながら首を振った。「それでも、二十人以上か…正面から対抗するのは無理だ。情報…もっと具体的な情報がなければ」。彼の視線が、窓際で警戒するアキラと、棚の上で毛づくろいするタマへ自然と向かった。
その時、アキラがゆっくりと振り向いた。**大きな眼球**がハルオを捉え、次にソラの通信機スクリーンに映る施設画像へ移った。彼は一歩前に踏み出し、**細長い頸部**を伸ばしてスクリーンを凝視。次に、**右前肢**を掲げ、**第III指**を施設の方向(北西)へ明確に指し示した。そして、自身の目を指さし、短く「キッ」と鳴いた。
「…アキラ?」ケイが息をのんだ。
「まさか…偵察に行くつもりか?」ハルオが驚き混じりに呟く。
アキラはうなずくような素早い首の動きを見せた。その**鋭い視覚**と**空間認識能力**、そして**俊敏性**が、この任務に最適であることを自ら示唆していた。さらに驚いたことに、棚の上のタマが「キキッ!」と鋭い声を上げ、木登りするような身振りを見せた。彼女の**優れた登攀能力**と**警戒音**が、アキラの能力を補完できることを示しているようだった。
「…ありえないけど…ありだ」ソラが決断した。「でも、絶対に戦闘は避けて。写真や…配置図が撮れれば最高だけど…無理なら、目で見たことを教えて」。彼女は通信機のカメラ機能を示したが、アキラとタマが操作できるはずもない。
**日没直前**、アキラとタマはハルオの家を出発した。アキラは**軽量な骨格**を生かし、瓦礫の影を低く素早く移動。**尾**を地面に平行に保ち、**半硬直化した基部**が細かいバランス調整を行った。タマは電線や崩れかけた建物の壁面を活用し、**長い前肢**と**器用な指**で地上より高い位置を移動。二人(一羽と一匹)は互いに20メートル前後の距離を保ち、アキラが地上の危険を、タマが高所の脅威を監視する役割分担を自然に確立した。
**北西5キロの丘**に近づくにつれ、警戒は最大限に高まった。アキラの**羽毛**は常に微かに逆立ち、**聴覚**を全方向に向けていた。タマも頻繁に停止し、耳と鼻を動かして周囲をスキャンした。
風力発電施設は、小高い丘の頂上にあった。5基の巨大な風車が、夕闇の中で不気味に回転を続けている。施設周辺は金網で囲まれていたが、所々が破られていた。アキラは金網の切れ目から中を覗き込み、**四色型色覚**を駆使して暗がりを解析した。
「シャー…」アキラが低く警告音を発した。タマが即座に身を隠す。施設正門近くの監視小屋から、二人の革命党員が現れた。懐中電灯を不規則に振りながら歩哨についた。アキラの**高解像度視力**が、男たちの腰にぶら下がった**金属製の棍棒**と、一人が肩にかけた**旧式の小銃**を捉えた。
アキラは金網に沿って慎重に移動し、ソラが指摘した「裏手の崖」へ向かった。タマは木々の枝を伝い、先行して偵察する。崖は予想以上に急峻だったが、岩肌には割れ目や灌木が点在していた。
タマが突然、前方の茂みから「クックッ!」という短い警戒音を発した。アキラは即座に停止し、**体勢を低く**した。タマの指さす方向——崖中腹の窪みに、テントが三張り設営されていた。革命党の「別働隊」の拠点だ。数人の男がたき火を囲み、声を潜めて話している。
アキラは岩陰に身を隠し、**大きな眼球**で状況を分析した。テントの数(3張り)、男の人数(6名)、置かれている装備(ロープ、登山用ハーネス、バール、そして小箱——弾薬箱か?)。彼の**優れた空間認識能力**が、窪みから変電所(約100メートル先のコンクリート建造物)までのルートと、監視の死角を瞬時に把握した。
しかし、最大の発見は別にあった。テントの一つが入り口を開けており、中に置かれた木箱の上に広げられた**手書きの施設見取り図**だ。変電所内部の配電盤や、破壊すべき重要箇所が赤でマークされていた。
その瞬間、タマの鋭い「キッキッ!」という警告音が二度続いた——最大級の危険信号だ。崖の上で見張りに立っていた革命党員が、アキラの潜む岩陰の方へ懐中電灯を向けていた!
「…何か動いたぞ? あの岩の陰…」
「ネズミか? まさかサルじゃあるめえよ」
アキラは息を殺した。**第II指**の**鎌状爪**が無意識に岩を掴む。逃走ルートを頭内で再計算——しかし、上から照らされれば死角はない。
「ガサッ!」
頭上から小石が落ちる音がした。男たちの懐中電灯が一斉にそちらへ向く。タマだ! 彼女は意図的に別の茂みで音を立て、注意をそらしたのだ。
「おっ! いたぞ! サルだ! 害獣め!」
男たちの注意がタマへ向かい、アキラはその隙に、岩陰から静かに後退し、より深い闇へと消え込んだ。
**帰路**、アキラは施設周辺で破壊された**全天候型太陽電池モジュール**の残骸を発見した。革命党の手によるものか、地震の被害か。パネル表面の**超撥水コーティング**は剥がれ、内部の**量子ドット増感層(PbS)**がむき出しになっていた。**トンネル接合部**は物理的に破断し、**ペロブスカイト層**と**CIGS層**が剥離し、雨水で劣化していた。かつては曇天でも発電したパネルが、今は無残な電子機器の墓標と化していた。
ハルオの家に戻ると、アキラは即座に行動した。床にがれきを集め、**右前肢**の**第II指**の鉤爪で、変電所と崖のテント陣営の位置関係を描き始めた。続いて、テントの数を3本の線で、男の数を小石6個で表現した。最後に、**第I指**と**第III指**で四角(変電所)を囲み、その中を鉤爪で激しく引っかき「破壊目標」を示した。
「…6人が崖中腹のテントにいて、変電所を破壊する…これか?」ジャビールが解読した。
タマも貢献した。ソラが差し出した布切れを奪い、それを**変電所見取り図**に見立てて岩のように床に押し付け、**両手**で激しくビリビリと破り裂く動作を繰り返した。
「…彼らが変電所の図面を持っていて、それを破壊しようとしている」ソラが結論づけた。「崖のルートは…登攀装備があるから可能だ」。
ハルオがアキラの描いた「配電盤」を示す爪痕を見つめた。「…だが、彼らには弱点がある。装備は重く、崖を登るのは夜明け前のはずだ。動きが遅い…そして、変電所に突入する際は密集する…」。
ジャビールの目が光った。「…逆に、そこがチャンスかもしれん。変電所内部は狭い…少数で足止めできれば…」。彼の**建築知識**が防御戦略を構築し始めた。「…ソラさん、通信機で付近の避難民に警告はできるか? 特に…施設近くにいるかもしれない人々に…」。
ソラはうなずき、衛星通信モードへ切り替えた。「…AGIネットワークを介して、匿名アラートを流せる…。『明日未明、風力施設襲撃。周辺は絶対に近づかないで』…」。
アキラは彼らの会話を聞きながら、タマと視線を交わした。タマがケイの肩に飛び乗り、毛繕いを始める。アキラは**尾**をそっと左右に振った。偵察任務を共に果たした者同士の奇妙な連帯感が生まれていた。この複雑な「群れ」の絆が、革命党という巨大な影に立ち向かうための唯一の武器だった。窓の外では、風力発電施設の方角から、不気味なエンジン音がかすかに聞こえてきた。革命党の主力部隊が、着々と集結を終えつつある証だった。




