隠れ家の発見
夜の闇が瓦礫の街を完全に覆い、月明かりすら厚い雲に遮られていた。アキラとケイは、崩れたビルの谷間を、慎重に、そしてできる限り速く移動していた。ケイの膝の傷は痛み、歩くたびに顔をしかめたが、アキラと一緒にいることで、一人きりでいるよりもわずかな勇気が湧いていた。
アキラは常に先導していた。彼の**優れた暗所視力**(杆体細胞の密度の高さと、大きな眼球による集光能力)が、人間のケイには見えない障害物や危険をかすかに捉えていた。**四色型色覚**は夜間では機能を大幅に落とすが、わずかな光のコントラストを感知し、ルートを確保していた。彼は**尾**を低く保ち、**半硬直化した基部**でバランスを取りながら、**指行性**の足で瓦礫を踏みしめる。特に**第II趾**の大きな鉤爪は、不安定な足場に引っかかり、滑落を防ぐ役割も果たしていた。彼は数歩進むごとに立ち止まり、**細長い頸部**を伸ばして首を左右に素早く振り、**大きな眼球**で周囲360度をスキャンし、**耳介**(羽毛に覆われているが)を微かに動かしてあらゆる音を拾っていた。革命党の足音や叫び声は、まだ南西方向に集中していたが、決して油断はできない。
「アキラ…」ケイがかすかな声で呼びかけた。アキラは即座に振り向き、彼女を見つめた。ケイは寒さで震えていた。薄いパーカーでは、4月の夜の冷気を防ぎきれない。アキラの**恒温性**を持つ体は羽毛の断熱効果で体温を保てていたが、ケイは違う。「寒いよ… どこか、隠れられるところ…ないかな?」
アキラはケイの震えを**視覚**(微細な筋肉の震え)と**聴覚**(歯の震える音)で捉えた。彼の**高い知能**と**空間記憶能力**が働いた。以前、このエリアを探索した際に、動物公園の境界に近い、比較的被害が少ない住宅街の一角をかすかに記憶していた。そこには、密集した庭木に囲まれた一軒家があった。壁面に剥がれた**全天候型太陽電池モジュール**はあったが、建物自体は傾いておらず、窓ガラスも一部は無傷だった。安全の可能性が高い場所だ。
彼はケイの方へ一歩踏み出し、**右前肢**を伸ばして、細長い**第III指**を北東方向へと指し示した。次に、**吻**を同じ方向へ向け、短く低い「クッ」という音を発した。これは、飼育員が新しい餌場や環境を示す時に使っていたジェスチャーを、彼が学習し応用したものだった。
ケイはアキラの動作と言葉(?)のないコミュニケーションを必死に理解しようとした。「あっち…?」彼女が指さす方向を見つめ、アキラがうなずくような素早い首の動きを見せた。「わかった。行こう」。
二人は再び歩き出した。アキラはケイの歩調に合わせ、彼女が瓦礫を乗り越えやすい場所を選んでルートを調整した。時折、ケイが不安定な場所でよろめくと、アキラは素早く**左前肢**を伸ばし、**第I指**と**第III指**で彼女のパーカーの袖をそっと支えた(**半月形手根骨**による可動性が可能にした繊細な動き)。その触感は、鱗と羽毛に覆われた温かい指だった。ケイはその都度、驚きと感謝の入り混じった目でアキラを見つめた。
約30分後、彼らは目的の場所にたどり着いた。記憶通り、緑豊かな庭木(多くは倒れていたが)に囲まれた、古びた一軒家だった。確かに建物は大きく損壊しておらず、玄関ポーチの屋根も辛うじて残っていた。しかし、壁面の**太陽電池モジュール**は半分以上が剥がれ落ち、残った部分もひび割れが入っている。**量子ドット増感層(PbS)**が露出し、月明かりすらほとんどない暗闇では無力だった。玄関脇の窓ガラスは割れ、暗い室内がのぞいていた。
アキラはケイを茂みの陰に待機させ、まずは単独で偵察に向かった。彼は**尾**を完全に地面につけ、体を限界まで低くして、芝生(雑草が伸び放題になっていた)を滑るように進んだ。**優れた聴覚**と**嗅覚**を研ぎ澄ます。人間の気配は? 他の動物の気配は? 危険な匂いは?
玄関に近づいた時、アキラの**耳**が微かな音を捉えた。室内から聞こえる、規則的な… 呼吸音? それも人間の、しかも一人のものだ。深く、少し荒い。眠っているのか、あるいは負傷しているのか。威嚇的な音や動きはない。
彼は割れた窓から慎重に首を突き入れ、**大きな眼球**を暗がりに慣らす。玄関ホールはがらんとしていた。奥の居間らしき場所に、ろうそくの微かな灯りが揺れている。そして、その灯りのそばの安楽椅子に、一人の老人が毛布にくるまって座り込んでいるのが見えた。足元には松葉杖が立てかけてあった。**ハルオ**だ。70代の元生物学者。脚が不自由なのだ。彼は深く眠っているようだったが、時折、痛みか寒さで微かに震えている。
アキラは状況を分析した。一人の人間。動きが遅そう(松葉杖がある)。攻撃的な様子はない。しかし、未知の存在だ。彼はケイの元に静かに戻り、再び**右前肢**で家を指し、次に**吻**を窓の方向へ向けて、短く二度「クッ、クッ」と鳴いた。ケイへの「安全」と「人間がいる」の知らせだ。
ケイは深く息を吸った。寒さと不安で震えていたが、アキラの合図がわずかな希望を与えた。彼女は割れた窓から、ろうそくの灯りを頼りに慎重に中へと入った。アキラは窓際に待機し、**耳**と**目**を凝らして室内の様子を監視した。
「…ごめんなさい。誰か、いますか?」ケイの震える声が暗い室内に響いた。
安楽椅子の老人——ハルオ——が、はっとしたように目を開けた。「…だ、誰だ!?」警戒した声がかすれた。彼は慌てて松葉杖を手に取ろうとした。
「助けてください! 外は… 怖いんです!」ケイの声に、本物の恐怖と切迫感がにじんでいた。
ハルオの目が暗がりの中でケイの姿を捉えた。小さな少女。埃まみれで膝に傷があり、恐怖に震えている。彼の警戒心は一瞬で薄らぎ、心配と同情が押し寄せた。「おお… かわいそうに…。大丈夫だ、ここは安全だよ。入っておいで」。彼は松葉杖をついて立ち上がろうとしたが、痛みで顔をゆがめた。
ケイはほっとしたように涙をぬぐい、ハルオに近づいた。その時、ハルオの目が窓際に釘付けになった。ろうそくの微かな光が、窓枠に潜む、漆黒の羽毛に覆われた生物の輪郭を浮かび上がらせていた。巨大な眼球が光を反射し、不気味に輝いている。
「な…何だ!?」ハルオの声に驚愕と恐怖が混じった。松葉杖がガタガタと震えた。未知の猛獣か? 革命党が放った何かなのか?
ケイは慌てて振り返り、アキラを見た。彼はまだ窓際に身を潜めている。「だいじょうぶ! 彼はアキラ! アキラは、怖い犬から私を守ってくれたの! 悪い人じゃない!」
「アキラ…?」ハルオは眉をひそめた。その名前に覚えがあった。多摩動物公園で展示されていた、あの復元された恐竜…ネオルニトサウルスだ! 噂には聞いていたが、まさかここに? 彼の生物学者としての好奇心が、恐怖を一時的に押しのけた。目を凝らしてアキラを観察する。
アキラはハルオの視線を感じていた。警戒レベルは高いままだった。しかし、ケイが老人と話し、彼女が緊張しながらもリラックスし始めている様子を**視覚**と**聴覚**で捉える。この老人はケイに脅威を与えていない。彼はゆっくりと、体をできるだけ低くし、**尾**を床につけたまま、割れた窓から室内へと一歩踏み入れた。**半月形手根骨**が微妙に動き、**第I指**と**第III指**を軽く開いて「武器を持っていない」ことを示すような姿勢を取った。
ハルオは息をのんだ。間近で見るその姿は、想像以上に優美で、かつ生物的完成度が高かった。全身を覆う緻密な**羽毛**、特に前腕の**尺骨**に沿って列をなす長い**風切り羽**とその白黒の縞模様。頭頂部の、ろうそくの光にかすかに虹色に輝く**冠羽**。何よりも、その**大きな眼窩**に収まった、知性的な光を宿した**眼球**。骨格標本やCGではわからない、生きている生物の「存在感」が圧倒的だった。
「…ネオルニトサウルス・ハーバーディエンシス…」ハルオが呟くように言った。彼の専門家としての目が、細部を見逃さない。「デイノニコサウルス類… 鳥類の姉妹群。尾端骨(pygostyle)はなく、長い尾を保持… その前部の関節突起と血道弓が半硬直化を実現… 腹肋骨(gastralia)も確認できる… まさに非鳥類型獣脚類の特徴だ…」。彼はアキラの**左前肢**の風切り羽にある**切れ目**にも気づいた。「怪我…をしているのか? 脱出の際についたものか…」。
アキラはハルオの細やかな観察眼と、専門用語を交えた落ち着いた口調を感じ取った。これは、動物公園の飼育員や見物客とは異なるタイプの人間だ。脅威を感じさせる要素よりも、**好奇心**と**観察**の意図が強い。警戒心は少しずつ薄れていったが、完全な信頼には程遠い。彼はケイのすぐ後ろに位置を取り、ハルオとの間に彼女を置いた。
ハルオはケイに毛布を渡し、わずかに残った水を分けた。そして、慎重にアキラに話しかけた。「…君も、あの地震で公園から逃げ出したんだな。大変だったろう」。彼はアキラが理解しているかはわからないが、声のトーンと穏やかな姿勢で安心させようとした。「ここは、今のところ安全だ。だが…外はどんどん危険になっている」。彼の目が窓の外の暗闇へと向かった。「あの『革命党』と名乗る連中が…移民の人たちが避難していたコミュニティセンターを襲撃したという噂が…。次はどこを狙うか…」。
ケイは毛布にくるまり、温もりとハルオの優しさに安心しつつも、「革命党」という言葉に身震いした。アキラはハルオの言葉の内容を理解できなくとも、その**声のトーン**(憂慮と警戒)と、ケイの**身体的反応**(恐怖の震え)から、外の危険が増していることを察知した。彼は**尾**をそっと左右に振り、居間の隅に移動した。そこからは窓と玄関の両方を視界に収められ、**半硬直化した尾の基部**を壁につけて安定した姿勢を取った。見張りを始めたのだ。
ハルオはその行動に感心した。「…高い知能と警戒心、そして群れの防衛本能か…」。彼はアキラを見つめ、決意を固めた。「わかった。ここにいなさい。ケイちゃんも、君も」。彼は松葉杖をつき、立ち上がった。「食料と水は…ほとんどないが、何とか分け合おう。そして、明日は…安全な場所を探さねば」。
ろうそくの灯りが三人(二人と一羽)の影を壁にゆらめかせた。外では、遠くで不気味な爆発音と、何かを破壊する金属音が響いた。革命党の活動は、夜を徹して続いていた。アキラは暗がりの隅で、**大きな眼球**を凝らし、割れた窓の外の闇を見つめ続けた。彼の**鋭敏な感覚**は、迫り来る危険の気配を、かすかにではあるが確実に捉えていた。この隠れ家の平穏は、長くは続かないかもしれない。しかし、少なくとも今、ケイは温もりを得て眠りにつき、ハルオは限られた食料を探しに台所へと向かっていた。アキラは、彼が知る「群れ」の概念とは異なる、この小さな集団を守るという、新しい本能が芽生えつつあるのを感じていた。**第II指**の鉤爪が、無意識に床を軽く引っかいた。




